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zoom RSS 靖国神社の歴史的意義

<<   作成日時 : 2009/08/25 18:16   >>

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真日本主義」について
 歴史に if を持ちこむ愚を承知のうえで、あえて禁を犯せば、人類史から日露戦争と大東亜戦争を抹消すれば、いま190以上ある国連加盟国の数は数分の一に減少していたであろう。アジア、中近東、アフリカ、南米、東欧、北欧のなかの多くの国は、いまだに欧米の植民地支配のしたで呻吟していたとの想像は、容易につく。
 それらの人々が人権を奪取し、それらの国々が自決権を行使して、独立を獲得した歴史のなかで、動機づけ、勇気を与えたのは、日本の日露戦争と大東亜戦争だった。その大業に生命をささげた英霊たちが再会を約束したのが靖国神社だった。
 わたしたち日本人はそれを誇りにして、顕彰し、慰霊する。

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コメント(191件)

内 容 ニックネーム/日時
罵愚さん,今日は。

>その大業に生命をささげた英霊たちが再会を約束したのが靖国神社だった。
>わたしたち日本人はそれを誇りにして、顕彰し、慰霊する。

靖国の英霊は,明治維新以来の日本国が遂行した戦争において,政府・軍部の命令に従って,「みづく かばね くさむす かばね」となった方々です。その方々の滅私奉公・忠君愛国の戦死・戦病死を称え,慰めるために,我々国民は靖国の英霊を顕彰し,慰霊している,と私は考えています。

「大業」というのは,後世日本史家の言うことではないでしょうか。「大業」であったか,「悪業」であったかは,観る立場によって異なるでありましょう。

アメリカ建国の父ジョージ・ワシントンもイギリスでは叛逆者だそうです。
藍愛和
2009/08/25 21:31
 藍愛和 さん、早速のレスをありがとうございます。『大業であったか,悪業であったかは,観る立場によって異なる』しょうが、ジョージ・ワシントンを叛逆者だとみるイギリス人が、いまごろ現存するとは思えませんが、もしもいるとすれば彼は植民地解放や民族自決権を肯定することはできませんね。
 おなじように「悪行だった」とみる人々は、人種差別撤廃や有色人種の人権や民族自決権を肯定する資格を放棄していると思いませんか?もちろん、そんな人がいるとは思えませんが…
罵愚
2009/08/26 14:32
トラックバックを、ありがとうございます。

私とは、はなはだ異なるご意見をお持ちのようですが、
いかなる意見であろうと、
堂々と自由に発表できる現在の世の中は、
誠に素晴らしいですね。

本心では、
決して戦場で死にたくなどなかった人たち。
戦場になど、赴きたくなかった人たち。
戦争遂行そのものを好まく思っていなかった人たち。
実際には、たくさんたくさん、おられたのです。
あの戦争の最中にも――。

私は、そうした証言を、
いくつも聞いています。

堂々と自由に、ものが言えなかった環境の中、
図らずも命を落とさなければならなかった
一人一人の人たちの、一つ一つの無念を思うと、
私は、
簡単に靖国神社を褒め称えることは、
できません。

植民地解放についての御説は、
あまりに多くの命が虚しく失われた、その
後ろめたさへ言い訳をなさっているように、
私には、感じられます。

もちろん、
その言い訳が悪いと、申しているわけでもありませんが。
円山てのる
URL
2009/08/27 12:34
 ずいぶん矛盾した文章ですね。本心では、決して死にたくなかった戦死者の証言がたくさん残っているのなら、それは言いたいことが言えた環境だったから残ったのでしょう。
罵愚
2009/08/27 18:39
罵愚さんのレスポンスに、私は
驚きました。

戦死者の証言であるはずがありません。
戦時を体験し、
いまなお、
生きている人たちの証言です。
それは、
私の両親であり、
私が仕えた会社の社長であり、
実際に、太平洋戦争を体験した人たちの
今だからこそ言える、
生の言葉です。

昭和に入り、
戦争の時代となり、
台頭してきた軍人が
威張り散らすようになって、
一般の人たちは、
自由にものが言えなくなったのです。

そのことを、まさか、
ご存じないわけでは
ありませんよね?

ご存じないのですか?

罵愚さんのレスポンスに
驚いた理由です。
円山てのる
2009/08/28 11:59
 まったくおなじ矛盾のくり返しではありませんか?理念を信じて死んでいった人たちの遺言もたくさん残っています。生き残った人たちの、戦後発した言葉が、本心だったのか変心なのかの検証だって必要でしょう。戦時中の言論統制以上のプロパガンダが行われた結果ではないとの証明ができますか?
 戦時中は陸軍のプロパガンダに、占領下では占領軍のプロパガンダに、戦後は共産主義のプロパガンダに惑わされつづけた日本人がすくなくなかった事実は、わたしの論旨には影響を与えませんよ。
 つまり生き残った人たちの変心にもかかわらず、日本の近代外交が人類史に残した功績は、再認識される時代だと思います。
罵愚
2009/08/28 18:56
プロパガンダなんて、
いつの時代にだってあるのです。
そんな話をしているのではありません。

大正天皇の御世には、
いわゆる大正デモクラシーと呼ばれた
革新的な時代がありました。

昭和天皇の御世になり、
もし、日本の国策が戦争に向かっていなければ、
日本はアメリカによる占領などという
辱めを受けることなく、
みずからの民の手で、
帝を戴きながら、
こんにちの西欧北米にも劣らない
先進的な民主主義国となり、
後進のアジア諸国はもとより、
御説にもあるように、
中近東、アフリカ、南米、東欧、北欧、
いずれに地方にも先んじ、
国家近代化の範を示すことができたに
違いありません。

日清・日露の戦勝は、
日本近代史の
輝かしい軌跡だったかも知れません。
しかし、
その負の遺産は、
日本の民のみならず、
帝の御言までも抑え込むに至った
軍人どもの
甚だしい思い上がりを
招来せしめたことなのです。

日本の近代外交と書かれましたが、
何を指しておられるのですか?

本来、進むべき外交の
その穏健なる道を閉ざしたのは、
果たして誰だったのでしょうか?
円山てのる
2009/08/29 13:21
>人類史から日露戦争と大東亜戦争を抹消すれば、
>いま190以上ある国連加盟国の数は数分の一
>に減少していたであろう。

上述のご指摘は、ある意味で、たいへん興味深く思います。

こんにちの国連(United Nations)とは、まさしく太平洋戦争で、日本軍が戦った相手、すなわち連合国(United Nations)の発展型であることは、もちろんご存じでいらっしゃいますね?

戦後、日本が独立を認められ、その国連へ加盟したことは否定し得ない事実ですね?

そのことが示しているように、現在の国際秩序の基礎は、日本を降伏させたUnited Nationsがその権威を支えているのです。

United Nationsを、連合国と翻訳しようが、国連と翻訳しようが、実は同じなのです。

こうした事実の積み重ねを一気に覆そうとしても、決して国際的な説得力を持ち得ないのは、罵愚さんのご主張が、新しい事実に基づいていないからです。

つまり、罵愚さん主張に正統性を持たせるためには、もう一度、日本がUnited Nations(特に米英中)と再対決して、これを打ち負かすしかないのです。(現実的とは、全く思えませんが。)

そうしてこそ初めて、罵愚さんのお考えに即する形で靖国神社を復活させることができるのです。

そうでない限り、罵愚さんのご主張は、古きよき時代を回顧するだけの、センチメンタリズムに甘んじているに過ぎません。
円山てのる
2009/08/29 13:58
罵愚さんのお考えには、日本人の郷愁(or センチメンタリズム)をそそるものが、あるかも知れません。じつは、私にもその郷愁は解るのです。しかし、説得力に欠けています。

日本は、昭和帝の御聖断によって降伏したのです。実に整然と、潔く、負けっぷり良く負けました。その事実は極めて重いと思います。

降伏前の(日本政府の)言い分を通そうとするなら、あの降伏を覆すほどの新しい事実を創出しなければ、世界中の誰も、言い分を認めてはくれませんよ。

つまり、米英中と再戦して勝利することです。
国連を否定することです。
これを前面に訴えずして、ナショナリストと仰れますか?
円山てのる
2009/08/29 13:59
罵愚さん,今日は。

>ジョージ・ワシントンを叛逆者だとみるイギリス人が、いまごろ現存するとは思えませんが、もしもいるとすれば彼は植民地解放や民族自決権を肯定することはできませんね。

ジョージ・ワシントンが指揮する独立軍に殺されたイギリス軍人は多数居ます。その遺族達や関係者達が植民地解放や民族自決権を肯定するとか,しないとかを考慮するでしょうか。

>おなじように「悪行だった」とみる人々は、人種差別撤廃や有色人種の人権や民族自決権を肯定する資格を放棄していると思いませんか?もちろん、そんな人がいるとは思えませんが…

日本軍は日露戦争や大東亜戦争で沢山の外国人を殺害しました。その遺族達や関係者達が人種差別撤廃や有色人種の人権や民族自決権を肯定する資格を放棄するとか,しないとかを考慮するでしょうか。

世界中の人皆が,明治維新以来の日本国が遂行した戦争を大業であると考えている,というように罵愚さんはお考えでしょうか。
藍愛和
2009/08/29 21:19
横から失礼します。
罵愚さんに反対の皆様

誰もが、納得する正義があると思ってるのでしょうか。
アメリカにはアメリカの正義、イギリスにはイギリスの正義、中国には中国の正義、そして、日本には日本の正義があります。

それぞれの国が正義を語るのは、子孫のためです。

例えば、お前の爺さんは、世界中で悪い事した人殺しと言われるのと、有色人種に勇気を与えたといわれた場合、どっちが子供が立派に育つでしょうか。
ちなみにどこの国でも後者を選択してますよ。

2009/08/30 23:00
鏡さん,今日は。

>例えば、お前の爺さんは、世界中で悪い事した人殺しと言われるのと、有色人種に勇気を与えたといわれた場合、どっちが子供が立派に育つでしょうか。
>ちなみにどこの国でも後者を選択してますよ。

日本は昭和の戦争に負けて,無条件降伏をしました。(無条件降伏していない,という人も少なからず居るようですが。まあ,負けっぷり悪く,有条件降伏だったとしても) 世界がその戦争の勝者によって支配されているという現状で,鏡さんのおっしゃるその選択をすることは,日本の国益に合致していないと思います。

平和的な民主主義国家として努力することが,日本の国益に合致し,子供も立派に育つでしょう。
それは,「言うは易く行うは難し。」ですが・・・。
藍愛和
2009/08/31 08:01
円山てのるさん、
>日本の近代外交と書かれましたが、
>何を指しておられるのですか?

 あなたのこのご質問が、まさしくこの話題のスタートラインですね。「日本の近代外交はすばらしかった」と、いくらわたしが強調しても、事実関係を知らない人たちの共感は得られない。
 マリア・ルス号事件あたりからはじまって、国際連盟常任理事国として活躍した日本の近代外交については、現代の日本人は無知・無関心です。結果的には、それが欧米の植民地列強との対立を生んで、大東亜戦争敗戦につながるのですが、その顛末について、まったくといっていいほど日本人は無知です。55年体制下の保守も革新も、そろって連合国に押しつけられた解釈を唯々諾々とうけいれて、いまだにそこから微動だにしていない。自分の属する日本民族の栄光の歴史を忘れている状態は、つまりアイデンティティーの喪失です。
 この知的退廃が、この国をおおっている閉塞・停滞感の原因だと思う。
罵愚
2009/08/31 11:52
罵愚さん,円山てのるさん,今日は。

横からすみません。

罵愚さん:
>マリア・ルス号事件あたりからはじまって、国際連盟常任理事国として活躍した日本の近代外交については、現代の日本人は無知・無関心です。

これらの歴史的出来事については,私も良く知らなかったので,今回インターネットで調べてみました。マリア・ルス号事件は明治 5 年の事件です。その 2 年後には台湾出兵が行われています。これ以降,日本は対外戦争を繰り返して,連戦連勝し,そして国際連盟の常任理事国になりました。それらの結果として,台湾,朝鮮,南太平洋諸島,満州,中国大陸の一部を自国の権益下に置きました。そして,ついには欧米列強と衝突し,ヒットラー・ムッソリーニ・スターリンと手を結び,最後はたった一国で,世界中の国を相手に百日戦争をして,結局は無条件降伏しました。

これらの歴史的事実については,誇りにすることによって得られる利益よりも,反省することによって得られる利益の方が遙かに大きいと思います。

日本と同じような植民地主義的軍事行動を行ってきた世界の列強がいまだに反省することなく,核抑止力とかに頼りつつ,現在もなお,常時戦争をしているこの21世紀において,平和的民主主義国日本の姿こそ世界に誇ることが出来る,と私は考えます。
藍愛和
2009/08/31 14:56
藍愛和 さん、
 古代日本の朝鮮半島進出を記録した好太王碑の碑文を理由に日本民族の民族性に反発する朝鮮人はいても、自分の家族の悲劇を思いやる朝鮮人はいないでしょう。おなじように二百数十年もむかしの家族の戦死を恨んでいるイギリス人の存在は、信じられないなぁ。たとえいたとしても、特殊な存在でしょう。
 ところが話題が大東亜戦争ともなると、死者への親近感はグ〜とたかまって、個人的な恨みが残るのは、そのとおりだと思う。しかし、わたしがここで話題にしたいのは、そういう個人的な恨みや感情ではなく、国家対国家の、あるいは国際社会の評価としての戦争原因とか開戦理由とか戦争目的とか国家理念とか平和観とか国際倫理と呼ぶようなものです。
 とりわけ、話題の中心は大東亜戦争ですから、戦間期の国際社会がもっていた戦争観を基底にすえた話をすれば、平和憲法や国連憲章の根底をなしている日本罪悪論はまちがっていると思う。
罵愚
2009/09/01 15:55
鏡さん、
 「おまえの母親は売春婦だ」と教えられて健全な子供が育つとは考えられません。戦後の日教組教育とは、そういう教育で、その結果として現在のこの国の閉塞状況があるのだろうと、わたしは想像しています。
 しかし、だからといって母国の歴史がおぞましい事実があるのだとしたら、そこから目を離すのもまた、いい結果にはつながらない。事実を科学的、客観的直視する態度が重要なんだろうと考えるわけです。
 そのうえで、現在の日本人だけではなく、国際社会全体で常識化している歴史認識はまちがっているんではないのだろうかと思うのです。
罵愚
2009/09/01 16:05
 戦勝国政府の主張が正しいとはかぎらない。国連は正義ではない。ヴェトナム戦争でもイラク戦争でも、いやというほど目にしてきた現実です。
 藍愛和さんがいうように「誇りにすることによって得られる利益よりも,反省することによって得られる利益の方が大きい」とか、小さいといった判断基準に、わたしは疑問を呈しております。
 盧溝橋事件当時の、あるいは真珠湾攻撃当時の国際法にのっとって、だれが正しくて、だれがまちがっていたのかの検証を提案しています。
罵愚
2009/09/01 16:29
罵愚さん,今日は。

罵愚さん:2009/08/31 11:52:
> 古代日本の朝鮮半島進出を記録した好太王碑の碑文を理由に日本民族の民族性に反発する朝鮮人はいても、自分の家族の悲劇を思いやる朝鮮人はいないでしょう。おなじように二百数十年もむかしの家族の戦死を恨んでいるイギリス人の存在は、信じられないなぁ。たとえいたとしても、特殊な存在でしょう。

朝鮮半島やイギリスの庶民の中には,昔の戦争の恨みを気にしない人もいるでしょうし,やはり,恨んでいる人もいるでしょう。庶民でない,国政に関与する人達も相手に対して,硬軟織り交ぜた対応をするでありましょう。世の中はそのようなものだと罵愚さんが主張なさるのなら,私も同感です。
藍愛和
2009/09/03 06:38
罵愚さん:2009/08/31 11:52:
>しかし、わたしがここで話題にしたいのは、そういう個人的な恨みや感情ではなく、国家対国家の、あるいは国際社会の評価としての戦争原因とか開戦理由とか戦争目的とか国家理念とか平和観とか国際倫理と呼ぶようなものです。
>戦間期の国際社会がもっていた戦争観を基底にすえた話をすれば、平和憲法や国連憲章の根底をなしている日本罪悪論はまちがっていると思う。

この話は法律論とか,歴史認識論ですね。ここでは信頼できる資料や証拠に基づく,論理的で科学的な議論をすることが大切と考えています。素人である私はできるだけ,といっても,図書館の本とか,インターネットとかしか利用できるものがありませんが,それらを丁寧に検証したいと考えています。
国際連盟常任理事国の日本がアジア人差別の撤廃を主張することは当然のことと思います。別に誇りにすることではないでしょう。
それよりも,ついにはヒットラー・ムッソリーニ・スターリンという独裁者達と手を結ばなければならならなかった日本の近代外交を反省すべきではないか,と私は考えます。
そうなった原因は,アジア人差別撤廃を主張する当時の日本がアジア人の多くを植民地支配していたという自己撞着に気がついていないということだ,と私は考えます。
藍愛和
2009/09/03 06:42
罵愚さん,今日は。

罵愚さん:2009/09/01 16:29:
> 盧溝橋事件当時の、あるいは真珠湾攻撃当時の国際法にのっとって、だれが正しくて、だれがまちがっていたのかの検証を提案しています。

手元の本によれば,当時の国際法には,大陸法と英米法があって,日本は大陸法に従って行動し,東京裁判は英米法で行われた,というような話があります。
その東京裁判で,後世日本人の多くが東京裁判批判をするについて,根拠としたのが,インドのパル判事の判決であろうかと思います。インドのパル判事は日本人無罪論を展開しましたが,日本人が間違ったことをしたという事実を別段否定しているわけではありませんし,第二次大戦における日本正当論を主張したわけでもありません。これはパル判決書をお読み頂ければ分かることでありましょう。
藍愛和
2009/09/03 07:01
藍愛和 さん、
>国際連盟常任理事国の日本がアジア人差別の撤廃を主張することは当然のことと思います。別に誇りにすることではないでしょう。

 そうかなぁ?
罵愚
2009/09/03 08:31
罵愚さん,今日は。
>>国際連盟常任理事国の日本がアジア人差別の撤廃を主張することは当然のことと思います。別に誇りにすることではないでしょう。

> そうかなぁ?

日本は明治維新時,一切の植民地を持たず,そしてどの国の植民地となることもありませんでした。そのような国は世界広しと言えど日本だけだったのです。その状態のまま,アジア人差別の撤廃を主張したのなら,当然誇りとして良いでしょう。

台湾,朝鮮,満州,中国大陸の一部,南太平洋の島々に植民地的支配を行った日本が,アジア人差別の撤廃を主張して,誇りとすることができるのでしょうか。そのような日本を世界が尊敬するのでしょうか。
藍愛和
2009/09/03 21:52
 わたしが社会人になったころには、課長とか係長の肩書きをもっている人は、無条件に家庭をもっていました。独身の役職職者なんて、出会ったことはありません、いまから考えてみると、仕事の能力と家庭の事情は別問題なんですが、あのころは家庭ももてない男に責任ある仕事はまかせられないというのが、世間の常識だったのでしょう。
 おなじように、明治維新のころの列強とは、植民地列強を指していて、維新政府の目標としては独立の確保だったでしょうが、その過程で植民地が転がり込んでくるのをこばむ理由はなかった。株価の変動を、後日解説するように、あの時代を戦後民主主義の理想で批判する、あなたの発言に意義はないと思う。それをいうのなら、むしろ汎アジア主義を勉強するべきであって、戦後の日教組教育では抜け落ちているが日本の汎アジア主義は維新以前に生まれている。
 日本の領土獲得の経過には、いつも軍事的要請と汎アジア主義が動機になっている。その汎アジア主義とは、差別撤廃ではなく、西欧の植民地主義に対する連携した抵抗の呼びかけだった。そして時代の流れにともなって、近代の超克や大東亜会議へと変質していった。その結果として、現代的な差別撤廃へとたどり着いたわけだ。
 現代人の常識をふりかざして「日本がアジア人差別の撤廃を主張することは当然のこと」というあなたに反論すれば、あなたの歴史観は時間軸が抜け落ちていると思う。歴史から時間を抜き取って、現代の価値観で批判しても意味はない。ただの反日日本人の暴言にすぎない。
罵愚
2009/09/04 18:59
罵愚さん,今日は。

> 現代人の常識をふりかざして「日本がアジア人差別の撤廃を主張することは当然のこと」というあなたに反論すれば、あなたの歴史観は時間軸が抜け落ちていると思う。歴史から時間を抜き取って、現代の価値観で批判しても意味はない。ただの反日日本人の暴言にすぎない。

「日本がアジア人差別の撤廃を主張することは当然のこと」です。それは誇りすることでもなく,言い訳の材料にすることでもなく,今後とも永遠に日本人全体が負うべき責任であり,義務です。それは世界の全人類のためでもあります。明治以来の日本はその責任を全うすることなく,無条件降伏しました。
日本は何故失敗したかを充分に検証し,現在尚続く差別と戦争と飢餓・貧困とに対して全面的に取り組まなければならない,と考えます。
藍愛和
2009/09/05 08:44
 フランス革命が残した人権宣言は、いまでもフランス人のプライドの中心だと思う。自由・平等・博愛の民主主義は、その後の人類史のなかで中心的な理念となっている。
 おなじように、人権と自決の権利が白人、キリスト教徒の占有物ではなく、当時植民地統治されていた有色人種も共有する、人類共有の権利だという日本の主張は、人権宣言に匹敵する快挙だったと思う。
 それはその前後の植民地支配や戦争の勝敗と相殺されてしまうような、薄っぺらなものではない。インドシナ戦争の勝敗結果は人権宣言の価値には影響していない。おなじように日本の人種差別撤廃の理念は、隣国の植民地支配や大東亜戦争の勝敗でツーペーにされてしまうようなものではない。前回、歴史から時間軸を抜き出したあなたは、今度は戦争の勝敗や政策の失敗を理由に、国家理念や近代史を冒涜している。自虐の典型だと思う。
罵愚
2009/09/05 15:32
罵愚さん,今日は。

