ごあいさつ

アクセスカウンタ

zoom RSS 日本の神武、支那の徳治、欧米のシビリアンコントロール

<<   作成日時 : 2015/04/07 05:48   >>

トラックバック 1 / コメント 0

日本の神武、支那の徳治、欧米のシビリアンコントロール」について

 犬の子が、生まれてひと月もたつと兄弟がじゃれて遊びはじめる。噛みついたり、逃げ回ったり、殺し合いの予行練習をしている。子犬の遊びには、どんな意味があるのだろう。子どもが殺し合いの予行練習をするのは脊椎動物のなかでも哺乳類だけのようにみえる。鳥や魚やカエルや蛇の子は、そんな遊びはしない。食料確保の狩猟、テリトリーの防衛、繁殖目的の異性の争奪など、生きてく苦労はあとを絶たないが、それを見越して子供のころから殺し合いの練習をするのは哺乳類だけだ。
 それは必ずしも正当防衛の殺し合いとはかぎらない。となり村の食料や女や土地を奪うのは、侵略であって、防衛ではない。人類の初期の戦争は防衛戦争だけではなく、侵略戦争もあったし、そこに侵略と防衛の認識もなかった。記紀の神代の戦争は、天孫が降臨し、出雲の八俣遠呂智(やまたのおろち)退治、日本武尊(やまとたける)の熊襲退治、神武天皇の東征も、現代の紛争解決の法理のおよばない世界である。むしろ、子犬のじゃれあって学ぶ殺し合いの世界だった。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
「神武不殺」とか「八紘一宇」の言葉は、したがって、支那からの輸入品だった。
「日本の神武、支那の徳治、欧米のシビリアンコントロール」について  「神武不殺」とか「八紘一宇」の言葉は、したがって、支那からの輸入品だった。輸入品の名詞を、それまで日本人が内心で保有していた精神に取りつけたから、支那でほんらい使われていた概念とは若干の齟齬が生じている。孔子が言った「神武不殺」とは、正義の軍隊は人殺しはしないという意味だったのが、日本の皇軍は不義の戦争はしない、天皇に刃向かうものは自動的に賊だという意味になっている。  「八紘一宇」も支那では辺境の蛮族も家族のように... ...続きを見る
罵愚と話そう「日本からの発言」
2015/04/21 15:26

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
日本の神武、支那の徳治、欧米のシビリアンコントロール ごあいさつ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる