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zoom RSS 『近代の超克論争』

<<   作成日時 : 2015/03/21 06:31   >>

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三原じゅん子の八紘一宇への拒否感、嫌悪感の原因」について

 支那や朝鮮の徳・恕・仁の哲学に心酔した日本人は、やがてその理念が支那人や朝鮮人にうすいのに気づく。むしろ日本人社会のほうが為政者にも庶民にも、それが備わっている。だからこそ、神様が王朝転覆を命令する易姓革命なんて起きないし、必要もない。理想的な社会は、むしろ日本だ。日本を研究したほうが、むしろ理想への近道だと気づいたのが国学だった。
 まったくおなじことに、日本人は気づきはじめている。西欧の近代は、キリスト教の矛盾をあばく宗教革命から市民革命に発展し、国民国家を建設し、個人は人権を、民族は自決権をあたえられて国際法で管理された国際社会をつくって、日本にもそれへの参加を強要してきた。
 しかし、いっかな地球の紛争と戦争は絶えない。国際社会をリードするひとたちこそが、いつもその紛争や戦争の中心部にいる。白人キリスト教徒こそが火元であり放火犯なのに、かれらが消防署を兼ねている。
 これじゃぁダメだ。国学をつくったときのように、もういちど日本の平和原則にたちもどってみようと考えたのが『近代の超克論争』だった。

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人類史は「近代の超克論争」をとおして再構築されなければならない。
「『近代の超克論争』」について  仁徳を説いた支那人に仁徳が薄い現実に気づいた日本人は同時に、もともと日本にはそれが備わっていたから王朝交代の必要はなかった事実にも気づいた。それが国学の誕生につながったように、人権思想や平等の理念を説く近代の欧米が植民地支配をとおして他民族を圧迫、搾取している事実に気づいて、それが近代の超克につながった。近代の超克論争からはじまった、大東亜戦争は日本の完敗に終わり、同時にこの議論も日本人の記憶回路から消去されてしまったから、この観点からの歴史論争は人類... ...続きを見る
罵愚と話そう「日本からの発言」
2015/03/22 04:57

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