>インドシナ戦争の勝敗結果は人権宣言の価値には影響していない。

それは,ベトナム戦争と無関係な日本人の考え方のように思えますが。
人権宣言の価値をフランス人がベトナム人に説いたら,ベトナム人が納得するでしょうか。物事の評価は人と人とによって,又,時と場合とによって異なると思います。

>人権と自決の権利が白人、キリスト教徒の占有物ではなく、当時植民地統治されていた有色人種も共有する、人類共有の権利だという日本の主張は、人権宣言に匹敵する快挙だったと思う。
> それはその前後の植民地支配や戦争の勝敗と相殺されてしまうような、薄っぺらなものではない。

客観的にはそうかも知れません。しかし,そのことを日本人が連合国の人に説いたら,連合国の人は納得するでしょうか。
私が東南アジアを旅行したとき,同行者が地元の中国系住民の子供に,「日本は良い国だよ。日本に一緒に行かないか。」と話しかけた時,今まで,ニコニコ話していた父親が怖い顔で,「私の身内の者が日本人に殺された。」と言って,子供を連れ去ったのを目撃しました。同行者が店の土産物を買った時,父親はニコニコしていたのです。
藍愛和
2009/09/06 14:25
 広島・長崎への原爆やB29による空襲によって肉親を失った日本人のなかには嫌米感情をもつ人がすくなくない。にもかかわらず、日本の国民意識としては、世界中で一番好きな国のトップグループには、アメリカがいつもふくまれています。それは必ずしもここでわたしが話題にしている政治や外交や理念とはちがったところでの親米感情なんですが…
罵愚
2009/09/06 17:58
>それは必ずしもここでわたしが話題にしている政治や外交や理念とはちがったところでの親米感情なんですが…

これは,第二次大戦を戦った連合国の人達に対する日本人の国民感情の話ですね。

「日中友好,日米協力は日本の千年変わらぬ外交方針でなければならない。」ということは,以前話したと思いますが・・・。

この話には,日本の北の隣国である,巨大ロシアが抜けています。
私の義兄はシベリアに抑留され,アバカン地区の収容所で戦病死し,今は靖国神社に祀られています。ロシアに対する私の気持ちは戦後60年経っても整理し切れていなかったのです。
最近,ある病院に行った所,館内ビデオ放送で, NHK の「名曲アルバム・白鳥の湖」が流れて居ました。その時,この美しいバレエ音楽を生み出したロシア人を憎むことはできないな,と感じました。シベリア抑留問題に対して,日本人は真剣に取り組んでこなかったように思います。シベリア抑留と言えば,「岸壁の母」が今も忘れられることなく歌い継がれているということ位しか思い浮かびません。

日本はロシアと和解する−−−日露和解も日本の外交方針にして貰いたいな。それがシベリアで戦病死した方々やその遺族に対する慰めとなるのでは・・・。
藍愛和
2009/09/07 06:14
 どうも微妙に感覚がずれますね(笑)。そういう、あなたの個人的感情や日露の外交関係とはべつに、フランスの人権宣言の理念に対する賛美やロシア革命思想に対する批判があります。それとおなじように、日本の人種差別撤廃に対する賞賛があってもいいはずなのに、いまの日本にも国際社会には、それがない。国内には自虐がはびこっている。
 正当な再評価を、わたしは提案しています。
罵愚
2009/09/07 11:35
罵愚さん,今日は。

>フランスの人権宣言の理念に対する賛美やロシア革命思想に対する批判があります。
>日本の人種差別撤廃に対する賞賛があってもいいはずなのに、いまの日本にも国際社会には、それがない。

人権宣言もロシア革命思想も日本の人種差別撤廃論も,国内世論や国際社会世論によってその価値が決まるというわけですか。

もし,当時の日本が植民地的支配をしていた地域を解放し,人種差別撤廃を主張したとしたならば,日本の国内世論は猛反対したでありましょうが,国際世論は大歓迎したでありましょう。
藍愛和
2009/09/08 12:52
 藍愛和さん、こんにちは。
 久しぶりにこのブログを訪れました。靖国神社について一言。靖国神社こそ東京裁判史観に毒された東京裁判神社といえましょう。
民主主義者
2009/09/08 20:05
 史実を、できもしない空想で否定するような議論に意味があるとは思えません。人権宣言の人権を、フランスはフランスの植民地にまで適用しなかった。ウィルソンの民族自決権は、アメリカの国内に適用しなかった。それを主張したのが日本の人種差別撤廃だった。
 相互に自国の内政への不徹底はありますが、だからといって、それが理念のもっている価値観を否定するものではない。それを理由に、民主主義や自決権を否定する人はいないのが、その証明になる。藍愛和さんだって民主主義や自決権までは否定していない。日本の人種差別撤廃にのみつらい評価をするのは、なぜでしょうか。
罵愚
2009/09/09 04:56
罵愚さん,今日は。

>人権宣言の人権を、フランスはフランスの植民地にまで適用しなかった。ウィルソンの民族自決権は、アメリカの国内に適用しなかった。それを主張したのが日本の人種差別撤廃だった。

人権宣言のフランスは市民革命の手本となりました。民族自決権のアメリカは民族国家独立の手本となりました。しかし,ともに植民地支配を行い,国内での人種差別撤廃も充分できていません。
一方,共産主義のソ連は革命の旗手を自任しましたが,ソ連共産党の独裁乃至指導等を国内外に要求して,遂に赤い帝国に変質し,冷戦の末崩壊しました。
人種差別撤廃の日本は,アジアの干城を自任して大東亜共栄圏を構築しようとしましたが,アジア各地を植民地的に支配して西欧覇道の鷹犬となり,ついには無条件降伏しました。

これらの例を見るに付け,現在の日本が過ちを反省して,平和的民主主義国として世界中で活躍していることは,日本国民の誇りとするに足ると思います。

遺族達を始め全国民がこの誇りを持つことこそ,靖国神社の英霊に対しての最高の慰霊,顕彰になるものであると信じます。
藍愛和
2009/09/09 11:17
民主主義者さん,今日は。

>靖国神社こそ東京裁判史観に毒された東京裁判神社といえましょう。

民主主義者さんは靖国神社に参拝されたことがありますか。

私が昔参拝したときは,鬼哭啾々たる荘厳さに包まれていました。

十数年程前に参拝したときの靖国神社の雰囲気や遊就館の展示,或いはインターネットにある靖国神社の HP , Wikipedia の「靖国神社」の文章は正に,「東京裁判史観に毒された東京裁判神社」を思わせるものがありました。

今見た限りでは,現在の HP や Wikipedia の「靖国神社」の文章は,宗教法人靖国神社にふさわしいものに変わっています。

遊就館については,近いうちに靖国神社に参拝して,拝観したいです。
藍愛和
2009/09/09 11:59
藍愛和さん、
 つまり、大東亜共栄圏構想はよかったが、かならずしも理念どおりの実現にはならなかったのが、いけなかったということですか?
罵愚
2009/09/09 16:57
罵愚さん,今日は。

> つまり、大東亜共栄圏構想はよかったが、かならずしも理念どおりの実現にはならなかったのが、いけなかったということですか?

大東亜共栄圏構想については,素人の意見ではありますが,長所と短所があったと私は考えます。

長所は,即ち,日本の敗戦後,この構想が世界の諸植民地国に対してどのような影響と結果とを与えたかということです。2つ挙げたいと思います。
1つは,英米中蘭,最終的にはソ連も含め世界の全ての国を相手にして,世界中が到底勝利し得ないと考えた戦争を,アジア民族の自主独立・共存共栄の大義を掲げて日本が実行した,その決断力・実行力と,それを支えた一種の「狂気」とでも言うべき勇気です。この日本の決断力・行動力は第二次大戦後の植民地解放運動に決断・実行の勇気を与えました。
もう1つは,日本が大東亜共栄圏構想の中で,支配下に置いた地域の住民に対して,防衛・教育・衛生・生産等の分野について,効果的に指導改善の諸施策を行い,その成果が東南アジア植民地諸国の独立運動を可能にした原因の一つになりました。そして,又,その成果が独立後の国家伸長・発展の支えとなりました。
(下に続く)
藍愛和
2009/09/10 15:25
(上から続く)
短所は,即ち,大東亜共栄圏構想が失敗に終わった原因でもあります。これも,2つ挙げたいと思います。
1つは,大東亜共栄圏の建設を,東アジアの諸民族と平等・対等な立場での共同行動の下に行うというよりは,日本の独断・専行の下に実施し,諸民族の人権を無視して,地域住民の反発を招いたことです。
もう1つは,大東亜共栄圏構想の名の下に,東アジアの諸民族を皇民化しようとの日本の秘めた野心を嗅ぎ取った,アジア以外の国々も,日本に宣戦布告して,日本は遂に無条件降伏をしなければならなくなったことです。

戦前同様,敗戦後の日本にとっても,周辺諸国との連携は必要不可欠でありましょう。その意味で欧州連合や東南アジア諸国連合を見習いながら,日本も何らかの行動を起こすときかと思います。そのような場合,日本が手本にすることが出来る国の一つはドイツではないかと考えます。素人の独断と偏見かもしれませんが。
藍愛和
2009/09/10 15:34
藍愛和 さん、
 反省するところは、もちろんあるでしょうね。しかし、それが理念を帳消しにするものではないと思います。
罵愚
2009/09/11 15:04
反省することによって,大東亜共栄圏の理念は更に時代に即応したものになるでしょう。新しい理念は新しい革袋に盛りたいものです。
藍愛和
2009/09/11 16:21
オンラインで記入したために,挨拶を忘れました。
申し訳ありません。
藍愛和
2009/09/11 16:26
 そうかな〜??理念はすでに古臭くて、あたらしく仕立て直すような内容があるとは思えませんが?
罵愚
2009/09/11 18:35
罵愚さん,今日は。

>理念はすでに古臭くて、あたらしく仕立て直すような内容があるとは思えませんが?

大東亜共栄圏構想の理念とは,即ち,人種差別撤廃,民族自決等であろうか,と思います。それらの理念は別に古臭いわけでも,仕立て直すようなものでもありません。しかし,それらの理念は生きており,常に新しく進化し続けます。
そして,それらの新しく進化し続ける理念を大東亜共栄圏構想という古い革袋に盛るのではなく,21世紀に相応しい新しい革袋に盛りたいものだと思います。
藍愛和
2009/09/12 13:21
 どんなふうに進化したのですか?
罵愚
2009/09/13 17:02
 藍愛和さん。
 靖国神社は、神霊を祀る祭祀を行う場所です。慰霊の場所ではありません。戦死者の人霊を祭る場所ではないのです。しかも、その戦死者たるや天皇の名で行った無益な戦争による死者であり、なおかつ軍人優位、男性優位の差別的・選択的な死者を勝手に神霊と位置づけました。そして、この神社の性格を何も知らない、いわゆる「右派」なり「保守派」なりがこの神社を象徴化する様は、彼らが愚者であることを示すのは言うまでもありませんが、自国の歴史によくもここまで無知でいられるものだとあきれてしまいます。
民主主義者
2009/09/13 19:40
罵愚さん,今日は。

>どんなふうに進化したのですか?

学問的なことは分かりません。私自身の見聞きしたことを幾つか列挙します。
1.人種差別撤廃,民族自決ともに,大国だけの問題ではなく,全ての国や民族が取り組むべき問題となりました。
2.人種差別撤廃のみならず,あらゆる人権差別撤廃が求められるようになりました。
3.差別撤廃問題は他の国や人に要求するだけではなく,自らの内なる差別にどう取り組むかが問われるようになりました。
4.民族自決については,民族解放闘争を正義と見るかテロ活動と見るかは,それぞれの立場によって異なります。その判断基準がどうなっているかが問われるようになりました。
5.差別撤廃,民族自決いずれも,全世界のあらゆる地域で強力に主張されるようになりました。そして,それらは箇々バラバラではなく,大きな結合体をなして活動するようになりました。

人種差別問題,民族自決問題のこれらの進歩発展は今後益々顕著となり,質的・量的変化には常に注意が必要であり,その進歩発展に応じて,それぞれの国,地域,個人が新たな態度・行動を求められるようになる,と思います。
藍愛和
2009/09/14 10:29
民主主義者さん,今日は。

>靖国神社は、神霊を祀る祭祀を行う場所です。慰霊の場所ではありません。戦死者の人霊を祭る場所ではないのです。

靖国神社には靖国神社の宗教法人としての考え方や活動方針があると思います。
我々個人には個人それぞれの信仰があると思います。靖国神社はお国のために戦死・戦病死した方々を慰霊,顕彰するための神社である,と私は考えています。

>自国の歴史によくもここまで無知でいられるものだとあきれてしまいます。

民主主義者さんは自国の歴史を,どのようにお考えでしょうか。

日本は昭和の戦争において過ちを犯しましたが,二千有余年の歴史を持つ日本はそれを反省し平和的な民主主義国として活躍しています。私は美しい邦日本を誇りとしています。過ちは何処の国も犯していますが,いまだ充分には反省していない,と私は考えます。
藍愛和
2009/09/14 11:13
 藍愛和さん。
 「靖国神社は、神霊を祀る祭祀を行う場所である。慰霊の場所ではない。戦死者の人霊を祭る場所ではない。」と靖国神社が自己規定しています。国家がなした、つまり日本という国家が、あるいは日本という国家権力が天皇の名において行った戦争による人間の死を極度に抽象化し、ややもすれば、美化し、このことにより、日本の歴史における国家の愚行を隠蔽するための施設です。神社の外観を呈していますが、神社神道の伝統を無視しています。
民主主義者
2009/09/14 19:46
民主主義者さん、
 『日本の歴史における愚行』といいますがね、歴史の時系列を忘れた断罪や理念と政治的判断の過ちを混濁させた議論は無意味だと思います。
 そういうものを離れて、近代における祖国の国難に殉じた英霊の慰霊と検証は必要ではないだろうか。
罵愚
2009/09/15 05:36
民主主義者さん,今日は。

>「靖国神社は、神霊を祀る祭祀を行う場所である。慰霊の場所ではない。戦死者の人霊を祭る場所ではない。」と靖国神社が自己規定しています。

この話は何処かで,私も聞いた記憶があります。いろいろな説があるのでしょう。大日本帝国憲法では信教の自由が明記されていましたが,現実には「神道は宗教でない。」という理解しがたい法解釈の下に,靖国神社も国が管理・運営を行っていました。そして,現在も亦,このような解釈に立っているのでありましょうか,靖国神社の国家護持がしばしば提議されています。

政治と宗教については,素人考えでありますが,次のように私は考えています。
即ち,政治は相異なる個人を相異なるものとして尊重します。一方,宗教はその宗教に属する各個人が同一の信仰を持つことを基本条件とします。政教分離の原則が守られなければならない理由がここにあると考えています。

現在の靖国神社の HP
http://www.yasukuni.or.jp/index.html?mode=skip
の「靖国神社の由来」
http://www.yasukuni.or.jp/history/index.html
によりますと,
「国家のために尊い命を捧げられた人々の御霊を慰め、その事績を永く後世に伝えることを目的に創立された神社です。」
と書かれています。
これが靖国神社の歴史的実態であり,現代における多くの遺族・国民の通念ではないか,と私は考えています。
藍愛和
2009/09/15 16:16
罵愚さん。
 キミには今度は拒否せずに答えることを切望しよう。まず、キミの、私のコメントの引用は間違っている。私は、「日本の歴史における国家の愚行を隠蔽」と記した。これをキミは「日本の歴史における愚行」とした。「靖国神社は国家の愚行の隠蔽施設である」という事実に対する脈絡を無視した引用である。この点を説明されたし。「歴史の時系列」という表現が意味不明である。この点も説明されたし。
民主主義者
2009/09/15 18:07
藍愛和さん。
 靖国神社のホームページにあることをそのまま信じてはいけないと思います。神社の外観を呈してはいますが、天皇の名において行った、政府の戦争による死者を、政府が勝手にあるいは靖国神社が勝手に神霊にして祀っている、まやかしの場所です。「英霊」、「国難」、「殉じる」など、皆、日本近代史の実態をはぐらかす言葉であり、ロジックです。この神社に向き合うこと、あるいは頭をたれることは自国史を顧みない、あるいは無視することを意味します。
民主主義者
2009/09/15 18:33
 だからその『国家の愚行』とやらは、具体的になにを指すのだろうか?の疑問ですよ。
罵愚
2009/09/16 05:37
民主主義者さん,今日は。

>この神社に向き合うこと、あるいは頭をたれることは自国史を顧みない、あるいは無視することを意味します。

日本には二千有余年の歴史があるのではありませんか。高々八十四年の昭和史をもって日本の歴史とすることはできない,と私は考えます。
昭和の戦争において,日本は大きな過ちを犯し,諸外国に多大の損害と苦痛を与えました。その責任は一体誰にあるのかということを考えたとき,当時の日本の政府・軍部の指導者達に責任があることは勿論ですが,全ての国民も亦その責任の一端を負わなければならない,と私は考えます。
ABC級戦犯として法務死された990名(BC級戦犯裁判関係 茶園義男論文集 不二出版 1993/1/20 第1刷発行 より)の方々は国民各自が追うべき責任も含めて全ての戦争責任を背負い,残された国民の生命・安全・自由を守るために自若として刑場に赴いた,と私は考えています。
昭和の戦争の責任を国民一人一人が背負って,連合国によって処罰された方々を見捨てることなく,平和的民主主義国の国民として生きるのだという決意を懐くことこそ,二千有余年の歴史によって培われた大和心ではないか,と私は考えます。
藍愛和
2009/09/16 16:06
 「日本は大きな過ちを犯し」といいますが、具体的にはどんな過ちでしょうか?
罵愚
2009/09/16 18:53
罵愚さん,今日は。

>「日本は大きな過ちを犯し」といいますが、具体的にはどんな過ちでしょうか?

人間は過ちを犯すものです。国家も亦然り。
日本は戦争に負けました。
藍愛和
2009/09/17 07:28
 敗戦が過ちですか?
罵愚
2009/09/17 14:56
罵愚さん,今日は。
>敗戦が過ちですか?

過ちと思いますけど。
藍愛和
2009/09/18 06:28
 もしも勝っていたならば、民主主義ではなくっても、人種差別があろうとも、ただしい戦争だったといえますか?つまり、正しかったかまちがっていたかの判定と、戦争の勝敗は別だとは思いませんか?
罵愚
2009/09/18 12:31
 藍愛和さん。こんにちは。
 十五年戦争時に日本に占領され、植民地になった地域の人々にとって、日本の国会議員の靖国神社参拝は、日本人全体が十五年戦争をまったく勉強せず、かつ反省していないことを意味します。侵略戦争をしたという事実、そして、戦争をした、その天皇の責任、国家の責任、国民の責任をあくまでうやむやにする、「靖国神社」という、まがいものの、「靖国神社」自体、己が神社の扱いに懊悩し、現在も懊悩し続けている、この超国家主義・軍国主義の殿堂に国会議員が訪れ、そして、その時に臆面もなく発せられるコメントが「平和の祈念」であるという、深刻な矛盾が、彼らにとって驚きであり、怒りであるのです。「靖国神社」は日本人はだませても、この「神社」の本質を知っている外国人はだませません。 
民主主義者
2009/09/19 10:48
罵愚さん,今日は。
>もしも勝っていたならば、民主主義ではなくっても、人種差別があろうとも、ただしい戦争だったといえますか?

これは答えにくい問題です。これに明確な解答をしようとすれば,長い論陣を張る必要があるように思います。イエスがノーでは答えられないでしょう。
例えば,ただしい戦争とは何かは一冊の書物でも書ききれないほどの難問でありましょう。
無理に短く答えるとすれば,ある場合には正しく,ある場合には正しくないというようにでも言わなければならないのではないでしょうか。

>つまり、正しかったかまちがっていたかの判定と、戦争の勝敗は別だとは思いませんか?

