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「真日本主義・アメリカの対日基本政策」について 日米中の三国関係を考えるとき、結論にちかいところから話し出せば、それは日米関係と米中関係の比較論に終わる。日中関係はそれに付随した話題であって、そこから話がはじまる話題ではない。三国がつくる三角形のトライアングルになぞらえて話すことがあるが、あれは現実を知らないおとぎ話の世界だ。 日米関係の機軸は、自由な民主主義と呼ぶ政治理念の共有であり、そこのところで日米は共産中国とは対立していると、つい最近まで、われわれは信じてきた。アメリカが日本を見捨てて、中国とくっつくなんて想像はできなかったのだ。もちろん、それを警鐘する議論は聞こえてはきていたが、信じることはできなかった。日本側が日米同盟を誠実に遵守すれば、アメリカの側からそれを裏切ることはありえないと考えてきた。 おなじように米中には、第二次大戦時の連合国同士という機軸がある。それが縁で支那は国連に常任理事国の椅子を確保している。前回のキッシンジャーと周恩来の20年ぶりの再会にもかかわらず、対日認識を基盤にして話しはじめれば、戦友会のような雰囲気が生まれるのだろう。そう、まさしく、かれらは戦友同士なんだな。 つまり、アメリカは左右二本の腕をもっていて、右の腕では自由な民主主義と呼ぶ理念で日本と握手を交わし、左の腕では旧連合国のよしみで中国と握手している。それに対して、日本と中国のあいだには相互に強いわだかまりがあって、握手の理由がないのだ。お互いに自分がアメリカとしている握手を信じながらも、もう一本の向こう側と握手しているアメリカの腕に不安を抱いている。イメージとしては、真ん中に位置するアメリカが伸ばした両腕の左右に日本と中国がつながっているのであって、日本と中国のあいだには不信感やわだかまりがあって、三角形にはなっていないのだ。 民主主義については語りつくされているから、ここでは触れないとして、米中をつないでいる連合国の連携についてだ。連合国に対抗する枢軸国という、おおきなわくぐみのなかで考えるのか、大東亜戦争、太平洋戦争と呼ぶ日本対連合国のわくぐみで考えるのかによって、多少ちがってくるが、ヨーロッパの戦争はドイツと旧ソ連によるポーランド分割という侵略戦争によってはじまっている。その後、ナチス・ドイツはアウシュビッツに象徴されるような人道犯罪を犯して、侵略戦争と人道犯罪の二重の犯罪国家になっていくのだが、ポーランドを支援してドイツとソ連の両国と同時に戦うだけの意思がなかったのか、国力がなかったのか、それとも両方ともなかったのか、そこのところはよくわからないが、ドイツを敵にしてソ連を連合国の主要なメンバーとして第二次大戦ははじまっている。だからこそ、戦争が終わってもポーランドを初めとする東ヨーロッパの状況は変わりはしなかった。第一次大戦の戦争原因としての東ヨーロッパの状況は、第二次大戦でも解決しないで、それが小康状態に入るのは、東西冷戦が終わってさらに10年を経た、ほんの数年前のことであった。事実認識として、ここのところは重要だと思う。 そして、しかし、東アジアの状況は、そのヨーロッパとはまったく別の、独立した状況だった。つまり、第二次大戦はヨーロッパの戦争とアジアの戦争が同時期におきてはいるのだが、相互に関連したり影響しあっておきている戦争ではなかった。その意味では、第一次大戦とは様相がちがっている。だからこそ、先ほどの戦友感情も、米中のあいだでは生まれるのだが、フランスやイギリスの国民感情は、また別のものだし、ロシアにいたっては、さらにまた別の経緯が影響している。 ヨーロッパの第二次大戦が東ヨーロッパの支配権をめぐる戦争だとしたらアジアの第二次大戦も植民地をめぐる戦争だった。ただし、東京裁判では昭和のはじめころで輪切りにして、それ以前を切り捨ててしまったから見えてこなかったが、アヘン戦争や黒船の来航から話しはじめれば、その実態がよく理解できる。