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zoom RSS 赤色外務官僚の巣窟化する皇室

<<   作成日時 : 2015/08/21 05:38   >>

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北鮮の拉致事件被害者は天皇や皇族から無視されつづけている。」について

 戦没者や自然災害の被災者に比較して、拉致被害者への,皇室の関心はあきらかにうすい。その理由はふたつ考えられて、ひとつは陛下ご自身の歴史観だ。戦後教育の洗脳工作をうけた第一世代に属される年代に、陛下ご自身が属されていて、そこから離れられない。
 ふたつめの理由は、周囲をとりまく役人たちの影響だ。たとえば侍従長だが、戦後歴代の侍従長の出身を列記すると

@大金益次郎 内務省 1946年(昭和21年)就任
A三谷隆信 内務省・外務省 1948年(昭和23年)就任
B稲田周一 内務省 1965年(昭和40年)就任
C入江相政 華族・学者 1969年(昭和44年)就任
D徳川義寛 華族・学者 1985年(昭和60年)就任
E山本悟 総理庁 1988年(昭和63年)就任
F渡邉允 外務省 1996年(平成8年)就任
G川島裕 外務省 2007年(平成19年)就任
H河相周夫 外務省 2015年(平成27年)就任

と、戦後しばらくは戦前の内務官僚出身者がつづいた後、旧華族の学者がふたり、そして最近は外交官出身者の指定ポストになってることがわかる。戦後大量のサヨクが霞が関にもぐりこんだのだが、とりわけ外務省はその傾向が戦前から強く、皇室はその影響をうけることになる。さらに、この時期は皇太子のご成婚と重なり、外交官一家出身の妃殿下の誕生が無関係とは思えない。

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皇室をとりまく官僚組織は『NPO法人・皇室』
「赤色外務官僚の巣窟化する皇室」について  それでは次に宮内庁長官人事を見てみると、 @ 松平慶民 1947年(昭和22年)宮内省 A 田島道治 1948年(昭和23年)民間 B 田島道治 1949年(昭和24年)民間 C 宇佐美毅 1953年(昭和28年)内務省 D 富田朝彦 1978年(昭和53年)警察庁 E 藤森昭一 1988年(昭和63年)厚生省 F 鎌倉節 1996年(平成8年)警察庁 G 湯浅利夫 2001年(平成13年)自治省 H 羽毛田信吾 200... ...続きを見る
罵愚と話そう「日本からの発言」
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