罵愚さんは恐らく「別だ」とお考えなのでしょう。
「別である」ということは,罵愚さんが本文で,「それらの人々が人権を奪取し、それらの国々が自決権を行使して、独立を獲得した歴史のなかで、動機づけ、勇気を与えたのは、日本の日露戦争と大東亜戦争だった。その大業に生命をささげた英霊たちが再会を約束したのが靖国神社だった。」と主張されることの根拠なのでしょうか。

私は,「別であることもあり,別でないこともある。」としか答えようがないように思います。

それともう一つ,「正しいか,正しくないか。」と,「過ちがあったか,なかったか。」とは必ずしも同一の分類ではないように思います。
昭和の戦争について語ることは学校のペーパーテストを採点するようには簡単ではないでしょう。
藍愛和
2009/09/19 16:51
民主主義者さん,今日は。

>「靖国神社」は日本人はだませても、この「神社」の本質を知っている外国人はだませません。

結論を申し上げますと,外国人による日本政府要人の靖国神社参拝批判は内政干渉であり,信仰の自由を侵すものである,と私は考えています。

民主主義者さんは,一般国民が靖国神社に参拝することも禁止すべきであるとはお考えにはならないでしょう。 
藍愛和
2009/09/19 17:07
藍愛和さん。こんにちは。
 靖国神社参拝にかかわる何かの裁判(いつのどの裁判かは失念)で公人私人の区別が、その判決の基準とされてから、メディアは国会議員の参拝に際し、「(参拝は)公人としてか、私人としてか、どちらなのか」という質問を参拝する国会議員たちに対してするようになりました。国会議員の行為ですから、私人としての参拝だと言い張ったところで、所詮は公人としての責任は問われます。参拝は内政干渉だから、諸外国が批判するにあたわず、の指摘はまったくもって的外れです。国会議員の参拝は結局は政治的な行為になってしまうので、政教分離に違反します。これは基本的人権にかかわる問題になるので、国籍民族に関係なく問題にするべきことになります。だから、彼らはその批判を回避するために、私人としての参拝だ、と言い訳をいちいちするのです。畢竟、彼らは、自分が国会議員になったから、国会議員だから、参拝しているのです。国会議員が、信教の自由の名において靖国神社という戦争責任隠蔽施設を訪問しているありさまは、自衛官の田母神が「言論の自由」、「学問の自由」を名目に稚拙な主張をしているのと同じことです。
民主主義者
2009/09/19 19:05
久しぶりにコメントします。(横からで失礼)
日本国憲法に於いて天皇は国民の象徴となりその存在を認められている。憲法は信教の自由も認めている。(第二十条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。3 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。)
天皇は国家国民の安寧を祈られている。天皇は祭祀を司る最高権威者である。神道の親玉であるから、国家国民はその様な過度に宗教的な存在のものを公費で養っているのである。市役所建設の地鎮祭で公費を使ったり、国会議員の靖国参拝が私人が公人かの違いなど天皇の存在を憲法で認めていることを考えれば小さな問題であり、その様なことで論争するのは笑止といわざるを得ない。日本国憲法は神道そのものである天皇を認めその存在を支えている。よって、この憲法に於ける信教の自由とは、慣例や一般常識を越える公・公人の宗教活動を認めないというところに落ち着く。完全政教分離は現憲法では不可能。
外国政府による日本公人の靖国神社参拝への批判は憲法の信教に自由を侵す悪意ある内政干渉として断固排除すべきである。A級戦犯を合祀しているなどということは信教の自由という人権を侵されることから比べると甚だ低次の問題と思う。
ウブドちゃん
2009/09/20 03:03
民主主義者さん,今日は。

>国会議員が、信教の自由の名において靖国神社という戦争責任隠蔽施設を訪問しているありさまは、自衛官の田母神が「言論の自由」、「学問の自由」を名目に稚拙な主張をしているのと同じことです。

宗教法人靖国神社は,ある時期, HP ,Wikipedia の「靖国神社」の記述,遊就館の展示等において,昭和戦争における日本の戦争責任を否定する意見を公開していました。これは,昭和戦争の戦争責任について,日本の無条件降伏後,サンフランシスコ講和条約成立までの間に,連合国の示した見解並びに行った処置を全て認めるという日本政府の立場を否定するものではないか,と私は考えました。靖国神社のこのような行為は明らかに憲法の定める政教分離の原則に反するものである,と私は考えます。
民主主義者さんのおっしゃる通り,宗教法人靖国神社は「戦争責任隠蔽施設」となり果てて,遺族・国民に対して,多大の苦痛と損害をもたらしました。

現在,インターネットで調べた所,宗教法人靖国神社の戦争責任に関する記述は妥当なものであるように見えます。充分検証したわけではありませんが。遊就館については,近いうちにこの目で確認したいと念願いたしております。

蛇足ですけれども,日本政府は日本の昭和戦争における全ての戦争責任を認めている,と私は考えています。
藍愛和
2009/09/20 07:57
 結局は、あの大東亜戦争とは、日本による侵略戦争だったのか?それとも、植民地解放戦争だったったのかの、評価のちがいのような気がする。はじめに、東南アジア各国は、それまで独立した主権国家だったのではなく、それぞれ宗主国によって統治された植民地で、戦時中、あるいは戦後になって独立を果たした。
 その歴史的事実をどう認識して、どう評価するのかだな。あっちも悪かったが、こっちも悪かった、という評価なら、アーリントン墓地や無名戦士の墓が国営で維持されて外国からの賓客の表敬をうけいれているのとおなじように、靖国もそうしてもいい。なぜ、靖国だけが悪いのか?の疑問だ。
罵愚
2009/09/21 15:02
>靖国だけが悪いのか?
●靖国神社への「A級戦犯」合祀が批判の対象となる理由
 彼らを「英霊」=「護国の社」として顕彰することが、彼らが指導した戦争を侵略戦争ではなく正しい戦争として正当化することにつながると考えられるから。
 80年代に入って、「戦後政治の総決算」を唱えて登場し、新国家主義の路線を追求した中曽根首相の動向が、日本軍国主義の復活を強く警戒する中国政府の許容限度を超えたのであろう。以後一貫して中国政府はA級戦犯が合祀されている靖国神社に日本の首相が参拝するのはかつての日本の侵略戦争を正当化することになると強く反発した。※A級戦犯合祀が明るみになったのは1979年(朝日新聞による。合祀は78年)。これ以降も首相の靖国参拝は行われた。
ウブドちゃん
2009/09/22 03:57
>靖国だけが悪いのか?
マッカーサーは靖国神社を焼き払おうとして日本駐在バチカン代理公使ビッテル神父に、教皇使節団としての文書による統一見解を求めた。その回答は「自然の法に基づいて考えると、いかなる国家も、その国家の為に死んだ人々に対して、敬意をはらう権利と義務があるといえる。それは、戦勝国か、敗戦国かを問わず、平等の真理でなければならない。無名戦士の墓を想起すれば、以上のことは自然に理解できるはずである。もし、靖国神社を焼き払ったとすれば、その行為は、米軍の歴史にとって不名誉きわまる汚点となって残ることであろう。歴史はそのような行為を理解しないに違いない。はっきりいって、靖国神社を焼却することは、米軍の占領政策と相容れない犯罪行為である。靖国神社が国家神道の中枢で、誤った国家主義の根源であるというのなら、排すべきは国家神道という制度であり、靖国神社ではない。我々は、信仰の自由が完全に認められ、神道、仏教、キリスト教、ユダヤ教など、いかなる宗教を信仰するものであろうと、国家の為に死んだものは、すべて靖国神社にその霊を祀られるようにすることを、進言するものである。」
マッカーサーはこの答申を尊重して焼却を中止しました。『日本はそんなに悪い国なのか』上坂冬子著より
ウブドちゃん
2009/09/22 04:07
>靖国だけが悪いのか?
悪いといっているのは中国と朝鮮半島の国だけ。人類共通の認識によると国家の為に亡くなった人々に対して敬意をはらう権利と義務がある。日本人はその権利と義務を行使履行すべきである。
靖国神社国家護持を目的とする靖国法案は幾度も廃案となった。靖国神社を官幣社としたい戦没遺族の方々は多いが政教分離などの様々な問題がある。
そもそも靖国(神社)は宗教か?恐らくNOであると思う。それは国民の良識に根ざしたものだと思う。その起源によって、またここが日本であるから当然の如く神道形式によって祀られるのである。近代国家として国家の為に亡くなられた人々を追悼・顕彰する施設が神道によるものだとしても当然のことで宗教によらない慰霊の儀式など見当もつかないしありがたくもない。明治天皇は、不運にして戦いで死んでいった国民を純粋に永遠に追悼したいと願ったのであり、現在の日本があるのも彼らの犠牲があってこそで日本人として当然の靖国での追悼の行為は明治以来の伝統であり政教分離の原則には反しないと考えるのが妥当である。※国家神道とならぬように注意すればよいのである。いつもながくてすみません。
ウブドちゃん
2009/09/22 05:58
 いわゆるA級戦犯に関してですが、東京裁判の判決を鵜呑みにして日本の近代をアタマから否定する戦後左翼はともかくとして、戦場に散華した英霊を祭る靖国神社に刑場で処刑された戦犯を祭るのはいかがなものか?の意見と、
 昭和天皇の不快の念が明らかになった、三国同盟締結という政策選択を誤った責任者を合祀するのはいかがなものかの意見があると思う。

 ところで、話題が広がって輻輳するので、ここらで整理して、複数のあたらしい記事に移行しようか、なんて考えています。できるだけ発言者のご意見に副いたいと思いますので、関心の深いテーマをご提示いただけたら、順次それに従おうと思います。どうか、このコメント欄にご投稿ください。もちろんギャラリーのご希望を書き込まれてもかまいません。よろしくお願いいたします。
罵愚
2009/09/22 06:01
罵愚さん,今日は。

>結局は、あの大東亜戦争とは、日本による侵略戦争だったのか?それとも、植民地解放戦争だったったのかの、評価のちがいのような気がする。

この事について,
八神邦建氏の大東亜戦争開戦詔勅の現代語訳:
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/4669/daitoua1208.html
から,引用します。
「 米英両国は、蒋介石政権を支援し、東アジアの戦禍と混乱を助長し、平和の美名に匿(かく)れて、東洋を征服する非道なる野望をたくましくしている。」

これからの我々はこの大日本帝国の主張に関連して,実際の歴史はどのように進んだか,を検証する必要があると思います。その時,我々は日本の国内だけに閉じこもるのではなく,世界中の昭和戦争当事国全ての 1868年明治維新から現在までの歴史の実態について,厳密に検証する努力が必要かと思います。

その努力無しに連合国側の人達を相手に論戦を挑んでも,返り討ちに遭うだけでありましょう。
その努力さえしておれば,連合国側の誰を相手に論戦しても,決して卑屈になることはなく,相手も自分も互いに高め合うことが出来るでありましょう。
藍愛和
2009/09/22 06:16
横やりです。
ざっと読んだところ、中途に異色のやりとりがあったので再掲してみます。

2009/09/16 16:06 wrote:
日本は大きな過ちを犯し,諸外国に多大の損害と苦痛を与えました。

2009/09/17 07:28 wrote:
>「日本は大きな過ちを犯し」といいますが、具体的にはどんな過ちでしょうか?
日本は戦争に負けました。

2009/09/18 06:28 wrote:
>敗戦が過ちですか?
過ちと思いますけど。

 これはまとめると、日本が負けたから諸外国に多大の損害と苦痛を与えたのだという趣旨の発言と思って良いですか?もっともそれ以外に読みようがないと思いますけど。

とおりすがり
2009/09/22 13:12
戦争とは外交では解決できない問題を武力によって決着をつけようとする国の行為であり、今でも外交力の裏には軍備があるのは自明のことです。立憲君主国である日本が大東亜戦争で天皇の御名により始まり、兵は天皇の御名により戦い、死んでいったが、それは日本のために戦ったということと同じことだと思います。イギリスは王様を旗印に戦ったろうし、米国は民主主義という旗印で戦ったのです。靖国神社に祀られている方々が尊王の気持ちをもって戦ったことのどこがおかしいのですか。それに違和感を持つ人は未だに自虐史観にとらわれている人です。大東亜戦争は自衛戦争だったということは明らかであります。戦争責任がさも哲学的課題のように言われていますが勝者が敗者を裁いたということにすぎません。それも東京裁判というインチキ裁判によって裁かれています。いまだにそれを言っている人はほかに意図があるのだろうと思います。隣の三国は事あるごとに日本の過去をあげつらい、反日行動を起こしますが、それは傷が癒えてないという感傷的なことではなく、政府が意図的に反日教育をやっているからでしょう。大東亜戦争は結果的にアジアに独立の気運を高めました。その事実を認めようとしないのは戦後の戦勝国がつくった世界観から脱却できていないからです。中国は戦勝国の世界観が自分にとって有利なので使っているだけです。日本から金を絞るためには過去を持ち出せばいいと思っています。これからの日本は冷静に歴史を見つめ、評価すべきことは評価し、しっかりと意見が言える国にならなくてはなりません。田母神さんのように。
グラス
2009/09/22 22:43
>大東亜戦争は自衛戦争だったということは明らかであります
 申し訳ないが、こういう切り口だと議論にならない。
 「自衛戦争だったということは明らか」の反語は「侵略戦争だったということは明らか」であって、こうなると水掛け論であり堂々巡りです。
 自衛戦争だと思うのであれば、なぜ自衛であるのかを侵略戦争支持派に対しても理解できる様に、客観的に論旨を組み立てる必要があるのではないかとおもいます。
 いずれにせよ「結論ありき」では議論は成り立たないのだと理解して頂ければ幸いです。
とおりすがり
2009/09/23 00:50
> ギャラリーのご希望

 罵愚さんこんにちは。
 結局「大東亜戦争(または大日本帝国)はなぜ悪なのか?」の核がどこにあるかがわからなくなっていることなんじゃないかと思うのです。
 つまり、軍国主義が問題だったのか、天皇専制が問題なのか、対米開戦が問題なのか、敗戦が問題なのか、そのあたりがはっきりしない。
 もちろん複合的な問題であり単純にはいいきれないという話はあるのだが、「日本=悪」というならば、そう判断できる固有のポイントがありそうです。
 要望としては、そういうポイントを洗い出して、それについて述べてみるというのはどうでしょうか?
とおりすがり
2009/09/23 00:59
大東亜戦争に限って言うとあの戦争は当時の日本にとって避けられない戦争だったと思います。大東亜戦争前に資源のない日本は欧米により原油や鉄などの資源を止められたり、海外資産の凍結を受けたりしました。アメリカとの交渉で妥協に妥協を重ねたにも関わらず、ハルノートという最後通牒ともいうべきものを突き付けられました。またアメリカは援蒋ルートにより間接的に戦争に関与していました。フライングタイガーという空軍もいました。公式にではありませんが、日米はすでに戦争状態にあったのです。アメリカは日本との戦争を欲していました。なぜなら、ルーズベルトは国民には戦争不参加を公約していましたが、ヨーロッパ戦線に参加するために日独伊三国同盟の一員である日本に手を出させたいと考えたからです。またアメリカは日露戦争後に台頭した新興国日本に脅威をもち日本を仮想敵国とするオレンジ計画というのを立てていました。日本を包囲する国々はABCD包囲網と言われ、アメリカ、イギリス、シナ、オランダの諸国です。シナを除くそれらの国々は東南アジアに植民地をもち支配していました。おもに日本が戦ったのは支配者の欧米の軍隊です。それらの軍隊を駆逐し軍政を敷きましたが、現地人に教育や軍隊など、やがて独立のために必要なことを教えました。戦後のアジア諸国の独立は日本が重要なきっかけをつくったことは事実です。日本なしにはこの歴史は動かなかったでしょう。日本は負けてたいへん傷つきましたが、このことは誇っていいことではありませんか。侵略戦争という言葉自体があいまいな言葉だと思います。東京裁判では共同謀議をして戦争を計画して、他国をのっとるという意味合いで使われていましたが、日本の戦争行動には全くあてはまりません。第一共同謀議をするどころか、いろいろな意見が対立してまとまらなかったのが帝国陸海軍です。
グラス
2009/09/23 02:08
とおりすがりさん、
 いや、わたしは日本外交にも内政にも、失敗やまちがいはあったと思います。かぞえだせば賽の河原に石を積むような作業になるのだろうと想像します。しかし、8月の議論のなかで話しているように、それはフランス革命やアメリカの独立戦争のようなもので、周辺のマイナスイメージを無数に集めても人類史に果たしたフランス革命や独立戦争のプラス効果は減損しないのです。どぶに沈んでもダイアモンドはダイアモンドなのです。まったくおなじように、大東亜戦争にまつわるマイナスイメージをいくら集積しても相殺できない人類史に果たした役割が、日本の近代史にはあったと思います。
 つまり、それは西欧の近代が完成寸前にまでこぎつけた地球支配、植民地支配をとおして有色人種を奴隷化する帝国主義の時代だったわけです。それに対抗して粉砕した日本の近代外交は、フランス革命に優るとも劣らない人類史上最大の偉業だったわけですが、戦争の勝敗と敗戦後の米ソ両方向の連合国からの思想侵略によって、その歴史的事実がかき消されてしまっているわけです。
 したがって、「日本=悪」という固有のポイントをひろってきて、ひとつづつつぶす作業ではなく、もっと高所から広い視野で人類の近現代を俯瞰して、日本の近代が果たした役割を再評価する必要がある。その原点としての靖国神社というようなとらえかたをしております。
罵愚
2009/09/23 05:48
とおりすがり(2009/09/22 13:12)さん,今日は。

>これはまとめると、日本が負けたから諸外国に多大の損害と苦痛を与えたのだという趣旨の発言と思って良いですか?もっともそれ以外に読みようがないと思いますけど。

ここのコメント欄には字数制限もあり,回数制限もあると思います。なにもかも,一度に完全に自分の意見を書くことが出来ません。

「日本は大きな過ちを犯し」ということは,過ちが一つだけということを意味しません。ここに書ききれないほど沢山の過ちを犯しました。日本は大東亜共栄圏の旗印を掲げて世界中を相手に戦争しながら,無条件降伏をしました。日本はアジアの植民地国の解放者たらんとして戦争しながら,アジアの植民地国のアジアの宗主国となるという「欧米植民地主義国の鷹犬」と成り果てた後,失敗して無条件降伏をしました。これが日本の犯した最も大きな過ちの一つと考えています。

そのようにして,日本は諸外国に多大の苦痛と損害を与えました。

自分の国の苦痛と損害は自分から仕掛けた戦争の敗戦国の言うことではないでしょうから,「諸外国に多大の苦痛と損害を与えた」と書きましたが,日本国民が受けた苦痛と損害はこの世の地獄という以外の表現は出来ない程の惨状であったことは,未来永劫日本人の忘れてはならないことであります。
藍愛和
2009/09/23 06:16
罵愚さん,今日は。

罵愚さん:2009/09/22 06:01:
>できるだけ発言者のご意見に副いたいと思いますので、関心の深いテーマをご提示いただけたら、順次それに従おうと思います。

罵愚さんのお考えになられたやり方に従いますが,私としては,靖国神社についての議論をお願いします。
藍愛和
2009/09/23 06:39
 皆様、ご回答ありがとうございます。しかしながらどう返答してよいのかまよっておりまして、細部について返答してしまうと発散するだけだと考えたので、ざっと思うところについて述べさせてもらえればと思います。

 奇しくも藍愛和 さんが「日本国民が受けた苦痛と損害はこの世の地獄という以外の表現は出来ない程の惨状であった」と述べられておりますが、具体的な事象は述べられておりませんが、しかしこの災禍の責任はだれか?と言う問いに対して、所謂自衛戦争派と侵略戦争派で合意を得ることが出来ない状況です。「戦時国際法違反はどちらか?」で決着がつく問題なのではないの?と思う様なことであったとしてもです。

 確かに歴史を俯瞰して、そうですね1000年後に20世紀を振り返れば罵愚さんが言われる様な評価も可能だと思います。しかし現実はそこまで成熟しておらず、俯瞰し要約してしまうと、大義vs大義みたいな話になってしまい、そうなるとまた平行線です。

 大義(というと嫌な感じがするならば、その時代の「テーマ」だと考えてください)を理解することや俯瞰することは大変重要なのですが、それ以前に事実の誤認などに立脚されている部分も多く、まずはそこを把握し誤解を解くのが先決なのではないかと思うわけです。

 そして、議論する際には後出しじゃんけんのような行為はできるだけ慎んで頂きたい。例に取りやすいので「過ち」について挙げますが、究極的には過ちがないなどあり得ないのだからこのような反証は無意味です。また「避けられない戦争だった」的な印象による反証もいたずらに議論を発散させるだけです。反論にあたっては具体的な事象をもってしてもらいたいと思います。であればこそ検証も出来るし誤りの指摘やその受け入れも可能になってくると思うのです。
とおりすがり
2009/09/23 13:24
>大正天皇の御世には、
いわゆる大正デモクラシーと呼ばれた
革新的な時代がありました。
話題を前に戻してすみませんが
>昭和天皇の御世になり、・・・
もし、日本の国策が戦争に向かっていなければ、・・・
>こんにちの西欧北米にも劣らない
先進的な民主主義国となり、・・・
(円山てのる様said)

戦争に向かっていなければ大正デモクラシーが続いたのだろうか?昭和に入って政党政治はいたずらに政争を繰り返し、経済状況は金融恐慌に加え世界恐慌による影響で大打撃をうけ地方では娘を身売りしなければならないほど家計が困窮した。政党は国民の支持を失い2.26事件以後マスコミは軍部批判を差し控え軍と大衆を戦争に煽り立て国民は軍を支持し戦前のデモクラーシーは崩壊した。大正デモクラシーを崩壊させたのは国民である。
戦争がなければ大正デモクラシーが続き日本が先進的なデモクラシー国家を築けたという意見には賛同し難い。大正デモクラシーには重要ななにかがかけていたもしくは失ったのではないだろうか?