支那とイギリスにとってはアヘン戦争の最終決着。アメリカにとってはペリー以来の日本遠征の最終決着、ソ連にとっては第二次日露戦争。そういうスパンで大東亜共栄圏をつくった日本の行動をながめると、連合国といえども、キッシンジャーと周恩来だけが戦友会を開いて、ヨーロッパの諸国がその雰囲気になじめない理由がよくわかる。そして人民革命以来半世紀以上を経過しても、いまだに自国民に選挙権さえ与えられない革命政府の、中国革命とは、本当はなんだったのか?チベット問題の本質はなんなのか?はたして支那にはナショナリズムの温床となるような民族の実体があるのか?それらの疑問は、結局、大東亜戦争とはなんだったのか?の疑問に終着するのであって、この疑問に対する誤解答を信じ込んできた国際社会と日本人社会は、これらの疑問に答えることはできないのである。かれらの欺瞞では、騙しおおせない、大量の真実が流出している。 フランス人がパリ革命で民主主義を確立し、アメリカ人が第一次大戦後のパリ会議で民族国家を提唱した。民主主義の根底には人権があり、ヴェルサイユ条約の根底にはウィルソンの民族自決権があったように、日本の大東亜共栄圏構想には、その白人にだけ認められていた人権と自決権を有色人種も共有しようという理想があった。白人に認められている人権と白人国家に認められている民族自決権をひろく有色人種にも拡散させようとする日本の主張は、はじめに国際連盟規約に人種差別撤廃条項を挿入しようとする活動にはじまり、やがて大東亜共栄圏構想の失敗となって終わった。 戦争の勝敗が、双方の主張や、理念や、開戦理由や戦争原因を偽装してしまった。とりわけ、戦後おこなわれた東京裁判が、違法な報復裁判だっただけではなく、歴史の改ざんを主導した。その結果、日本も国際社会も、その欺瞞のなかでもがき苦しんでいる。正義の民主主義で結束した連合国が、邪悪な軍国主義の日本を制裁したという説明では、説明しきれない真実が次からつぎへと露呈してしまうのだ。 日本人は、おじいさんやひいじいさんたちが、なにを考えて、なにをしてきたのかの検証を、戦後教育で流し込まれた、まちがったイメージを排除して検証しなおすことからはじめるべきだ。そうすると、正しいと教えられてきた思想や理念を実践してきた民族国家は、どこの国だったのか。地球連邦の理想を達成するために中心的な役割を果たす国が、どこの国なのか。そのためには、いまの国際連合が理想的な形になっているのか。そう考えてくると、いたずらに国際情勢の変化に左右されない、この国の外交の基本といったようなものが見えてくる。日本人が、それに気づいたときこそが、キッシンジャーと周恩来が、もっとも恐れていた日本の姿だと思う。 |
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歴史教育の貧困さ
「大隈重信は何した人?」明治の偉人も小6の正答率3割以下(読売新聞) ...続きを見る |
Tagebuch(たーげぶーふ) 2008/07/07 22:38 |
真日本主義・拉致被害者はこうして救出する、
「真日本主義・日米中に三角関係はない。」について 「日本が、どうあがいたところで、拉致事件は解決しない。拉致事件の解決は、中国とアメリカの手に握られていて、日本とは離れたところでしか動かない」というあきらめを前提にした論説が中心になって、メディアから流されている。日本人世論のおおかたも、洗脳されて同調している。自民党の元副総裁ともあろうVIPでさえも、被害者を北鮮に送り返すべきだったなんて、たわけた妄言を吐いている。永田町は売国奴に占領されている。 しかし、北鮮説得の中心である6カ国... ...続きを見る |
罵愚と話そう「日本からの発言」 2008/07/09 14:45 |
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