>関心の深いテーマ
ブログ主様の選定におまかせいたします。
私は食いつくだけなので・・・(笑)
ウブドちゃん
2009/09/23 15:55
 いや、わたしは最近200年ほどの人類史を俯瞰してみると西欧の近代が創造した民主主義の理念をヨーロッパ人の専売特許から人類共有の財産に変換してきたおおきな潮流が実在すると確信しています。その潮流のなかで、それまでヨーロッパ列強の植民地だった地域や民族が独立して解放されてきた。この歴史的事実は「要約してしまうと、大義vs大義みたいな話」にはならない。れっきとした歴史的事実だと思います。
 ちょっと蛇足をつけ加えますが、200年のスパンをもうちょっと広げるとヨーロッパの占有物だった民主主義の理念だって、これまではフランス革命の成果としてきましたが、フランス革命で自由と平等と博愛の精神の三本柱に要約されるまでにはイギリスの名誉革命やドイツの宗教革命にまでさかのぼる数百年の歴史が俯瞰できるわけです。
 ヨーロッパの中世と近代の境界線は、したがって数百年という幅の広い境界線になっているのですが、その近代を生み出す源流部分にはキリスト教があり、ローマがありギリシャがあります。なにを言おうとしているのかというと、200年を俯瞰する背景にはそれ以前の数百年、さらにその背景にはまた千年、二千年を俯瞰して一条の歴史の流れを…それはごく常識的な総論だとは思いますが、わきまえて書いているつもりです。「大義vs大義みたいな」異論が入ってくるような作り話はしていないつもりです。
罵愚
2009/09/23 18:31

 人類史はほとんどヨーロッパ史で、いまだにそれが変更されていない。ヨーロッパ人がたどりついた民主主義の理念は欧米によって植民地原住民に配布されたというストーリーがいまでは人類の常識化しているのですが、わたしが書いてきた日本の近代外交が正当に評価されると、人類の現代史のこの部分が変更されなければならない。ヨーロッパ人がつくった民主主義の理念が人類の共有物になった過程には、日本の近代外交がおおいに貢献している。その過程では、いくつかの政策の過ちや敗戦亡国の悲劇もあったわけですが、それでは相殺できない人類史的な功績が靖国の英霊には与えられる時代がきっと来ると思います。
罵愚
2009/09/23 18:32
 藍愛和さん。こんにちは。
 靖国神社は、神道、神社神道から乖離した、明治政府の創作似非「神社」です。胡散臭いものです。従って、天皇なしでは存続し得ないものです。私がいみじくも喝破しましたが、「東京裁判史観」云々と称している者こそ「東京裁判史観」に拘泥する者―パールのご都合主義引用と15年戦争を自衛戦争と弁解、はては、アジア解放戦争などと馬鹿丸出し―、そういう手合いに限って靖国神社の、靖国神社が言う所の「英霊」を「顕彰」だの、「慰霊」だのと勝手な意義付けを肯定し、はては、米国のアーリントン墓地と同様にみようとしています−救いようのない自国史、アジア史、世界史に対する無知!!!−。天皇なしでは、まったく無意味な「靖国神社」を、昭和天皇その人が愛想をつかしたのにもかかわらず、是認する人たちが、私は不可思議でなりません。さしあたり、反天皇という他はないと思います。
民主主義者
2009/09/23 20:07
> 常識的な総論だと…作り話はしていないつもりです。

 おそらくこれは、実に乱暴活おおざっぱにまとめれば、日本が江戸幕府の終期に列強に屈服し植民地化されていたとしたなら、今日はなく、現在にいたって列強による植民地支配がまかりとおる世界であったであろう。その意味で日本の働きは当時の世界の流れの転換に大きく寄与している」という理解でよいですか?

とおりすがり
2009/09/23 23:05
>・・・「靖国神社」を、昭和天皇その人が愛想をつかした・・・
(民主主義者様said)

→→昭和天皇はA級戦犯合祀が明るみになり参拝されなくなってからも靖国神社の春秋の例大祭に欠かさず勅使を送られた。(これは天皇が公式参拝するのと同様のことである)これこそが昭和天皇の靖国神社に対する公式な態度である。
明治天皇が創建し、国民を大御宝(おおみたから)とし安寧を祈る天皇が国家・天皇の為に亡くなった国民(英霊)を祀る靖国神社に愛想をつかすなど絶対にあるはずがないではないか。

>米国のアーリントン墓地と同様にみようとしています
(民主主義者様said)

→→では、アーリントン墓地と靖国神社の違いとはなんですか?
ご教授いただければ幸いです。
ウブドちゃん
2009/09/24 01:20
とおりすがりさん、
 もちろん歴史は一条の現実しか記録していませんから、別の筋書きは想像にすぎないし、正しいとはかぎりませんが、この記事の最初のところで、わたしはそれをつぎのように書いております。

 歴史に if を持ちこむ愚を承知のうえで、あえて禁を犯せば、人類史から日露戦争と大東亜戦争を抹消すれば、いま190以上ある国連加盟国の数は数分の一に減少していたであろう。アジア、中近東、アフリカ、南米、東欧、北欧のなかの多くの国は、いまだに欧米の植民地支配のしたで呻吟していたとの想像は、容易につく。
罵愚
2009/09/24 06:15
民主主義者さん、
 わたしからみると、あなたの投稿こそ『胡散臭い、馬鹿丸出しのご都合主義引用、救いようのない自国史、アジア史、世界史に対する無知』にみえます。とりあえず、神道と天皇制のふたつの誤解を指摘をしておきたいのですが、いみじくもあなたご自身が「神社神道」なる新語をつかっておられるように、日本の民族宗教としての神道は原始的なるがゆえのあいまいさが色濃くて、あたらしい状況に融通無碍に対応してしまう。山や川に神性を見出していたのが雨や落雷など自然現象も神様にして、歴代天皇どころか政争に敗れて恨みを残した天神さんさえも神様にしてしまった。その延長線上に靖国神社の建立があって、それが成長して国家神道になった。対立概念としての神社神道は、反作用として生まれたものでしょう。
 新奇の神社の誕生は、神道ではむしろ珍しいものではない。これを不当と感じるのは、あなたが欧米やアラブの一神教が生んだ宗教的価値観に汚染されているからにすぎない。
 つぎに天皇制との関連ですが、国家神道が天皇制を抜きにしては成立しないのは当然ですが、神社神道だろうとなんだろうと、神道そのものが皇室の伝統を神性として尊崇するところからスタートしているのであって、そこのところでは神道にかぎらず明治憲法も平和憲法も、三者が一致して、これを日本とよぶ民族国家の根源的な基礎として、理由を説明せずに基盤にすえているわけです。主権在民の民主主義だろうと身勝手な一国平和主義だろうと平和憲法だろうと、江戸幕府の幕藩体制や平安時代の摂関政治とおなじレベルの、一過性の表面カバーにすぎません。歴史が動けば、またあたらしい時代が、あたらしいカバーを用意してくれると思います。そのカバーの深淵の部分には天皇制が鎮座しているわけです。
罵愚
2009/09/24 09:00
民主主義者さん,今日は。

民主主義者さん2009/09/23 20:07:
>靖国神社は、神道、神社神道から乖離した、明治政府の創作似非「神社」です。胡散臭いものです。従って、天皇なしでは存続し得ないものです。

靖国神社 Wikipedia:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%96%E5%9B%BD%E7%A5%9E%E7%A4%BE
から,引用します。
「明治2年6月29日(新暦1869年8月6日)に戊辰戦争での朝廷方戦死者を慰霊するため、大村益次郎の献策により「東京招魂社」(とうきょうしょうこんしゃ)として創建された。」
「1946年(昭和21年)に国の管理を離れ、東京都知事認証の単立神社(単立宗教法人)となった[3]。単立神社であるため、神社本庁との包括関係には属していない。」

明治維新以来の激動する近代日本と共に,靖国神社も亦激動の歴史を刻んで参りました。
現在の日本は国民主権の象徴天皇制平和的民主主義国です。靖国神社も亦,遺族・国民を信者とする宗教法人靖国神社に変わりつつある,と私は考えています。

靖国神社に関連する政治的,社会的,宗教的問題等については,信者である遺族・国民を抜きにして議論することはできないのではないでしょうか。
国内外の何人たりとも,信者である遺族・国民に配慮することなく,単に靖国神社に対する批判・中傷等をするだけでは,靖国神社の政治的,社会的,宗教的問題等を解決することはできないのではないか,と私は考えます。
藍愛和
2009/09/24 11:57
>わたしはそれをつぎのように書いております。

ですよね。個人的には賛同するのですが、しかしこれを認めない、あるいは都合の良い解釈であると述べている人がいわゆる侵略戦争支持派であると思うわけです。つまり彼らは日本こそが世界を不幸のどん底に突き落とした、米英に対してはともかく、少なくともアジアに関しては、と述べいているわけなので、俯瞰している地点が明らかに違う。であれば、その立ち位置がいかに砂上の楼閣であるかを知らしめるには、互いに事実を突きつけあいながら、ひとつずつ戦うしかないのかなと思う所存。
とおりすがり
2009/09/25 21:58
 事実は単純明快でして、東南アジアは戦場にされて被害をこうむったわけですが、日本が戦った相手は現地人ではない。敵は、そこを植民地支配していた欧米の軍隊だった。なぜ欧米の軍隊がそこにいたのかといえば、かれらはそこを植民地支配していたからだ。欧米の植民地列強を相手に戦争をはじめた日本は、その本国に攻め込むまえに、東南アジアの植民地軍と戦わねばならなかった。
 戦争の本質は、日本のターゲットが欧米の帝国主義、殖民地支配だった歴史的事実から、単純明快に導き出せると思う。
罵愚
2009/09/26 08:09
罵愚さん。
 キミとはかつて15年戦争、否、キミが特に太平洋戦争に限定して、同戦争をアジア解放戦争だと位置づけた。このことを受け、私が、東南アジア諸国にテーマを限定して、日本が、あるいは日本軍が東南アジア諸国から何をどのように解放したのかと質問を呈した。しかし、キミの常で話に具体性がない、仕方なく私から、南洋開発金庫の話を持ち出して、この機関を素材に太平洋戦争がアジア解放戦争であったことを示してみよ、と指示したが、何ら返答がなく、確か、「メクラ」などの差別語を連発して、実のあるコメントがなくなった。今回は期待しよう。
民主主義者
2009/09/26 13:03
民主主義者さん、
 また顕微鏡でのぞいたイメージを拡大して、全体像に置きかえようとする。歴史の教科書にも載っていない、よほどの専門家でなければ知らないような瑣末の事象をとりあげて、あたかも全体像であるかのような説明はとおらない。
罵愚
2009/09/26 14:02
民主主義者さん,罵愚さん,今日は。

民主主義者2009/09/26 13:03:
>しかし、キミの常で話に具体性がない、仕方なく私から、南洋開発金庫の話を持ち出して、

罵愚2009/09/26 14:02:
>歴史の教科書にも載っていない、よほどの専門家でなければ知らないような瑣末の事象をとりあげて、

「南洋開発金庫」という言葉を私は初めて見たように思いますので,インターネットで検索しました。

〈近代日本の南方関与〉に関する戦後日本刊行文献目録 (稿)山本有造/盛田良治 編 1999年3月 京都大学人文科学研究所 山本研究室
http://www.zinbun.kyoto-u.ac.jp/db/nanpou/index.html
0.東南アジア全般 0:A.論文・論説
http://www.zinbun.kyoto-u.ac.jp/db/nanpou/honbun0a.html
ここには東南アジアにおける昭和戦争当時の日本の諸活動に関する沢山の文献が示されています。ここでは「南洋開発金庫」という単語を見つけ出すことができませんでした。

株式会社 龍溪書舎 社会科学系学術図書出版 ネット販売ウェブサイト
http://www.ryuunet.jp/ryuukei/257.html
ここに,「南方開発金庫」という名前が出ていました。
藍愛和
2009/09/27 07:13
罵愚さん。
 何かを言いたい時には、その主張を裏付ける事実を述べなければならない。南方開発金庫は、第二次世界大戦時、東南アジアの占領地における、日本による中央銀行である。同戦争をアジア解放戦争、というからには、日本の、占領地における経済政策の考察は重要である。歴史は、専門家の独占物ではない。日本史は日本人の独占物でもこれまたなかろう。金庫券については、「金庫券ノ発行ニ付テハ最高発行限度額ヲ定メザルコトトシ。。。」(大東亜省連絡委員会第一部会)とあった。こうした通貨政策を論じることが肝要であろう。一つ一つの考察が大きな歴史的判断を形成する。最近、次の主張を知り、大いに感銘を受けた。紹介しよう。「歴史はつねに多面体である。かたよった歴史認識に侵されて、片側からスポットライトあてたり、偏光グラスでのぞいたような議論が好ましいとは思わない。」
民主主義者
2009/09/27 09:56
藍愛和さん。こんにちは。
 日露戦争時までは、日本人は、まだ、靖国神社という似非神道信仰に強制されませんでした。しかし、同戦争後、さらには、日中戦争激化後の靖国信仰の強制は厳しいものがありました。
 さて、靖国神社を肯定する者は、太平洋戦争を自衛戦争と称して(これこそが東京裁判史観。)います。その他方で、太平洋戦争について「天皇は平和主義者で、この(自衛)戦争には反対であった。」と主張しています。靖国神社は天皇なしでは存在し得ないはずです。その神社に祀られている神霊(とりわけ、その柱で多数の太平洋戦争の「英霊」)とは一体何なのでしょうか。
民主主義者
2009/09/27 21:29
 一片の通貨政策をもって、人類史の全体像を形容するなど、めくらが像の足にふれた想像以上の意味があるとは思えない。逆に、もっと陰惨な欧米の植民地政策は、あなたの視野からは消えている。
 全体像の議論に顕微鏡でのぞいたイメージ画像は参考にしかならないと思う。
罵愚
2009/09/28 06:29
民主主義者さん,今日は。

民主主義者さん2009/09/27 21:29:
>日露戦争時までは、日本人は、まだ、靖国神社という似非神道信仰に強制されませんでした。しかし、同戦争後、さらには、日中戦争激化後の靖国信仰の強制は厳しいものがありました。

国家神道 Wikipedia :
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E5%AE%B6%E7%A5%9E%E9%81%93
によりますと,
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
大日本帝国憲法では文面上は信教の自由が明記されていた[1]。しかし、政府は「神道は宗教ではない[2]」(神社非宗教論)という公権法解釈に立脚し、憲法の信教の自由とは矛盾しないという「強弁」をして、これを公式見解としていた。政府による「神社崇拝」の国民への強制の度合いは時代によって異なったが、1930年代初頭から太平洋戦争にかけての時期には、国家神道は戦争遂行の精神的支柱として重視された。官国幣社を内務省神社局が所管し、新たな官国幣社の造営には公金が投入された。村社以上の社格の神社の例祭には地方官の奉幣が行われ、一種の国教的な制度であったとされる。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
と書かれています。1868年の明治維新から,1945年の無条件降伏までの間,神道は宗教ではなかったのです。靖国神社だけが特別であったわけではありません。
(次に続く)
藍愛和
2009/09/28 15:23
(前からの続き)
民主主義者さん2009/09/27 21:29:
>靖国神社は天皇なしでは存在し得ないはずです。その神社に祀られている神霊(とりわけ、その柱で多数の太平洋戦争の「英霊」)とは一体何なのでしょうか。

国家・国民のために,自分の生命も自分の家族の幸福も犠牲にし,戦死・戦病死して護国の鬼となられた人達を民主主義者さんは,どのようにお考えなのでしょうか。

ある人が,「沖縄の座間味島、慶留間島、渡嘉敷島等での集団自決は軍司令官の直接命令なしになされた行為であるから崇高だ。軍命令による自決などというのは,死者を侮辱するものだ。」と言っています。
しかし,「沖縄戦の座間味島、慶留間島、渡嘉敷島等での集団自決は日本政府・軍部の強制によってなされた行為であるから崇高だ。」と,私は考えています。
物事の見方は,それを見る人の立場や思想・信条等によって,まったく別のものになるようであります。
藍愛和
2009/09/28 15:27
 残念な話ですがサイパン、沖縄など各地の集団自決は政府・軍部の強制が原因であったと私は思わない(強制の有無はこの行為には直接関係しない)。集団自決した人が自ら自決したかったとも思わない。軍部に強制されたという人、強制はなかったという人どちらもいる。強制はなかったとの報道でヒステリックな反応をしめす沖縄人の姿をTVなどにみるにつけ皆が思っていることは真実とは違うのではないかという確信めいた感情を私はおぼえる。その場の現実は軍部の強制の有無にかかわらず、敵への恐怖・不安(鬼畜米英など敵への妄想。囚われて足手まといになったり、辱めを受ける恐れなど)などから『逃れられない共通の空気』=『自決』が醸成され各人共通の暗黙認識となっていたのではないか。その選択から逸脱することはその場の何人なりとも許されない空気ができたのだと想像できる。(この空気という(客観的考慮を否定する)日本人がもつ病気である判断作用はこの戦争で特に猛威をふるったと思う)
 日本人全体が集団自決の真実に盲目になっている。軍部による強制があろうとなかろうと集団自決は起こっただろう。集団自決しかない空気の中では。
本土決戦となればもっと多くの悲劇が生まれただろう。
ウブドちゃん
2009/09/29 05:20
ウブドちゃんさん,今日は。

>その場の現実は軍部の強制の有無にかかわらず、敵への恐怖・不安(鬼畜米英など敵への妄想。囚われて足手まといになったり、辱めを受ける恐れなど)などから『逃れられない共通の空気』=『自決』が醸成され各人共通の暗黙認識となっていたのではないか。その選択から逸脱することはその場の何人なりとも許されない空気ができたのだと想像できる。(この空気という(客観的考慮を否定する)日本人がもつ病気である判断作用はこの戦争で特に猛威をふるったと思う)

ウブドちゃんさんのこの認識はその場の現実の雰囲気を正確に写したもののように,私には感じられます。但し,平和な時代の現在のウブドちゃんさんの認識として付け加えられた冒頭の断り書き「その場の現実は軍部の強制の有無にかかわらず」というのは,私の認識とは異なります。
(次に続く)

藍愛和
2009/09/29 14:55
(前からの続き)
>日本人全体が集団自決の真実に盲目になっている。軍部による強制があろうとなかろうと集団自決は起こっただろう。集団自決しかない空気の中では。

ウブドちゃんさんの「その場の現実」から導き出されたこの結論は私の結論とは異なります。

昭和戦争に於いて,日本の政府・軍部は国家総動員法,戦陣訓,本土決戦計画等で,「一億一心」,「一億玉砕」,「生きて虜囚の辱めを受けず」,「欲しがりません,勝つまでは」等の国民精神をあらゆる組織,機会を通じて国民に強制し,その結果,ウブドちゃんさんの示されたような「病気」が猛威をふるったのです。
しかも戦場では軍司令官が地域住民の生殺与奪の権を握っていました。そして,座間味島、渡嘉敷島の司令官は連合軍の捕虜となった住民が投降勧誘に来たとき,捕虜となったことを責めて自決を強要しました。

沖縄戦の戦場を覆う極限状態の中で起こった集団自決は,これら日本政府・軍部の政策・作戦・法律・命令という強制と現地軍司令官の直接の強制という二重構造の強制があった昭和戦争の現実の中で起こった悲劇です。
藍愛和
2009/09/29 14:58
藍愛知様 こんにちは。
日本政府・軍部と現地司令官の二重構造の強制があったということ大筋で理解いたします。この二重構造も『自決の空気』を醸成した一因と考えています。座間味島・渡嘉敷島自決の件は現地司令官からの自決命令があったとするのは疑問(係争中なので真偽のほどは不明)もしくは現段階では命令した証拠も命令しなかったという証拠もないという状態。軍現地司令官の存在しなかったチビチリガマでは。「自決」を決めた人々と活路を見い出そうとする人たちが争いとなったが結局大きな犠牲(自決)をだした。樺太の真岡郵便電信局事件では9人の女性が自決したが軍命令はなかった。
座間味島(村)に関する不思議な文章を見つけたので掲載します。(以下)
『「集団自決」を「皇民化教育の犠牲者」などと死者をなじることは許されないと考える。軍の関与なき自決を宮平秀幸氏は、「今の言葉で言えば、尊厳死」と表現した。人々をそこまで追い込んだ要素の中核を占めたのは、米軍への恐怖だった。』(http://www.worldtimes.co.jp/special2/oki_syougen/080303.html)
ウブドちゃん
2009/10/02 00:44
ウブドちゃんさん,今日は。

ウブドちゃんさん2009/10/02 00:44:
>軍現地司令官の存在しなかったチビチリガマでは。「自決」を決めた人々と活路を見い出そうとする人たちが争いとなったが結局大きな犠牲(自決)をだした。樺太の真岡郵便電信局事件では9人の女性が自決したが軍命令はなかった。

樺太の真岡郵便電信局事件で自決した女性は政府・軍部の指示命令に従ったと思います。その崇高な行為に対して,慰霊と顕彰の念を捧げます。

チビチリガマについては,
http://himawari823.no-blog.jp/unchiku/2009/05/post_f765.html
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/tibitirigama.htm
を参照しました。状況をみると,老人,子供が軍の保護もなく見捨てられて集団自決しています。玉砕する日本軍の足手まといにならないよう自決された老人・子供達の崇高な行為に対して,慰霊と顕彰の念を捧げます。
軍指揮官には白旗を掲げて降伏している方もいます。(今から見れば,一般国民にも降伏すれば殺されないことを教えるべきだったのです。しかし,当時それは軍規違反であったのでしょう。)
藍愛和
2009/10/02 14:17
ウブドちゃんさん,今日は。

ウブドちゃんさん2009/10/02 00:44:
>座間味島(村)に関する不思議な文章を見つけたので掲載します。(以下)
>『「集団自決」を「皇民化教育の犠牲者」などと死者をなじることは許されないと考える。軍の関与なき自決を宮平秀幸氏は、「今の言葉で言えば、尊厳死」と表現した。人々をそこまで追い込んだ要素の中核を占めたのは、米軍への恐怖だった。』

軍の関与なき自決については,宮平秀幸氏とは結論が異なります。
米軍への恐怖だけで自決したのなら,それは卑怯者の単なる自殺にしか過ぎません。
自決せよ,と日本政府・軍部に指示・命令されていたから自決したのであり,自決して本土決戦・一億玉砕の決意を示し,その後の戦争勝利のために護国の鬼となられた,と私は考えています。
自決された座間味島の方々に対して,慰霊と顕彰の念を捧げます。
藍愛和
2009/10/02 14:21
ウブドちゃんさん,今日は。

ウブドちゃんさん2009/10/02 00:44:
>(http://www.worldtimes.co.jp/special2/oki_syougen/080303.html)

この HP: 
座間味島「集団自決」で新証言 梅澤隊長「自決するな!」 住民救った“命令”(平成20年3月3日)
を拝読しました。
この HP の中には,次のような文章があります。
[ 昭和十九年七月、サイパン島が陥落した際、約一万二千人の邦人が犠牲となった。彼らは米軍への投降を拒み、崖(がけ)から身を投げ出したり自決したりした。「虐待しない」という米軍の宣伝を信じて投降した婦女子が全員素っ裸にされてトラックで連行された。老人子供は火の海に投げ込まれた、発見された赤ん坊は両足から真二つに引き裂かれて火の中へ投げ込まれた、という目撃証言もある。]

この HPでは,この証言を但し書きもなく引用しています。これでは,この証言によって,「米軍の鬼畜にも劣るこの残虐行為」を,この HP が事実であると主張していることになるのではないか,と私は恐れます。
誰が読んでも,これが沖縄戦で敗勢濃厚のときには住民に自決を強制したい日本政府・軍部の捏造したデマであることは明白です。

また,この HP には,つぎのような文章があります。
[これまでの「日本軍命令・強制」説を根本的に覆すもので、教科書の記述や名誉毀損(きそん)裁判にも影響を及ぼすものとみられる。]

実際は,平成20年10月31日に軍指揮官の名誉毀損裁判は大阪高裁で棄却され,現在最高裁に控訴中です。
藍愛和
2009/10/02 14:28
藍愛知様、こんにちは。
 はじめに私が掲載した座間味島(村)に関する不思議な文章『「集団自決」を・・・「今の言葉で言えば、尊厳死」・・・米軍への恐怖だった。』(http://www.worldtimes.co.jp/special2/oki_syougen/080303.html)についてはかなり説明不足でしたのでお詫びいたします。この参考したHPは明らかに極端に自決への軍関与を否定する文章が並んでいます。私が気になったのは集団自決を尊厳死などと表現するものに出会ったのがはじめてでしたのでPICK UPしました。私が集団自決を尊厳死などと思っているわけではありません。

 チビチリガマについては読谷村の住民が近隣の者(多くはいくつかの親類)がガマで寝起きするようになったガマうちの一つ。軍による組織的な自決命令はここにはありませんでした。大勢の米軍に囲まれていることを知り住民がパニックをおこしあるものは死に(死者の多くは大人に殺された子供)ある者は生きるためにガマを脱出した。チビチリガマでの自決の経緯は、率先して死のうと言った者も、その結果死にたくないのに死んだ者も、またその恨みを持つ者それぞれが同じ集落内の隣人や近親者であり、この「集団自決」の忌まわしい記憶を呼び覚ます事に強い抵抗があったから1983年頃まで明かされなかった。

 先回のコメントにも書いたように真岡郵便電信局事件では軍命令による自決の強制などはありませんでした。命をかけて彼女達は職務を遂行したのです。
ウブドちゃん
2009/10/03 06:13
 沖縄の集団自決が軍の強制か否かには現在のところどちらの意見も証拠が不十分であり裁判の結果によってもどちらが正しいなどという歴史の見解にはならない(裁判所は歴史の解釈をするところではないですから)。けれども、以下のことは事実である。
→→→座間味島・渡嘉敷島自決が軍の命令であったという第一の資料である『沖縄戦記・鉄の暴風』(沖縄タイムズ社)は取材源となった証言者二人の聴取は、現地でなく那覇で行われ、「二人とも、渡嘉敷の話は人から詳しく聞いてはいたが、直接の経験者ではなかった。しかし当時の状況では、その程度でも、事件に近い人を探し出すのがやっとだった。太田氏は僅か三人のスタッフと共に全沖縄戦の状態を三カ月で執筆したのである。」「いずれにせよ、恐らく、渡嘉敷島に関する最初の資料と思われるものは、このように新聞社によって、やっと捕えられた直接体験者でない二人から、むしろ伝聞証拠という形で、固定されたのであった。」。更に大江健三郎著『沖縄ノート』は「現地調査はしなかったが参考資料を読み、また『鉄の暴風』の著者や沖縄の知識人から話を聞き、「集団自決」は日本軍の命令によるものという結論に至った」(大江said)つまり、大江は直接取材もせず資料の検証もせずに「集団自決」を軍の命令によるものとしたのである。(『ある神話の背景』曽野綾子著から一部引用)
ウブドちゃん
2009/10/03 06:19
ウブドちゃんさん,今日は。

ウブドちゃんさん,2009/10/03 06:13 :
> 先回のコメントにも書いたように真岡郵便電信局事件では軍命令による自決の強制などはありませんでした。命をかけて彼女達は職務を遂行したのです

命をかけて彼女達が職務を遂行した後自決されたのは,一億玉砕の決意を示し,本土決戦での勝利のための人柱になろうと決意したためであろう,と私は考えます。それは日本政府・軍部の指示・命令に忠実に従った崇高な行為である,と私は考えます。

ウブドちゃんさん,2009/10/03 06:19:
>沖縄の集団自決が軍の強制か否かには現在のところどちらの意見も証拠が不十分であり裁判の結果によってもどちらが正しいなどという歴史の見解にはならない(裁判所は歴史の解釈をするところではないですから)。けれども、以下のことは事実である。

>更に大江健三郎著『沖縄ノート』は「現地調査はしなかったが参考資料を読み、また『鉄の暴風』の著者や沖縄の知識人から話を聞き、「集団自決」は日本軍の命令によるものという結論に至った」(大江said)つまり、大江は直接取材もせず資料の検証もせずに「集団自決」を軍の命令によるものとしたのである。(『ある神話の背景』曽野綾子著から一部引用)

ウブドちゃんさんは,裁判所や大江健三郎氏のいうことは真実かどうかは分からないけれど,曾野綾子氏のいうことは真実であるとおっしゃりたいのでしょうか。

沖縄の方々が自決されたのも,樺太の女性達の自決されたのと同様,日本政府・軍部の指示・命令に忠実に従った崇高な行為である,と私は考えます。
藍愛和
2009/10/04 13:35
藍愛知様、こんにちは。

裁判所について:(2008年3月28日)大阪地裁は次のように前置きした−「裁判所は事実の存否の解明それ自体が目的ではなく、損害賠償請求等の要件(真実と信じる
に相当の理由があったかどうか等)へのあてはめを立証責任を踏まえて判断」
→→→よって私は、『裁判の結果によってもどちらが正しいなどという歴史の見解にはならない』と大阪地裁の前置きに従って述べているのつもりである。

大江健三郎著『沖縄ノート』について:以下は大阪地裁での大江健三郎氏証言
被告側代理人「渡嘉敷や座間味の集団自決は軍の命令と考えて書いたのか」
大江氏「そう考えていた。『鉄の暴風』など参考資料を読んだり、執筆者に会って話を聞いた中で、軍隊の命令という結論に至った」
→→→以上のように大江氏は裁判で証言した。勿論、この本はノンフィクション作品ではない。直接取材せず資料のみで想像力を膨らまして記述するスタイルがこの作家のスタイルなのだろう。それは、否定されるべきものではない。渡嘉敷島集団自決に関する頁は数ページと少ない。この本が集団自決に焦点をあてて書かれたものではないからだ。けれども、大江氏は提訴された。この本では匿名であるが渡嘉敷島の赤松大尉への批判が峻烈であったからだ(「この異様な経験をした人間の個人的な資質についてなにごとかを推測しようとは思わない。」と本書内で述べているにもかかわらずだ。)。
ウブドちゃん
2009/10/05 05:02
つづき
曽野綾子著『ある神話の背景』:命令を明確に認める証拠がないとしている点で赤松命令説を否定する見解の有力な根拠となり得る。しかし、「証拠は出てきていな
い、と言うだけのことです。明日にも島の洞窟から命令を書いた紙が出てくるかもしれない」と曽野が語っているように説を覆すものとも、軍の関与を否定するものともいえない。取材対象に偏りがあったのではとの疑問もある。
→→→曽野氏は赤松隊長以下元隊員たちの証言をつき合わせて、自決命令はなかったこと、集団自決の実態がかなり誇大化されている点などを立証した。従来の盲目的な見解に対し、現地取材による新たな見解を示したことは意義あることと思う。

→→→昭和45年赤松大尉は『二十五周年忌慰霊祭』に出席しようと那覇空港に降り立ったが那覇空港で左翼団体の抗議に遭い慰霊祭には参加できなかった。彼以外の隊員は渡嘉敷島での慰霊祭に参加した。一行が帰途に就くとき、嘉敷港では見送りに来た村民達が赤松隊隊員と別れを惜しんで手を取り合い、再会を誓い合っていた。集団自決を促した元軍人達と島民の間にこのような光景は生まれるだろうか?また、大江氏は赤松氏が左翼団体の抗議にあったことを次のように表現している。「おりがきたとみなして那覇空港に降りたった、旧守備隊長は、沖縄の青年たちに難詰されたし、・・・」(『沖縄ノート』より)沖縄の青年とは左翼団体のことではないか。

以上のように私は考えている。
※→→→は私の意見or支持する考え
ウブドちゃん
2009/10/05 05:05
ウブドちゃんさん,今日は。

ウブドちゃんさん 2009/10/05 05:02:
>→→→よって私は、『裁判の結果によってもどちらが正しいなどという歴史の見解にはならない』と大阪地裁の前置きに従って述べているのつもりである。

歴史の見解は時代と共に変化します。一つの裁判で変わることもあるでしょう。例えば,この軍指揮官の名誉毀損裁判が係争中であるという理由で,日本史の教科書が最近書き直された,と私は考えています。

>けれども、大江氏は提訴された。この本では匿名であるが渡嘉敷島の赤松大尉への批判が峻烈であったからだ(「この異様な経験をした人間の個人的な資質についてなにごとかを推測しようとは思わない。」と本書内で述べているにもかかわらずだ。)。

難解晦渋な大江健三郎氏の「沖縄ノート」を苦労して私も読みました。そして,
「この異様な経験をした人間の個人的な資質についてなにごとかを推測しようとは思わない。」
という大江氏の文章に違和感を持ったという記憶がありません。今この文章を読んで感じるのは,沖縄戦の極限状態下で指揮官が混乱動揺して何かをしたとしても責められないだろう,ということであります。誰が責められるべきかは,現在の日本でも未だ充分反省されていない,と私は感じています。
(2段目に続く)
藍愛和
2009/10/06 16:53
(1段目からの続き)
曾野綾子氏は「沖縄戦・渡嘉敷[集団自決]の真実(日本軍の住民自決命令はなかった!)(「ある神話の背景」の改訂新版で, 2007年10月19日第5刷)pp.295-296」において,大江健三郎氏の「沖縄ノート」から,
「慶良間の集団自決の責任者も,そのような自己欺瞞と他者への瞞着の試みを,たえずくりかえしてきたことであろう。人間としてそれをつぐなうには,あまりに巨きい罪の巨魂のまえで・・・(後略)」
という文章を引用しています。
そして更に,そのあと直ぐに,次のようなご自身のご意見を付け加えています。即ち,
「このような断定は私にはできぬ強いものである。「巨きい罪の巨魂」という最大級の告発の形を使うことは,私には,二つの理由から不可能である。
第一に,一市民として,私はそれほどの確実さで事実の認定をすることができない。なぜなら私はそこにいあわせなかったからである。
第二に,人間として,私は,他人の心理,ことに「罪」をそれほどの明確さで証明することができない。なぜなら,私は神ではないからである。
私は,赤松隊長が正しかったというわけでもなく,三○○余人の人々が死んだ事実を軽視するものではない。しかし,三○○人はタダでは死なない。かりに一人の隊長が自決を命じても,その背後にある心理がなければ,人々は殺されるまで死なないことを,私は肌で感じて知っているように思う。それが人間の本性である。」

曾野綾子氏が「ある神話の背景」を執筆した動機は実は大江健三郎氏のこの「巨きい罪の巨魂」という語句を見たからではないか,と私は感じています。この「巨きい罪の巨魂」については,キーワード「罪の巨魁」又は「罪の巨塊」でインターネット検索して頂ければ,何が問題なのか,直ちにお分かり頂けるものと思います。
(3段目に続く)
藍愛和
2009/10/06 17:02
(2段目からの続き)
曾野綾子氏の上記ご意見は曾野綾子氏が大江健三郎氏の実際に使われた語句「巨きい罪の巨塊」を「巨きい罪の巨魁」(或いは「巨きい罪の巨魂」)というように誤読した為に起こった誤解を基にして書かれています。
そして,ウブドちゃんさんの,
「匿名であるが渡嘉敷島の赤松大尉への批判が峻烈であったからだ」
というご判断は曾野綾子氏のこの誤解に基づいて書かれた曾野綾子氏の上記引用文章に由来するのではないだろうか,と私は考えているのですが・・・。

「巨きい」と「巨」という似たような形容語が二回続く「巨きい罪の巨塊」のこの表現に違和感を懐き,又,「巨きい罪の巨塊」の意味を正確に決め切れなかったことを私は今でも記憶しています。「巨きい」が「罪」にかかるのか,「巨塊」にかかるのか,判断できなかったし,「巨きい罪」とか「巨きい巨塊」とか「罪の巨塊」とかは何かが不明であったからです。

大江健三郎氏,曾野綾子氏は相争うようでありながら,図らずも,大江健三郎氏の
「この異様な経験をした人間の個人的な資質についてなにごとかを推測しようとは思わない。」
と,曾野綾子氏の
「かりに一人の隊長が自決を命じても,その背後にある心理がなければ,人々は殺されるまで死なないことを,私は肌で感じて知っているように思う。それが人間の本性である。」
という,それぞれの文章を,共に,
「集団自決の背後には極限状態下の隊長・部下・住民等の個々人の意思では如何ともし難い大きな力,即ち,一億玉砕,一死報国,米鬼英畜等という日本政府・軍部の指揮・命令・デマ等による強制があった。」
という同一の認識を持ちながら,お二人は,それぞれ,別々に,書かれたのではないか,というように私は考えます。
藍愛和
2009/10/06 17:12
こんにちは、藍愛知様。
返事が遅くなりました。
>大江健三郎氏,曾野綾子氏は相争うようでありながら・・・(省略)同一の認識を持ちながら,お二人は,それぞれ,別々に,書かれたのではないか,というように私は考えます。
→→→曽野綾子氏がいう「・・・その背後にある心理・・・」は藍愛知さんがいわれる通りだと思いますが、大江氏のいう「この異様な経験をした人間の個人的な資質についてなにごとかを推測しようとは思わない。」は藍愛知さんがいわれる政府・軍−現地司令官の2重の強制のことではない。それは「一般的な壮年の日本人の奥底に横たわっているもの」=(イコール)「醜い日本人」であるところのもの=(イコール)「あまりにも巨きい罪の巨塊」を「稀薄化する記憶、歪められた記憶」によって相対化し更には逆転し美化までに至らしめる(精神)行動をいっており、それによって日本軍人は自決するのではなく、(住民を自決させておいて)自らは平気で投降したりする。『沖縄ノート』で大江氏は日本人の持つ沖縄人に対する原罪とでもいうべきあがなうことができないような罪を忘れて・更に美化するような日本人の態度を批判し(作者の大江氏は)この罪をあがなうために多様な発想から解決策を見出したいともがいているのである。曽野氏と大江氏は同一の認識ではない。
ウブドちゃん
2009/10/09 04:11
ウブドちゃんさん,今日は。

ウブドちゃん2009/10/09 04:11:
>「この異様な経験をした人間の個人的な資質についてなにごとかを推測しようとは思わない。」は藍愛知さんがいわれる政府・軍−現地司令官の2重の強制のことではない。それは「一般的な壮年の日本人の奥底に横たわっているもの」=(イコール)「醜い日本人」であるところのもの=(イコール)「あまりにも巨きい罪の巨塊」を「稀薄化する記憶、歪められた記憶」によって相対化し更には逆転し美化までに至らしめる(精神)行動をいっており、それによって日本軍人は自決するのではなく、(住民を自決させておいて)自らは平気で投降したりする。『沖縄ノート』で大江氏は日本人の持つ沖縄人に対する原罪とでもいうべきあがなうことができないような罪を忘れて・更に美化するような日本人の態度を批判し(作者の大江氏は)この罪をあがなうために多様な発想から解決策を見出したいともがいているのである。

ウブドちゃんさんの理解と,私の理解とは,『沖縄ノート』以下の部分のように,同じ所もあります。しかし,異なる所もあります。

「この異様な経験」とは,「日本政府・軍部の指揮・命令のもと,ベニヤ板の特攻舟艇で,鋼鉄製軍艦に自爆攻撃をする特攻隊員として訓練され,小さな渡嘉敷島の守備隊長として,海も空も覆い尽くすような大戦闘艦隊と,一億玉砕・一死報国の覚悟を持って相対峙し,過酷な状況での決断や,様々な惨劇等を目撃しなければならなかったという経験」のことである,と私は考えます。そのような立場の人間を責めることは誰もできないでしょう。
だから,大江健三郎氏も「個人的な資質についてなにごとかを推測しようとは思わない。」と書いたのだろう,と私は推定します。
藍愛和
2009/10/10 17:41
 沖縄の集団自決が、靖国問題と、どうつながるのかなぁ?
罵愚
2009/10/11 08:05
罵愚さん,今日は。

>沖縄の集団自決が、靖国問題と、どうつながるのかなぁ?

素人考えですが,簡単に言えば,次のようにまとめられるのではないか,と私は思います。即ち,
沖縄の集団自決問題は日本政府・軍部の指揮・命令によって行われた戦争が原因で起こった集団自決死の問題です。
靖国問題は日本政府・軍部の指揮・命令によって行われた戦争が原因で起こった戦死・戦病死・法務死の問題です。
藍愛和
2009/10/11 23:08
 それはなにも沖縄と靖国にはかぎらない。広島・長崎だろうと、カチンの森だろうと、ドレスデンの空爆だろうと、ナチス犯罪だろうと、天安門事件だろうと、政府や軍が主導した。すべての戦争や紛争の共通体質で、ことさら沖縄と靖国だけにとりつくものではない。
 沖縄だけをとりあげて靖国にリンクする理由にはならない。あなたが無理やりふたつを結びつける姿勢は、鉄の暴風をでっち上げた沖縄タイムスや、それを上書きしただけの大江健三郎とおなじ、戦後の日本人に顕著な自虐ではないのだろうか?
罵愚
2009/10/12 08:51
>日本政府・軍部の指揮・命令によって行われた戦争が原因で起こった戦死・戦病死・法務死の問題
 これって発展させると世界は軍隊や軍事を持つなといっていますか?
とおりすがり
2009/10/12 11:48
罵愚さん,とおりすがりさん,今日は。

罵愚さん2009/10/12 08:51:
>戦後の日本人に顕著な自虐ではないのだろうか?

とおりすがりさん2009/10/12 11:48:
>これって発展させると世界は軍隊や軍事を持つなといっていますか?

それは誤解です。このコメント欄の私の書き込みをお読みいただければ,お分かり頂けると思いますが・・・。

例えば,
藍愛和 2009/08/25 21:31:
>靖国の英霊は,明治維新以来の日本国が遂行した戦争において,政府・軍部の命令に従って,「みづく かばね くさむす かばね」となった方々です。その方々の滅私奉公・忠君愛国の戦死・戦病死を称え,慰めるために,我々国民は靖国の英霊を顕彰し,慰霊している,と私は考えています。
藍愛和 2009/10/02 14:21:
>米軍への恐怖だけで自決したのなら,それは卑怯者の単なる自殺にしか過ぎません。
自決せよ,と日本政府・軍部に指示・命令されていたから自決したのであり,自決して本土決戦・一億玉砕の決意を示し,その後の戦争勝利のために護国の鬼となられた,と私は考えています。
>自決された座間味島の方々に対して,慰霊と顕彰の念を捧げます。

それらお国のために命を捧げた人達に対する気持ちは昭和戦争を少しでも経験した者には自明の話ではないでしょうか。
昭和戦争が正しかったとは,私は考えません。しかし,お国のために命を捧げることが崇高なことであるという考えは,何も間違った考えではないし,戦後民主主義とも矛盾しない,と私は信じます。
藍愛和
2009/10/12 16:54
罵愚様、こんにちは。
>沖縄の集団自決が、靖国問題と、どうつながるのかなぁ?(罵愚様said)

話を脱線させた責任があるので靖国問題との繫がりについて(以下)
@(少し強引なところから言うと)靖国沖縄訴訟(平成18年10月12日二審も原告敗訴)では原告の訴状の中で住民の強制された集団死(渡嘉敷島の例)を取り上げそれを強制した旧日本軍が英霊として祀られている靖国神社への首相の参拝により信教の自由を侵害され、重大な精神的苦痛を被ったとしている。
A旧日本軍を貶める3点セットとして南京虐殺説、従軍「慰安婦」強制連行説、沖縄集団自決軍命令説があり、放置すると国民の自虐史観を支えるものとなり、英霊(靖国神社)と国民の関係を遠ざけ、公人としての首相の靖国参拝を支持しない人々が増える。
などと考えてみました。

 沖縄の米軍基地問題については日本人に突きつけられた重い課題であると考えますので沖縄の歴史をふまえて考えてみようと思います。
ウブドちゃん
2009/10/13 00:24
ウブドちゃんさん,罵愚さん,今日は。横から失礼します。

ウブドちゃんさん2009/10/13 00:24:
>住民の強制された集団死(渡嘉敷島の例)

靖国沖縄訴訟(平成18年10月12日二審も原告敗訴)に関連して,沖縄戦での集団自決について,言及されていますが,私は次の点を指摘したいと思います。即ち,
[靖国沖縄訴訟 2審も原告敗訴]
http://www2.neweb.ne.jp/wd/sekisei/sub107.htm
によりますと,
[小林正明裁判長は「(原告らの)権利や法的利益が侵害されたとは認められない」として、1審で敗訴した原告側の控訴を棄却した。憲法判断や参拝が私的か公的かについては「判断をする必要性はない」とした。]
とあります。この裁判は沖縄戦での集団自決について,日本政府・軍部や軍指揮官の強制があったか,なかったか,について判断したものではない,と私は考えます。

>旧日本軍を貶める3点セットとして南京虐殺説、従軍「慰安婦」強制連行説、沖縄集団自決軍命令説があり、

この文章についても,私は次の点を指摘したいと思います。
即ち,南京虐殺,従軍慰安婦,沖縄集団自決に,日本政府・軍部は深く関与したのであって,現在の日本政府はこれらの問題について日本の責任を認め,反省することを連合国と日本国民に約束しています。今,それを否定しようとしているのではないかとの疑念を連合国や日本国民に懐かせるような見解を日本から世界に発信することは,連合国側に「日本人は二枚舌を使う。」という絶好の宣伝材料を与えるだけであり,著しく国益を損なうものである,と私は考えます。


藍愛和
2009/10/13 05:58
藍愛知様、こんにちは。

靖国沖縄訴訟をとりあげたのは沖縄の集団自決が靖国問題と関係ある(原告がこの訴訟に集団自決をもちこんだのはかなり強引なのですが)サンプルだったからです。特に、軍部の強制云々の為に取り上げたのではないのですが・・・。『この裁判は沖縄戦での集団自決について,日本政府・軍部や軍指揮官の強制があったか,なかったか,について判断したものではない』(藍愛知様said)は以前、私が述べた『裁判の結果によってもどちらが正しいなどという歴史の見解にはならない』と同じことだと思うのですが。

 新しい(正しい)証拠を基にこれまでいわれていた歴史認識が変わるからといって、いちいち連合国に承諾してもらわねばならないのでしょうか?それでは、占領時代の検閲と同じじゃないですか?占領時代の検閲によって築かれた歴史観は事実以上に占領国側に都合良く歪曲された歴史であり、現在はその様な悪夢の歴史観から離れて真実の歴史を取り戻す作業の途中であると考えています。反省が先なのではなく、まず、正しい事実を認識することによって何が問題なのか・問題だったのか明確に課題を理解し解決策を見出すのであって、“はじめに謝罪(反省)ありき”はそれこそが現在では国益を損なうことだと考えます。
ウブドちゃん
2009/10/14 03:16
ウブドちゃんさん,今日は。

ウブドちゃんさん2009/10/14 03:16:
>『この裁判は沖縄戦での集団自決について,日本政府・軍部や軍指揮官の強制があったか,なかったか,について判断したものではない』(藍愛知様said)は以前、私が述べた『裁判の結果によってもどちらが正しいなどという歴史の見解にはならない』と同じことだと思うのですが。

ウブドちゃんさんが述べた文章には「歴史の見解」という言葉があるのに,私の言った文章にはその言葉がありません。それにも関わらず,何故,二つの文章が同じことだと言えるのか,よくわからないのですが。

>新しい(正しい)証拠を基にこれまでいわれていた歴史認識が変わるからといって、いちいち連合国に承諾してもらわねばならないのでしょうか?

承諾してもらわねばならないことはありません。
新しい(正しい)証拠を見つけ,それを世界に向かって発表することは大切と思います。

しかし,充分な検証もせず,連合国も大多数の国民も認めないような「新しい(正しい)証拠」を基に,連合国側に疑念を懐かせるような見解を日本から世界に発信することは,連合国側に「日本人は二枚舌を使う。」という絶好の宣伝材料を与えるだけであり,著しく国益を損なうものである,と私は考えます。

一方,昭和戦争の戦争責任を認めながら,日本が今すぐ胸を張って主張できることも多々あると思います。その一つは,素人の独断と偏見によるものではありますが,次のようなものです。即ち,
「日本は昭和戦争の責任をとり,平和的民主主義国として再出発した。21世紀を核兵器と戦争と人権差別とのない世紀にするために,日本は世界の先頭に立とう。」
藍愛和
2009/10/14 16:43
>充分な検証もせず
 検証すればいいじゃないですか。
 印象によってではなく、確固たる証明をもつ事実を積み重ねることによって。
 そのための各種の議論や裁判なんじゃないですか?

>昭和戦争
 独断と偏見以前に「昭和戦争」って何?
とおりすがり
2009/10/14 21:26
藍愛知様、こんにちは。
一般的に人間は同じ情報を与えると多くの人が同じような行動をとるそうです。ですから、歪曲された歴史からは歪曲した歴史観が真実の歴史からは正しい歴史観が生ずると思われます。なので、私は真実の歴史を取り戻す作業が必要で現在はその途上で昭和の歴史は真偽の混交した(むしろ偽物の多い)状態で現状では歪曲した歴史観を育んでしまうと考えます。正しい事実を認識できないので本当の問題がどこにあるか理解できない。よって、解決策を見出すことはできない。なのに何故はじめに責任をとるとなるのか?(順序が違うといっているのです)

『沖縄ノート』を読まれた藍愛知様なら理解されると思いますが、『日本は昭和戦争の責任をとり,平和的民主主義国として再出発した。』といわれるなら日本(本土)は沖縄に対してどのように責任をとったのですか?日本の主権回復のときに沖縄を見捨てたのは責任をとったことですか?米軍基地を沖縄に置くことは責任をとることですか?沖縄に核兵器が存在することは責任を取ることですか?「沖縄県民斯ク戦ヘリ県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」と電報した大田司令官の願いは実現してますか?核兵器と人権差別のある日本がどのように世界の先頭に立てるのですか?沖縄の問題も解決できないのに言葉も通じない世界でどうして先頭にたてるのですか?

ウブドちゃん
2009/10/15 02:57
とおりすがりさん,今日は。

とおりすがりさん2009/10/14 21:26 :
>検証すればいいじゃないですか。
>印象によってではなく、確固たる証明をもつ事実を積み重ねることによって。
>そのための各種の議論や裁判なんじゃないですか?

「新しい(正しい)証拠」を見つけた,と公表する人は,その証拠の信憑性について,十分確信が持てるまで,先ず,自分で検証することが肝要ではないか,と私は考えます。
各種の議論や裁判は自分自身による十分な検証が済んだ後ですることと思います。
「新しい(正しい)証拠」に誤りがあったことが,公表の後で発覚した場合は公表した人の信用に致命的な傷がつくでありましょうから。

>独断と偏見以前に「昭和戦争」って何?

昭和の時代に,日本が行った対外戦争全体を指して,「昭和戦争」と,私が素人の独断と偏見で勝手に名前をつけました。
「昭和戦争」と聞いて,それが何を指すかで,間違いをする人は,昭和時代を生きた人の中には,余り居ないのではないでしょうか。
藍愛和
2009/10/15 11:30
ウブドちゃんさん,今日は。

ウブドちゃんさん2009/10/15 02:57 :
>歪曲された歴史からは歪曲した歴史観が真実の歴史からは正しい歴史観が生ずると思われます。

歪曲した歴史観から歪曲された歴史が正しい歴史観から真実の歴史が生ずる,と私は考えます。

Category:歴史観,Wikipedia:
http://ja.wikipedia.org/wiki/Category:%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E8%A6%B3
によりますと,日本関係の歴史観については,つぎのような項目が列挙されています。
皇国史観,自慰史観,自虐史観,自由主義史観,進歩史観,戦勝国史観,ホイッグ史観,唯物史観
以上のように,歴史観は多様であり,それは良いことです。

ところで,日本は歴史教科書を日本流の検定制度で全国一律の内容に揃えて,発行しています。その結果として,歴史教科書は各歴史観による各歴史の共通項を集めたものになっているのではないでしょうか。

>核兵器と人権差別のある日本がどのように世界の先頭に立てるのですか?沖縄の問題も解決できないのに言葉も通じない世界でどうして先頭にたてるのですか?

難しいことは分かりません。素人考えを申し上げます。
核兵器問題,人権差別問題,沖縄問題があることは,私も認めます。その上て,核廃絶,差別根絶,沖縄問題解決の意思表明が日本中にわき起こり,各種国際会議等で日本が積極的に発言し,各種行動計画等で世界の先頭に立てば,それらの問題解決に多大の好影響を与える,と私は考えます。
この狭い地球のグローバル化した21世紀では,そのような意思・発言・行動が多くの成果をもたらす,と私は考えます。
藍愛和
2009/10/15 14:34
a:
> 十分確信が持てるまで,先ず,自分で検証することが肝要
b:
> 何を指すかで,間違いをする人は昭和時代を生きた人の中には,余り居ないのではないでしょうか。

 完全超人理論ですか…傲慢ですね。それとも前段と後段の矛盾に本気で気づかれていないのか…
 私などは、相手がどう受け取るかわからないので、できるだけ平易で一般に知られる語を使って説明しようと努力しているつもりですが。
 自ら語を作成し、その語はほぼ万人が正確に意図を掴むことが出来、かつ、それが正しいと検証済みとのことで、私としてはただただ恐れ入るのみでございます。
とおりすがり
2009/10/15 22:55
とおりすがりさん2009/10/15 22:55:
>a:
>> 十分確信が持てるまで,先ず,自分で検証することが肝要
>b:
>> 何を指すかで,間違いをする人は昭和時代を生きた人の中には,余り居ないのではないでしょうか。
c:
> 完全超人理論ですか…傲慢ですね。それとも前段と後段の矛盾に本気で気づかれていないのか…

「>a:」は[「新しい(正しい)証拠」を見つけた,と公表する人は,その証拠の信憑性について,それが]という文章に続いて,私が書いた文章の一部です。
「>b:」は[「昭和戦争」と聞いて,それが]という文章に続いて,私が書いたものです。
「c:」 は,とおりすがりさんが書かれた文章をそのまま引用させて貰いました。

a の元の私の文章については,とおりすがりさんも別に異議はないのではないか,と私は考えますが・・・。
(次に続く)
藍愛和
2009/10/16 15:35
とおりすがりさん,今日は。前のコメントでは挨拶を忘れ,失礼しました。

(前からの続き)
とおりすがりさんは,「昭和戦争」という言葉を,どのようにお考えでしょうか。
「昭和戦争」について,私の独断と偏見で作ったものでありますが,丁度良い機会ですので,私の考えていることを申し上げたいと思います。

昭和時代に生まれ,育った者達は,日本政府・軍部の指揮・命令の下,神風を信じ,最後の勝利を信じ,世界の二大強国英米に宣戦布告し,一億一心火の玉となって,最後は世界中の国々を相手に戦いました。

廬溝橋事件,南京攻略,国家総動員,真珠湾攻撃,シンガポール占領,もんぺ,竹槍,サイパン玉砕,供出米,校庭の芋作り,防空壕,B29,飛行機雲,宮城遙拝,無言の凱旋,傷痍軍人,焼夷弾,空襲,焼け野原,軍民決死の沖縄戦,新型爆弾,ソ連侵攻,玉音放送

そして,「堪ヘ難キヲ堪ヘ 忍ヒ難キヲ忍ヒ 以テ萬世ノ為ニ 大平ヲ開カムト欲ス」という昭和天皇の詔勅や,昭和21年1月1日官報号外,所謂,「人間宣言」に従って,国民皆が戦後復興に邁進し,今日の平和的民主主義国日本を築き上げました。そのような,生き残った者達の老いも若きも,貧しきも富めるも,皆一致団結して,祖国再建に努力し続けている行為こそ,昭和時代の戦争で戦死・戦病死・法務死等された靖国の英霊を慰霊・顕彰することになる,と私は考えています。
「昭和戦争」という言葉を,具体的な実体験に基づき,私は上のような反省と誇りとの気持ちを持って,使っています。

完全超人理論が何か,私は知りませんし,私は自分を傲慢だとは考えていません。

藍愛和
2009/10/16 15:40
 言い出せば、たかだか十数行に疑問となることは片手では足らないほどの疑問がありますが、列挙しても発散するだけなのでやめておくとして1点だけ。

 昭和時代ってなんでしょうか?昭和は約63年間あるわけですが、どこをもって昭和時代です?具体的には、昭和50年に生まれたものは、昭和時代を生きたというのでしょうか?
>昭和時代に生まれ,育った者達は,日本政府・軍部の指揮・命令の下
という件が「後日」提示されているところをみると、どうやら、昭和50年生まれどころか戦後生まれはすでにその対象ではない様です。つまり戦後生まれは昭和時代に生きた者ではないと。ここは間違いありませんか?
 その前提で話を続けますと、昭和に生まれ育った者の最低年齢は、戦前の記憶を持つ、最も若くて昭和15年生まれ程度ということになります。つまり、現在70歳手前以上の方々ですか。
 ところでこのブログを読む方々、あるいは藍愛和さんが対象とする読者は70歳手前以上の方々が主体なのでしょうか?今年、平成生まれですら成人を迎えました。そのような状況の中でです。
 その上で。「昭和戦争」とは何を指すのか。もう一度ご説明頂けますか?
 つまり、そのような「自分の発言はかならず正しく相手に理解される」という前提を無意識にもつ態度を傲慢と呼ぶのです。
とおりすがり
2009/10/16 22:54
とおりすがりさん,今日は。

とおりすがりさん2009/10/16 22:54:
> その上で。「昭和戦争」とは何を指すのか。もう一度ご説明頂けますか?
> つまり、そのような「自分の発言はかならず正しく相手に理解される」という前提を無意識にもつ態度を傲慢と呼ぶのです。

ご叱正,有り難うございます。誤解を招くような表現や,説明不足の表現があったことを認めます。以後,気をつけますが,素人の文章ですので,或いは再び間違いをするかも知れません。その時も,必ず,お見捨てなく,ご叱正,ご指導を頂ければ幸いです。

「昭和戦争」について,改めて,私の以前のコメントを引用します。

藍愛和 2009/10/15 11:30:
>昭和の時代に,日本が行った対外戦争全体を指して,「昭和戦争」と,私が素人の独断と偏見で勝手に名前をつけました。
>「昭和戦争」と聞いて,それが何を指すかで,間違いをする人は,昭和時代を生きた人の中には,余り居ないのではないでしょうか。

なお,「昭和の時代」とか「昭和時代」は昭和天皇が即位された 1926 年から,崩御された 1989 年までを指します。
(次に続く)
藍愛和
2009/10/17 11:35
(前からの続き)
とおりすがりさん2009/10/16 22:54:
>>昭和時代に生まれ,育った者達は,日本政府・軍部の指揮・命令の下
>という件が「後日」提示されているところをみると、どうやら、昭和50年生まれどころか戦後生まれはすでにその対象ではない様です。つまり戦後生まれは昭和時代に生きた者ではないと。ここは間違いありませんか?

「昭和時代に生まれ,育った者達」についても,改めて,私の以前のコメントを引用します。
藍愛和 2009/10/16 15:40 :
>昭和時代に生まれ,育った者達は,日本政府・軍部の指揮・命令の下,神風を信じ,最後の勝利を信じ,世界の二大強国英米に宣戦布告し,一億一心火の玉となって,最後は世界中の国々を相手に戦いました。
(中略)
>国民皆が戦後復興に邁進し,今日の平和的民主主義国日本を築き上げました。

「昭和時代に生まれ,育った者達」は「日本政府・軍部の指揮・命令の下」から,「今日の平和的民主主義国日本を築き上げました。」までの全体にかかる主語というようにご理解下さい。「国民皆」は「昭和時代に生まれ,育った者達」の言い換えというようにお考え下さい。戦争したのも,復興したのも昭和時代の日本人です。

なお,平成生まれの人達は昭和時代の人とは言えません。しかし,昭和時代の日本人の子孫でありますから,昭和戦争とか,戦後復興とかの「昭和時代に生まれ,育った者達」の反省と誇りを,日本人として,その人達も引き継いで欲しい,と私は願っています。
藍愛和
2009/10/17 11:41
 揚げ足取りの言葉遊びであることは承知の上で続けますが。

>或いは再び間違いをするかも知れません
 「十分確信が持てるまで,先ず,自分で検証」されているのではないのですか?

>平成生まれの人達は昭和時代の人とは言えません
 仮にこれが真であるとすると、昭和64年に生まれた人は対象であるが、平成元年に生まれた者は対象外であると読めます。両者は同学年で育っていますが色分けさ
れると仰る?
 つまりですね。あなたはあなたの感傷によって、作った本人でさえ定義が明確にできない用語を新造し、議論を混乱させているのではないですか?
とおりすがり
2009/10/17 21:40
とおりすがりさん,今日は。

とおりすがりさん2009/10/17 21:40:
> 揚げ足取りの言葉遊びであることは承知の上で続けますが。

そう来ましたか。そうやられると私としは打つ手がありません。それまでで打ち止めにしたいと思います。
又,別の機会にお会いしましょう。

長々と有り難うございました。
藍愛和
2009/10/18 07:39
 つまりあなたがやっていることが「揚げ足取りの言葉遊び」だって言っているんですよ?理解されてますか?
とおりすがり
2009/10/18 08:24
とおりすがりさん,今日は。

とおりすがりさん,2009/10/18 08:24:
> つまりあなたがやっていることが「揚げ足取りの言葉遊び」だって言っているんですよ?理解されてますか?

例え,あなたにはそのように見えたとしても。揚げ足取りをしているつもりは全くありません。
私は私の真情を申し上げています。

書き込みは中止するつもりでしたが,この点については譲れません。

貴方が私に対する書き込みを続けるかぎり,私も書き込みを続けます。
今後とも宜しくお願いします。
藍愛和
2009/10/18 19:31
藍愛和さん。こんにちは。
私もこのブログの別記事において、(1880年代以降の)神道、すなわち、神社神道と国家神道には、教義がなく、よって国家神道は宗教ではない、また、神道は宗教ではなく祭祀であるという、政府見解(公権解釈)を紹介したことあります。というより、この点は、国家神道史の「常識」といえましょうか。一般的な認識でしょう。しかし、同時に、国家神道は、結局は、特定の神を信仰させる紛れもない宗教であったというのも、一般的な認識でしょう。アマテラスや造化三神、ひいては天皇を信仰させたのです。ところが、近代市民社会を形成しつつあり、その知的水準も向上していた日本人に、政府が、国家神道の教義を矛盾なく、教え込むには無理があったのです。靖国神社という軍事施設は、日本文化からかけ離れた神社の外観を呈する奇異な場所で、日露戦争までには、まだ、兵士たちにも、多くの日本人にも無視されていました。
民主主義者
2009/10/18 23:15
民主主義者さん,今日は。

民主主義者さん2009/10/18 23:15:
>靖国神社という軍事施設は、日本文化からかけ離れた神社の外観を呈する奇異な場所で、日露戦争までには、まだ、兵士たちにも、多くの日本人にも無視されていました。

民主主義者さんは民主主義者として,神道の研究をされていると,お見受けいたします。
貴方の見解には,正しいと判断される点が沢山ある,と私は考えています。

私も民主主義思想を正しいと考えています。

その上で申し上げますが,現在の宗教法人靖国神社は平和的民主主義国日本の宗教法人であり,靖国神社は宗教施設であります。そして,宗教法人靖国神社の信者にも信仰の自由があり,布教活動をする自由がある,と私は考えます。

靖国神社に対するご批判は自由でありますが,これまで私がこのコメント欄に書き込んだような私の考え方にも耳を傾けてくださるようお願いいたします。
藍愛和
2009/10/19 06:12
>揚げ足取りをしているつもりは全くありません。
 自覚がないからこそ、傲慢であると述べています。
 勝手に昭和戦争だのという語を新造し、その語の定義を明示せず語ろうとするその態度は、揚げ足取りの言葉遊び、あるいはペテンでしかありません。なぜならば定義の明確でない語は時間の経過によって、作成者の都合のよい解釈に変容していくからです。
 さらに言えば、その語について「それが何を指すかで,間違いをする人は,昭和時代を生きた人の中には,余り居ないのではないでしょうか」と回答する様は、自身の発言は理解されてあたりまえという態度は、傲慢以外の何と捉えればよいのでしょうか。
とおりすがり
2009/10/20 00:54
とおりすがりさん2009/10/20 00:54:
>勝手に昭和戦争だのという語を新造し、その語の定義を明示せず語ろうとするその態度は、揚げ足取りの言葉遊び、あるいはペテンでしかありません。

お気に障ったようで,すみません。勝手に新語を造りましたが,素人にも表現の自由はあるのではないでしょうか。

「昭和戦争」の意味は誰にでも分かると思い,何の説明もせず使いましたが[独断と偏見以前に「昭和戦争」って何?]と注意されましたので,2009/10/15 11:30 のコメントで,その定義をしたつもりなのですが・・・。次を見てください。

藍愛和 2009/10/15 11:30:
>昭和の時代に,日本が行った対外戦争全体を指して,「昭和戦争」と,私が素人の独断と偏見で勝手に名前をつけました。
藍愛和
2009/10/20 14:16
とおりすがりさん,今日は。

藍愛和 2009/10/20 14:16 で,又,挨拶を忘れました。すみません。
藍愛和
2009/10/20 14:20
> 表現の自由
 表現の自由と称せば何を言っても許されると?
 まあここは善意に解釈して「新語を造る自由」なんでしょうが、自由かどうかではなく、正しく伝えようとしているつもりはあるのか?ということです。繰り返しますが、その語が他には理解できないことはもちろん、一時的に予想できたとしても、定義の明確でない語は時間の経過によって、作成者の都合のよい解釈に変容していくからです。

 例を具体的にお見せします。


>2009/10/15 11:30 のコメントで,その定義をした
>昭和の時代に,日本が行った対外戦争全体を指して

 対外戦争(≠軍事衝突)なので「事件/事変」は含まれないと考えて良いですね?つまり「支那事変」や「ノモンハン事件」は含まないと考えて良いですね?

 しかし、2009/10/16 15:40 のコメントでは、

>盧溝橋事件〜玉音放送

 とありますから、支那事変は含むかのようです。これは上記の「対外"戦争"」の枠を超えるものですから上記定義とは矛盾します。仮にここで「後日宣戦布告されたから一連は連続した戦争だ」と"戦争"の定義を拡大させたところで、例えば「柳条湖事件」は含まれていませんから、所謂15年戦争と呼ばれるものよりは、「昭和戦争」の範囲は限定的だと考えて良いわけですね?

 結局「昭和戦争」の定義はどちらでしょう?あるいはどちらでもない第三案がこの次に繰り出されるのでしょうか?
とおりすがり
2009/10/20 21:09
 それと、2009/10/17 11:41 のコメントで、

> 「昭和時代に生まれ,育った者達」は「日本政府・軍部の指揮・命令の下」から,「今日の平和的民主主義国日本を築き上げました。」までの全体にかかる主語というようにご理解下さい

 とありますけど、こんな無茶な解釈はないと違いますか?
 第一段落が「昭和時代に生まれ,育った者達は〜戦いました。」、第二段落が「廬溝橋事件〜玉音放送」第三段落が、「そして〜今日の平和的民主主義国日本を築き上げました。そのような〜考えています。〜」です。
 つまり第一段落の主語を第三段落にかけろと。それを"この文から"理解しろというのは無理がありはしませんか。

 こういった回答を、揚げ足取りの言葉遊びと呼ぶのだと思うのですが、どうなのでしょうか?
とおりすがり
2009/10/20 21:10
とおりすがりさん,今日は。

とおりすがりさん2009/10/20 21:09:
>> 表現の自由
> 表現の自由と称せば何を言っても許されると?
> まあここは善意に解釈して「新語を造る自由」なんでしょうが、自由かどうかではなく、正しく伝えようとしているつもりはあるのか?ということです。

微妙な問題について,詳しいご説明を頂きありがとうございます。
丁寧に対応したいと思います。

「表現の自由」に関連して,とおりすがりさんは,「表現の自由と称せば何を言っても許されると?」と,「まあここは善意に解釈して「新語を造る自由」なんでしょうが、」と,「自由かどうかではなく、正しく伝えようとしているつもりはあるのか?」という,3通りの見方を示された,というように私は考えます。
このように「表現の自由」という簡単で明確に見える言葉も,使う人や受け取る側の人それぞれに個人差があります。
そして,「表現の自由と称せば何を言っても許される。」という極端な考え方をする人もいれば,「表現の自由など許されない。」という極端な考え方をする人,そしてその中間の考え方をする人など様々な考え方をする人がいます。
その結果,使う側と受け取る側とで,見解が極端に異なることがあるかもしれません。
「自由かどうかではなく、正しく伝えようとしているつもりはあるのか?」という文章を読む人の中には,とおりすがりさんの真意を正しく受け取らない人もあると考えられるのではないでしょうか。
藍愛和
2009/10/21 22:56
>「表現の自由」に関連して
 話題のすり替え?昭和戦争とやらはどこへ言ったのでしょう?
とおりすがり
2009/10/21 23:52
とおりすがりさん,今日は。

とおりすがりさん2009/10/21 23:52 :
>>「表現の自由」に関連して
> 話題のすり替え?昭和戦争とやらはどこへ言ったのでしょう?

とおりすがりさん2009/10/20 21:09 及び,とおりすがりさん2009/10/20 21:10 のコメントの内,始めの方の部分については,レスの必要がないそうですので,「昭和戦争」の定義について,丁寧に対応したいと思います。

とおりすがりさん2009/10/20 21:09:
>対外戦争(≠軍事衝突)なので「事件/事変」は含まれないと考えて良いですね?つまり「支那事変」や「ノモンハン事件」は含まないと考えて良いですね?

こういう厳密な話になりますと,素人の悲しさ,本やインターネットに頼らざるを得ません。
以下にその一部を列挙します。

日本の対外戦争・交戦・出兵:
http://suika.fam.cx/~wakaba/wiki/sw/n/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%AF%BE%E5%A4%96%E6%88%A6%E4%BA%89
1927 第一次山東出兵:1927〜1928 南京事件: 1928 第二次山東出兵:1928 済南事件:1928〜1929 第三次山東出兵 1931 満洲事変:1932 上海事変:1937 支那事変 (日華事変):1938 張鼓峰事件:1939 ノモンハン事件:1940〜1945 仏印進駐:1941〜1945 (1952) 大東亜戦争 (太平洋戦争)
(注:一覧表から抜粋)
(次に続く)
藍愛和
2009/10/22 16:51
(前からの続き)
戦争 Wikipedia:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%A6%E4%BA%89
>戦争という概念は国際法上の概念と軍事上の概念では差異があるため、区別して用いなければならない。
>軍事的な観点から、戦争は軍事力の実質的な戦闘行動が実行されている状態を指す。
>国際法において、戦争の当事者は一般的に国家であると考えられており、伝統的な慣習国際法の観点からは宣戦布告によって始まり、講和によって終結するものであると考えられる。しかし、歴史上宣戦布告が行われず「実質戦争状態」に突入した事例が存在するため、現在ではこの形式は重要視されていない。

日本故国憲法:
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S21/S21KE000.html
>第二章 戦争の放棄
>第九条  日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

松村明監修 小学館 大辞泉:戦争:
>軍隊と軍隊とが兵器を用いて争うこと。特に,国家が他国に対し,自己の目的を達するために武力を行使する戦争状態。国際法上は,宣戦布告により発生し,当事国間に戦時国際法が適用される。

以上の資料を見る限り,対外戦争(≠軍事衝突)ではなく,
対外戦争={国権の発動たる戦争,武力による威嚇,武力の行使,軍事衝突,事件/事変,支那事変,ノモンハン事件,・・・}
なのではないでしょうか。
藍愛和
2009/10/22 16:56
> なのではないでしょうか。
「なのではないでしょうか」って誰に問いかけているのでしょう?あなたが提唱した語なのだから、少なくとも私に問うべき事ではないですよね?
とおりすがり
2009/10/22 23:24
とおりすがりさん,今日は。

とおりすがりさん2009/10/22 23:24:
>「なのではないでしょうか」って誰に問いかけているのでしょう?あなたが提唱した語なのだから、少なくとも私に問うべき事ではないですよね?

そりゃぁ,そうです・・・。では,前に進むことにします。

とおりすがりさん2009/10/20 21:10:
>第一段落が「昭和時代に生まれ,育った者達は〜戦いました。」、第二段落が「廬溝橋事件〜玉音放送」第三段落が、「そして〜今日の平和的民主主義国日本を築き上げました。そのような〜考えています。〜」です。
> つまり第一段落の主語を第三段落にかけろと。それを"この文から"理解しろというのは無理がありはしませんか。

下手な作文で,お手間を取らせ,すみません。
その点についても,丁寧に対応したいと思います。

藍愛和 2009/10/16 15:40:
>昭和時代に生まれ,育った者達は,日本政府・軍部の指揮・命令の下,・・・相手に戦いました。(第一段落)
>廬溝橋事件,・・・,玉音放送(第二段落)
>そして,・・・,国民皆が・・・築き上げました。(第三段落)

第一段落の主語は「昭和時代に生まれ,育った者達」です。
(次に続く)
藍愛和
2009/10/23 17:23
(前からの続き)
第二段落は,昭和時代の出来事や事物などの思い出を,単語や語句にして並べることにより,その時代の人達の経験したものを表現しようと試みました。その表現形態から,それらの単語や語句が何に関連しているかは説明されていませんが,それらの出来事や事物を思い出として持つ者は,勿論,「昭和時代に生まれ,育った者達」であります。

第三段落の区切り方は,とおりすがりさんの区切り方とは異なりますが,異なる部分をお読みいただければお分かりのように,「そのような,生き残った者達の老いも若きも,貧しきも富めるも,」以下から,「靖国の英霊を慰霊・顕彰することになる,」までの文章は複文になっていて,その主文の主語は,「昭和時代に生まれ,育った者達」ではなく,「祖国再建に努力し続けている行為」であると,お考え下さい。

私の区切り方による,第三段落の主語は「国民皆」です。第一段落から始まって,第二段落,そして,第三段落に入って,文章が大分長くなっています。主語を入れるとすれば,「昭和時代に生まれ,育った者達」とすべきであったかも知れませんが,文章がくどくなるように感じて,「国民皆」で理解して頂けると思い,代用しました。

私のまずい説明では,なお更,皆様方を混乱させるのではないかということを,恐れます。
要するに,第一段落から,第三段落までの文章・単語等は「昭和時代に生まれ,育った者達」について叙述または表現しようとしたものであることをご賢察ください。
藍愛和
2009/10/23 21:47
 恐れられても困りますが、少なくとも私は混乱しております。というか理解できません。
 ところで「昭和戦争」は一体どこに行ったのだろう?本質部分を無視して言葉遊びに熱中されても困惑するばかりですが…

 言葉遊びにちょっとだけつきあうと、「無理がないか?」という質問に対して「ご賢察ください」という回答は変ではないですか?
とおりすがり
2009/10/24 01:29
とおりすがりさん,今日は。

とおりすがりさん2009/10/24 01:29
>恐れられても困りますが、少なくとも私は混乱しております。というか理解できません。

混乱されている点や理解出来ない点をご明示くだされば,いつでも誠実に対応したい,と考えています。

とおりすがりさん2009/10/24 01:29
>ところで「昭和戦争」は一体どこに行ったのだろう?本質部分を無視して言葉遊びに熱中されても困惑するばかりですが…

「昭和戦争」については,次の (1) から (4) までの4つのコメントをご覧下さい。

(1)藍愛和 2009/10/15 11:30:(昭和戦争について)
>昭和の時代に,日本が行った対外戦争全体を指して,「昭和戦争」と,私が素人の独断と偏見で勝手に名前をつけました。

(2)藍愛和 2009/10/17 11:35:(昭和時代について)
>なお,「昭和の時代」とか「昭和時代」は昭和天皇が即位された 1926 年から,崩御された 1989 年までを指します。
(注091024 06:29 Wikipedia:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%AD%E5%92%8C の「昭和」の項を参照)
(ここ[あ]から,次の[い]へ続く)
藍愛和
2009/10/24 16:21
(前の[あ]から,ここ[い]への続き)

(3)藍愛和2009/10/22 16:51:(対外戦争について)
>日本の対外戦争・交戦・出兵:
>http://suika.fam.cx/~wakaba/wiki/sw/n/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%AF%BE%E5%A4%96%E6%88%A6%E4%BA%89
>1927 第一次山東出兵:1927〜1928 南京事件: 1928 第二次山東出兵:1928 済南事件:1928〜1929 第三次山東出兵 1931 満洲事変:1932 上海事変:1937 支那事変 (日華事変):1938 張鼓峰事件:1939 ノモンハン事件:1940〜1945 仏印進駐:1941〜1945 (1952) 大東亜戦争 (太平洋戦争)
>(注:一覧表から抜粋)
(追加の注091024 05:45:これら一覧表の抜粋の中には私の知らない項目が幾つかありましたが,全て歴史教科書等で確認しました。微細な食い違いを見つけましたが,敢えて訂正しませんでした。素人では是非を判断するのに時間がかかりますので。なお, 1951 年サンフランシス平和条約調印, 1952 年日華(台)平和条約調印)

(4)藍愛和 2009/10/22 16:56:(戦争について)
>松村明監修 小学館 大辞泉:戦争:
>>軍隊と軍隊とが兵器を用いて争うこと。特に,国家が他国に対し,自己の目的を達するために武力を行使する戦争状態。国際法上は,宣戦布告により発生し,当事国間に戦時国際法が適用される。
(ここ[う]から,次の[え]へ続く)

藍愛和
2009/10/24 16:23
(前の[う]から,ここ[え]への続き)

とおりすがりさん2009/10/24 01:29
>言葉遊びにちょっとだけつきあうと、「無理がないか?」という質問に対して「ご賢察ください」という回答は変ではないですか?

藍愛和2009/10/17 11:41 のコメントについて,「無理がないか?」と質問されますと,無いとも言い切れません。
しかし,藍愛和 2009/10/23 17:23 と,藍愛和 2009/10/23 21:47 との2つのコメントで縷々説明しましたように,何とか辻褄を合わせるこどかできたように思います。何せ,元の藍愛和2009/10/16 15:40 のコメントの構成が,我ながら,複雑すぎて・・・。
私の悪い癖です。以後,気をつけます
なお,藍愛和 2009/10/23 17:23 と,藍愛和 2009/10/23 21:47 との2つのコメントについて,どのようなご叱正を頂きましても,矢張り,誠実に対応させていただきたいと思います。

藍愛和
2009/10/24 16:24
> 私の知らない項目が幾つかありましたが
 これは昭和戦争に含むのですか?
 だとすると、語を提唱した段階から後に定義を追加したということですが、その認識でOKです?
 つまり語を作成/提唱した時に想定していないことも、後にその語に定義に追加することができると、そういう理解でよいですか?
とおりすがり
2009/10/24 22:57
とおりすがりさん,今日は。

とおりすがりさん2009/10/24 22:57:
>> 私の知らない項目が幾つかありましたが
> これは昭和戦争に含むのですか?

具体的に説明します。私の知らない項目と書いたものは,「1927〜1928 南京事件」,「1928 済南事件」,「1938 張鼓峰事件」の3つです。

「1927〜1928南京事件」は「1937南京事件」とは別のもので, 1927年(昭和2年)3月、蒋介石の国民革命軍が南京を占領した際に起きた日本を含む外国領事館と居留民に対する襲撃事件(Wikipedia:南京事件(1927年)より引用)。
「1928 済南事件」は1928年(昭和3)5月3日、中国山東省の済南で、日本の権益確保と日本人居留民保護のため派遣された日本軍(第二次山東出兵)と北伐中であった蒋介石率いる国民革命軍(南軍)との間に起きた武力衝突事件(Wikipedia:済南事件より引用)。
「1938 張鼓峰事件」は1938年(昭和13年)の7月29日から8月11日にかけて、満州国東南端の張鼓峰で発生したソ連との国境紛争(Wikipedia:張鼓峰事件より引用)。

それら3つの戦争は,昭和戦争に含まれます。

(次へ続く)
藍愛和
2009/10/25 16:23
(前からの続き)

>だとすると、語を提唱した段階から後に定義を追加したということですが、その認識でOKです?
>つまり語を作成/提唱した時に想定していないことも、後にその語に定義に追加することができると、そういう理解でよいですか?

2つの文章に書かれた語句,即ち,「定義を追加した」と「その語に定義に追加する」という,2つの語句によって表現されている2つの行為は,それぞれ,どのような行為でしょうか。
もしかして,2つ共に,上記3つの戦争を昭和戦争に含めた行為をさしているのでしょうか。

とおりすがりさんのお訊ねに対するご返事は,私の上の質問へのお答えを頂いた後で,したいと思います。
藍愛和
2009/10/25 16:29
> 上記3つの戦争を昭和戦争に含めた行為をさしているのでしょうか
 現象面でみればそうです。但し私の指摘は、上記3つの戦争に特定したものではありません。あくまで藍愛和さん曰くの「私の知らない項目が幾つかあり」に対応していて、具体的に3つなのかどうかは私には判断できません。現時点で藍愛和さんが3つだと仰っているから3つなのかなとは思いますが、後日藍愛和さんが「ああ、実はこれもしらなかった」と項目を増やしてくれば、それらも含みます。

 また前段と後段はすこしニュアンスが違うのはご指摘の通りです。前段は先日も指摘させて頂いた、例えば柳条湖を含むかどうか等にかかります。最初の列挙(2009/10/16)に柳条湖は含まれていませんが、まさか藍愛和さんが柳条湖を知らないとは思えませんので。後段は「その事象は知っているはずなのに列挙からはずれている」のではなく、そもそも知らなかったことを後日に含めている行為を指しています。

 つまり前段では「後日に定義を変更すること全般」について、後段については、前段の部分集合としての、「後日に知り得た内容を元に、定義を変更すること」を問うています。
とおりすがり
2009/10/26 00:18
とおりすがりさん,今日は。

とおりすがりさん2009/10/26 00:18:
>後日藍愛和さんが「ああ、実はこれもしらなかった」と項目を増やしてくれば、それらも含みます。

分かりました。

>例えば柳条湖を含むかどうか等にかかります。

柳条湖のことは余り良くしりませんでした。今回,インターネットで調べました。
満州事変 Wikipedia 柳条湖:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%80%E5%B7%9E%E4%BA%8B%E5%A4%89#.E6.9F.B3.E6.9D.A1.E6.B9.96.E4.BA.8B.E4.BB.B6
>1931年(昭和6年)9月18日午後10時20分頃、中華民国の奉天(現在の中華人民共和国遼寧省瀋陽)北方約7.5kmの柳条湖の南満州鉄道線路上で爆発が起き、線路が破壊された

その線路爆破事件について,誰がやったかは,素人の私では判断のしようがありません。
爆発の直後に大きな軍事衝突があったとは書かれていませんので,
日本の対外戦争・交戦・出兵:
http://suika.fam.cx/~wakaba/wiki/sw/n/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%AF%BE%E5%A4%96%E6%88%A6%E4%BA%89
の一覧表(藍愛和2009/10/22 16:51)には,含まれなかったのではないでしょうか。
或いは, Wikipedia の記述のように満州事変に含まれる紛争という扱いかも知れません。
私もそれに倣います。

(次へ続く)
藍愛和
2009/10/26 15:24
(前からの続き)

前回,とおりすがりさん2009/10/24 22:57:では,
> だとすると、語を提唱した段階から後に定義を追加したということですが、その認識でOKです?
> つまり語を作成/提唱した時に想定していないことも、後にその語に定義に追加することができると、そういう理解でよいですか?

となっていたものが,今回は,次のように変更されています。
> つまり前段では「後日に定義を変更すること全般」について、後段については、前段の部分集合としての、「後日に知り得た内容を元に、定義を変更すること」を問うています。

これまで,私のコメントでは,「1927〜1928南京事件」,「1928 済南事件」,「1938 張鼓峰事件」を昭和戦争に含め,「柳条湖事件」は昭和戦争に含めませんでした。
それらの行為は,とおりすがりさんが用いられた,「後に定義を追加したということ」,「後にその語に定義に追加すること」,「後日に定義を変更すること全般」,「後日に知り得た内容を元に、定義を変更すること」のどの項目に該当しますか。
藍愛和
2009/10/26 15:27
 柳条湖=満洲事変ですけどね。盧溝橋=支那事変と同様の用法です。尤も満州事変に柳条湖を含まないという判断ならそれでもよいですが。
 しかし、2009/10/26 15:24の書き込みでは満州事変に倣うと仰っている。それでは 2009/10/16 15:40 の書き込みで満州事変が列挙されていないのはなぜですか? もし満州事変が昭和戦争に含まれるのであれば、これは「後に定義を追加したということ」に他ならないと思いますが、どうなのでしょう?
 尤も「2009/10/22 16:51」は列挙しただけで昭和戦争の定義ではない、と言われればそれまでですが。
とおりすがり
2009/10/26 23:03
とおりすがりさん,今日は。

とおりすがりさん2009/10/26 23:03:
>しかし、2009/10/26 15:24の書き込みでは満州事変に倣うと仰っている。

藍愛和2009/10/26 15:24 では,私は次のように書きました。
>或いは, Wikipedia の記述のように満州事変に含まれる紛争という扱いかも知れません。
>私もそれに倣います。

「満州事変に倣う」ではなく,「’Wikipedia の記述のように満州事変に含まれる紛争という扱い’に倣う」ということです。

とおりすがりさん2009/10/26 23:03:
>それでは 2009/10/16 15:40 の書き込みで満州事変が列挙されていないのはなぜですか?

藍愛和 2009/10/16 15:40 のコメントに,[「昭和戦争」という言葉を,具体的な実体験に基づき,私は上のような反省と誇りとの気持ちを持って,使っています。]と書いてあります。
私の物心ついた年頃,即ち,1937年に始まった日中戦争たけなわの頃から,昭和の終わりまでの私の実体験に基づいて,コメントを書きました。そのコメントは「昭和戦争」の定義を書いたものでも,昭和戦争に含まれる全ての戦争を列挙したものでもありません。

(次に続く)
藍愛和
2009/10/27 21:28
(前からの続き)

「昭和戦争」の定義については,改めて,次をご覧下さい。
藍愛和 2009/10/17 11:35:
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
藍愛和 2009/10/15 11:30:
>昭和の時代に,日本が行った対外戦争全体を指して,「昭和戦争」と,私が素人の独断と偏見で勝手に名前をつけました。
(中略)
なお,「昭和の時代」とか「昭和時代」は昭和天皇が即位された 1926 年から,崩御された 1989 年までを指します。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
即ち,「昭和戦争」の定義は「昭和の時代に,日本が行った対外戦争全体」です。

従って,[もし満州事変が昭和戦争に含まれるのであれば、これは「後に定義を追加したということ」に他ならないと思いますが、どうなのでしょう?]というご質問の答は次の通りです。
(答) 満州事変は昭和戦争に含まれるけれども、それは「後に定義を追加したということ」にはならないと思います。

今から思えば,下手な駄文を書き連ねて誤解を招くより,早めに,対外戦争の正確な一覧表を明示すべきでした。反省します。

とおりすがりさん2009/10/26 23:03:
>尤も「2009/10/22 16:51」は列挙しただけで昭和戦争の定義ではない、と言われればそれまでですが。

このことについては,今まで説明したことから,ご了解頂けるもの思います。
藍愛和
2009/10/27 21:37
>そのコメントは「昭和戦争」の定義を書いたものでも,昭和戦争に含まれる全ての戦争を列挙したものでもありません。
 今更それを言う?(笑)
 その論法では、今でも、昭和戦争に含まれる全ての戦争を列挙されていないわけですから、今後語の定義になにか追加/変更されることがあっても「定義を書いたものでも,昭和戦争に含まれる全ての戦争を列挙したものでもありません(2009/10/27 21:28)」「その一部を列挙した(2009/10/22 16:51)のみで全てを列挙したわけではない」と申し述べればいいわけですか。
 まさに言葉遊び以外の何ものでもないと私などは思う次第ですが。
とおりすがり
2009/10/27 22:39
とおりすがりさん,今日は。

とおりすがりさん2009/10/27 22:39:
>今更それを言う?(笑)
> その論法では、今でも、昭和戦争に含まれる全ての戦争を列挙されていないわけですから、今後語の定義になにか追加/変更されることがあっても「定義を書いたものでも,昭和戦争に含まれる全ての戦争を列挙したものでもありません(2009/10/27 21:28)」「その一部を列挙した(2009/10/22 16:51)のみで全てを列挙したわけではない」と申し述べればいいわけですか。

2009/10/16 15:40 のコメントでは,私は昭和戦争の定義も,昭和戦争に含まれる全ての戦争の列挙もしていません。

その2009/10/16 15:40 のコメントで,私が昭和戦争の定義や,昭和戦争に含まれる全ての戦争の列挙をしていると,とおりすがりさんがお考えなら,それを示す部分を 2009/10/16 15:40 のコメントから引用して,お示し下さい。


藍愛和
2009/10/28 21:35
 むしろ列挙されていないと私が判断すると考える理由のほうをお伺いしたい。

 そもそも私の質問は”独断と偏見以前に「昭和戦争」って何?”です。そして先の列挙は、これについての回答の中にあります。「丁度良い機会ですので,私の考えていることを申し上げたい」という枕をつけて、その列挙が語られています。これを「昭和戦争の定義」と捉えずになんと捉えろというのでしょう?

 それを後日「いやそれは私の体験を述べただけで、定義や列挙をしたものじゃないんですよ」と述べることができる心根のほうを教えて頂きたいものです。

 私が考えれることは2つ。議論に窮してはじめて、先の列挙が厳密性に欠けることを今更ながらに理解して、先の列挙の位置づけを変えようと試みているか、あるいは、最初から自らの陶酔を語ることを目的として私の質問に答えようとしていなかったか。いずれかです。

 こんな回答がありなら、詐欺だってペテンだってなんでもありだとは思いませんか?
とおりすがり
2009/10/29 01:03
とおりすがりさん,今日は。

とおりすがりさん2009/10/29 01:03:
> むしろ列挙されていないと私が判断すると考える理由のほうをお伺いしたい。

お答えします。昭和戦争については,次のようなやりとりをしています。

とおりすがりさん2009/10/14 21:26 :
>独断と偏見以前に「昭和戦争」って何?

藍愛和 2009/10/15 11:30:
>昭和の時代に,日本が行った対外戦争全体を指して,「昭和戦争」と,私が素人の独断と偏見で勝手に名前をつけました。
>「昭和戦争」と聞いて,それが何を指すかで,間違いをする人は,昭和時代を生きた人の中には,余り居ないのではないでしょうか。

このコメントで,「昭和戦争とは昭和の時代に,日本が行った対外戦争全体である」,と私は「定義」したつもりでした。

とおりすがりさん2009/10/15 22:55:
> 自ら語を作成し、その語はほぼ万人が正確に意図を掴むことが出来、かつ、それが正しいと検証済みとのことで、私としてはただただ恐れ入るのみでございます。

(次に続く)
藍愛和
2009/10/29 21:14
(前からの続き)

藍愛和 2009/10/16 15:40
>昭和時代に生まれ,育った者達は,・・・(中略)・・・私は上のような反省と誇りとの気持ちを持って,使っています。

このコメントは,既に私が昭和戦争の定義をしてあるにもかかわらず,とおりすがりさんが厳しくご批判になったので,定義ではなく,私の実体験を書きました。それは昭和時代を生きた人の共通体験であり,ほぼ万人が正確に意図を掴むことが出来るであろうと考えたからです。

とおりすがりさん2009/10/17 21:40:
>あなたはあなたの感傷によって、作った本人でさえ定義が明確にできない用語を新造し、議論を混乱させているのではないですか?

とおりすがりさんは「定義」という言葉を,ここ,罵愚さんのブログでは,このコメントで初めて使われたとおもいます。
私も非常に混乱しています。
ここで思うのですが,とおりすがりさんと私とでは「定義」についての考え方が違うのではないでしょうか。
藍愛和
2009/10/29 21:18
 本気で言っているのかなあ?

>間違いをする人は,昭和時代を生きた人の中には,余り居ないのではないでしょうか。
>ほぼ万人が正確に意図を掴むことが出来るであろうと考えたからです。

 これって本当に?
 もうそうだというなら証明して見せてくださいよ。もちろんあなたが「そう考えている」というのではなく、万人が正しくその期間や事象まで一致することを、客観的かつ検証できる形で。
 念のため繰り返しますけど「あなたがそう考えている」のはこの際どうでもいいわけです。あなたがいかに「万人が正確に意図を掴むことが出来る」と考えていても、実際にそうでないなら無意味ですから。そうでしょう?
 ちなみにな正確に掴むことの出来ないサンプルならここに一人、他ならぬ私がおります。
とおりすがり
2009/10/29 23:04
 あと、一応これも紹介しておきましょう。
  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%AD%E5%92%8C%E6%88%A6%E4%BA%89
 もちろんこれは藍愛和さんのそれとは異なります。南京事件や済南事件は含まれていませんからね。もっとも「3つの戦争を昭和戦争に含めた」という行為を認めるわけではないのですが、藍愛和さんは「含めた」と仰られているわけですから、少なくとも上記urlのものと藍愛和さんが提唱されたものとは異なるはずです。

 さて、藍愛和さんの「昭和戦争」を正確に掴むことが出来ないサンプルが一つ、異なる解釈をしているサンプルがひとつ提示させて頂きました。このあたりもご考慮の上、是非とも「万人が正確に意図を掴むことが出来る」証明をお願いできればと思います。
とおりすがり
2009/10/29 23:18
とおりすがさん,今日は。

とおりすがりさん2009/10/29 23:04:
>あなたがいかに「万人が正確に意図を掴むことが出来る」と考えていても、実際にそうでないなら無意味ですから。そうでしょう?
> ちなみにな正確に掴むことの出来ないサンプルならここに一人、他ならぬ私がおります。

この文章では何の「意図」なのか分かりません。そして,「ほぼ万人」が「万人」に変更されています。

藍愛和 2009/10/29 21:18:
>私の実体験を書きました。それは昭和時代を生きた人の共通体験であり,ほぼ万人が正確に意図を掴むことが出来るであろうと考えたからです。

この文章では,私は「だろう」と推測しています。それが,とおりすがりさん2009/10/29 23:04 の文章では,「万人が正確に意図を掴むことが出来る」と断定になっています。
断定した文に変更した上でなら,「正確に掴むことの出来ないサンプルならここに一人、他ならぬ私がおります。」という証言が「断定」した文の否定になります。しかし,その独りの証言で,私の「ほぼ万人」が主語である,「推測」した文を否定することはできません。

(次へ続く)
藍愛和
2009/10/30 14:27
(前からの続き)

なお,「万人」は松村明監修 大辞泉 小学館によれば,「すべての人。多くの人」という意味ですから,「ほぼ万人」は「大多数の人。多くの人」であって,「すべての人」ではない,と私は考えています。
そして,「意図」は「実体験を書いた意図」,即ち,「互いに実体験した昭和の時代を思い出して貰おう,という意図」であって,「昭和戦争の意図」ではありません。

とおりすがりさん2009/10/29 23:18:
>「昭和戦争」を正確に掴むことが出来ないサンプルが一つ、異なる解釈をしているサンプルがひとつ提示させて頂きました。このあたりもご考慮の上、是非とも「万人が正確に意図を掴むことが出来る」証明をお願いできればと思います。

「ほぼ万人」を「万人」に変更していますね。そして,何の意図かも明示していませんね。
[「昭和戦争」を正確に掴むことができる],というように,私が何処かで書きましたか。もし,そうならその日時をお示し下さい。
異なる解釈をしているサンプルというのは,「昭和戦争の定義」に関連したサンプルのことですね。私の「実体験を書いた意図」に関連したサンプルの話ではないでしょう。

「定義」とか,「意図」とか,「万人」とか,幾つかの用語について,とおりすがりさんと私とでは考え方に違いがあるように思うのですが・・・。
藍愛和
2009/10/30 14:32
 これは私の独断と偏見ですが、藍愛和さんは無責任な発言を繰り返し行い、自身の発言に責任を持たない人に間違いないと思います。この意見に対し異議を唱える人は、普通の人なら余り居ないのではないでしょうか。ほぼ万人がこの意見に賛成してくれるはずです。

 仮にこんな文章を作ってみましたが、こんな文章ならOKですかね?藍愛和さんは許容できます?(上記は例文であって、本気で誹謗中傷したいわけではありません。念のため。)
 藍愛和さんがやっていることは上記例文とほぼ変わらないことをしていると思いますが(←ここの段落は本気でそう思っています。念のため)

 「ほぼ」とか「だろう」とかで曖昧さを残しているつもりなのかもしれませんが、それで発言に対する責任が回避されると思わない方が良いですよ。

 そんなわけで、「ほぼ万人」でいいですから、客観的に証明をしてくださいよ。
とおりすがり
2009/10/30 23:21
とおりすがりさん,今日は。

とおりすがりさん:
2009/10/16 22:54
>つまり、そのような「自分の発言はかならず正しく相手に理解される」という前提を無意識にもつ態度を傲慢と呼ぶのです。
2009/10/17 21:40
>揚げ足取りの言葉遊びであることは承知の上で続けますが。
>あなたはあなたの感傷によって、作った本人でさえ定義が明確にできない用語を新造し、議論を混乱させているのではないですか?
2009/10/18 08:24
>つまりあなたがやっていることが「揚げ足取りの言葉遊び」だって言っているんですよ?理解されてますか?
2009/10/20 00:54
>自覚がないからこそ、傲慢であると述べています。
>自身の発言は理解されてあたりまえという態度は、傲慢以外の何と捉えればよいのでしょうか。
2009/10/20 21:09
>結局「昭和戦争」の定義はどちらでしょう?あるいはどちらでもない第三案がこの次に繰り出されるのでしょうか?
2009/10/20 21:10
>こういった回答を、揚げ足取りの言葉遊びと呼ぶのだと思うのですが、どうなのでしょうか?

(ここ[あ]から,次の[い]へ続く)
藍愛和
2009/10/31 06:49
(前の[あ]から,ここ[い]への続き)

2009/10/21 23:52
>話題のすり替え?昭和戦争とやらはどこへ言ったのでしょう?
2009/10/24 01:29
>言葉遊びにちょっとだけつきあうと、「無理がないか?」という質問に対して「ご賢察ください」という回答は変ではないですか?
2009/10/24 22:57
>つまり語を作成/提唱した時に想定していないことも、後にその語に定義に追加することができると、そういう理解でよいですか?
2009/10/26 00:18
>つまり前段では「後日に定義を変更すること全般」について、後段については、前段の部分集合としての、「後日に知り得た内容を元に、定義を変更すること」を問うています。2009/10/27 22:39
>まさに言葉遊び以外の何ものでもないと私などは思う次第ですが。
2009/10/29 01:03
こんな回答がありなら、詐欺だってペテンだってなんでもありだとは思いませんか?
2009/10/30 23:21
>仮にこんな文章を作ってみましたが、こんな文章ならOKですかね?藍愛和さんは許容できます?(上記は例文であって、本気で誹謗中傷したいわけではありません。念のため。)
> 藍愛和さんがやっていることは上記例文とほぼ変わらないことをしていると思いますが(←ここの段落は本気でそう思っています。念のため)

(ここ[う]から,次の[え]へ続く)
藍愛和
2009/10/31 06:52
(前の[う]から,ここ[え]への続き)

誹謗中傷した例文なら,上に引用したように,沢山あります。とおりすがりさんのこの程度の誹謗中傷は今まで,見逃してきました。罵愚さんのブログで誹謗中傷合戦は失礼な態度かと考えています。ご希望なら,とおりすがりさんのブログか,私のブログでやりましょう。別に好きでもないですけど。

>そんなわけで、「ほぼ万人」でいいですから、客観的に証明をしてくださいよ。

「ほぼ万人」だけではなく,「定義とは何か。」,「意図とは何の意図か。」,「万人と,ほぼ万人とは同じ意味か。」,「断定した文のの否定と,推測した文の否定とは同じか。」等について,ご回答をお願いします。その上で,「何を証明するのか。」を具体的にお書き下さい。
藍愛和
2009/10/31 06:55
 仰っていることがよくわかりませんね。「誹謗中傷」という単語に反応したのでしょうか?話がずれていますし、引用の列挙ばかり文章は非常に読みにくく、何が仰りたいのか不明です。
 もし、先の例文が失礼な言い分だと思ったのであれば、それはあなたが私に対してしている行為(回答/主張の仕方)そのままだとお考えください。つまり、あなたが意図しようとしなかろうと、あなたの回答に対して、私はそのように感じていると言うことです。その上で、その例文の言い方に問題があると思われるのであれば、なにが問題であるか、よくお考え頂きたいと思います。 それにそもそも質問しているのは私です。あなたではありません。私の質問「昭和戦争とはなにか」に答えてから次の質問をしてもらえませんか?現在の会話の相手は「ほぼ万人」ではなく私です。私はあなたの回答が理解できないのです。もっとも私がほぼ万人からは外れるのだというのならそれまでですが。
とおりすがり
2009/10/31 23:55
 念押ししておきますね。一応。まずは以下にお答え頂ければ結構です。

 "昭和戦争"とはなにか。
 "「昭和戦争」と聞いて,それが何を指すかで,間違いをする人は,昭和時代を生きた人の中には,余り居ない"という藍愛和さんが判断が、他者(特に私)がみて検証可能かつ同意できる客観的な資料または証明の提示。
 
とおりすがり
2009/11/01 00:16
 もうひとつ注釈をつけておきます。
 「余り居ない」「ほぼ万人」などという表現に対する証明は不可能だと私は考えています。なぜならばそれを検証するための測定は不可能だからです。

 「昭和の時代に,日本が行った対外戦争全体である」と定義したと仰られていましたが、これは定義とは云えないほど曖昧としています。
 「昭和の時代」は、昭和元号の時代は60年余あり、特に初期(元年周辺)と終期(平成前夜)ではまったく状況が異なります。これを戦争を鍵にするなら、昭和20年または27年あたりまでを指すと思われますが、64年までをひとまとめにするのは私には違和感があります。が、ここは1926/12/25-1989/1/7だと定義されるなら、ひとまずは異論はありません。
 「日本が行った」も、どのように日本が行ったか不明です。日本軍が直接交戦したことを指すのか、防衛的な戦闘(テロ鎮圧など)をも含むのか、同盟国支援すら日本が行ったことになるのかどうかなど、一切不明です。
 「対外戦争全体」もどこからを対外戦争と言うのかが不明です。宣戦布告をして初めて戦争なのか、事変レベルなのか、事件すらそれに含むのか、そのあたりも不明です。

 全てをまとめて拡大解釈すれば、東西冷戦では日本は西側に荷担し、ベトナム戦争を間接的に支えた実績もある。東西冷戦は日本が行った戦争と云えるのではないか、などという答弁だって可能になるわけです。

 問題はそうした検証不可能なことを自らの意見の背景にしたり、後知恵を後からいくらでも追加できるような曖昧な定義によって話を進める態度が問題であると私は考えています。


とおりすがり
2009/11/01 00:44
とおりすがりさん,今日は。

とおりすがりさん2009/10/31 23:55:
>それにそもそも質問しているのは私です。あなたではありません。

とおりすがりさんの質問の意味が分からないときは,私も質問できるのではありませんか。質疑応答がコメントのやりとりの基本である,と私は考えています。

>もっとも私がほぼ万人からは外れるのだというのならそれまでですが。

現在,コメントのやりとりをしているのは,とおりすがりさんである,とわたしは考えています。

(次へ続く)
藍愛和
2009/11/01 11:06
(前からの続き)

とおりすがりさん2009/11/01 00:16 :
>"昭和戦争"とはなにか。
>"「昭和戦争」と聞いて,それが何を指すかで,間違いをする人は,昭和時代を生きた人の中には,余り居ない"という藍愛和さんが判断が、他者(特に私)がみて検証可能かつ同意できる客観的な資料または証明の提示。
とおりすがりさん2009/11/01 00:44 :
>「昭和の時代に,日本が行った対外戦争全体である」と定義したと仰られていましたが、これは定義とは云えないほど曖昧としています。

1.「昭和の時代に」とは,「 1926/12/25 から 1989/1/7 までの期間に」という意味です。
2.「日本が行った(〜〜)」とは,「日本が行った(全ての〜〜)」という意味です。
3.「対外(〜〜)」とは,「国内を除く,外国との(全ての〜〜)」という意味です。
4.「戦争」とは,「軍隊と軍隊とが兵器を用いて争うこと。特に,国家が他国に対し,自己の目的を達するために武力を行使する戦争状態」という意味です。(この定義は,松村明監修 小学館 大辞泉:戦争:から引用した,常識的な定義です。専門的な定義は何通りもあり,個人差もあるようです。)

「昭和戦争」を「昭和の時代に,日本が行った対外戦争全体である」と定義したときには,「昭和戦争」という言葉は,上に示した「昭和の時代に」,「日本が行った」,「対外」,「戦争全体」という4個の言葉の示す4個の条件を全て,同時に満たす出来事の全体を指しています。

藍愛和
2009/11/01 11:10
 元に戻りましたか。結局具体的に定義することはできないわけですね。

 それではあらためて、藍愛和さんの云う「昭和戦争」が何を指すか正確に掴むことのできる人は、1926/12/25-1989/1/7の期間の一部を生きた人の中にも,余り居ないのではないでしょうか。と述べさせていただくこととします。
とおりすがり
2009/11/02 00:30
とおりすがりさん,今日は。

とおりすがりさん2009/11/02 00:30:
>結局具体的に定義することはできないわけですね。

「具体的に定義する」という言葉を,とおりすがりさんは初めて使われましたね。

「具体的に定義する」という語句についての,とおりすがりさんのお考えをご説明願います。
藍愛和
2009/11/02 10:02
 お得意の辞書引きで解決してみてはいかが?
とおりすがり
2009/11/02 23:32
とおりすがりさん

とおりすがりさん2009/11/02 23:32:
> お得意の辞書引きで解決してみてはいかが?

松村明監修 大辞泉 小学館:
[具体的](形動) はっきりとした実体を備えているさま,箇々の事物に即しているさま。
[具体的真理]時間・場所などの,ある具体的な条件のもとで真理とされる事柄。

上の意味・用法から考えて,「昭和戦争とは,昭和の時代に,日本が行った対外戦争全体である。」と定義することは「時間・場所などの,ある具体的な条件のもとで定義している。」と言えますので,昭和戦争の定義は「具体的に定義する」ことができている,と私は思います。

藍愛和
2009/11/03 21:14
前回のコメントで,挨拶が不完全になりました。すみません。
藍愛和
2009/11/03 21:25
> 私は思います。
 それでいいんじゃないですか?自慰っぽくて。
とおりすがり
2009/11/03 22:39
靖国神社は、侵略戦争の発端である、肥前に移転させるのが世界平和につながる。
J
2010/01/13 13:32
 侵略って、なんだろうか?
罵愚
2010/01/14 05:36

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靖国神社の歴史的意義 ごあいさつ/BIGLOBEウェブリブログ
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