罵愚と話そう「日本からの発言」

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<<   作成日時 : 2008/06/08 03:34   >>

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 悠仁さまがご誕生になられて空中分解してしまった「皇室典範に関する有識者会議」の答申にもられた女系容認論です。会議の運営は強引で、当時座長の吉川弘之氏の勇み足との評価が圧倒的で、かれの個人プレーと評されていた。
 なぜかれが選ばれたのかの経過も判然とせず、郵政民営化だけをターゲットにしていた小泉首相が、党内右派の人気を集める目的で、興味もない靖国参拝を強行したのとおなじのりで、今度は党内左派を取り込もうと、見識も見通しもなく手当たりしだいに選んだ私的諮問機関だと思われていた。結果的には空中分解してしまったのだから、その後、その真偽が検証されることもなく、打ち捨てられてしまった。いわゆる右翼と呼ばれる発言者の評価は確定している。

 まともなデータもない事件だから、自由な憶測と推理が可能なんだが、それでも公開されているデータだけを集めても、吉川弘之氏は意外と 陛下とは緊密な経歴がある。かれは財団法人国際科学技術財団の理事長で、この財団は日本国際賞(ジャパン・プライズ)の主催団体で、 陛下はまだ皇太子であられた時代に日本国際賞の発足に尽力された。発足に尽力されただけでなく、その後、賞を軌道に乗せ、権威ある科学賞に育てられたのは、まさしく 陛下であられた。毎回授賞式と晩餐会にご出席なされ、そのごあいさつは受賞者の功績への深いご理解に満ちていて、それは懇談の席でのご質問の内容にもよくあらわれていた。その後、皇位につかれてからも、この仕事を皇太子にお譲りにはならず、天皇の仕事に取り入れられた。いわば、日本国際賞は 陛下がつくられたような賞で、その過程で 陛下と吉川弘之氏は信頼を築いていたと思われる。

 棋士で、東京都教育委員会委員もつとめる米長邦雄氏が園遊会に招待されて「日本中の学校に国旗を揚げ、国歌を斉唱させるのがわたくしの仕事でございます」とあいさつしたところ「強制にならないことが望ましいですね」とさとされて、絶句した。 陛下は意外と左翼なんだな。11歳で8月15日を迎えられた陛下は、いわば教科書を墨で塗りつぶした年代だ。敗戦の前とあとの落差は、昭和天皇以上に強烈だった。
 閉ざされた情報空間のなかで、お育ちになられて朝日新聞なみの時代感覚しかもてなかったのかもしれない。米国女性の家庭教師の教育をうけ、戦後民主主義にどっぷりと漬かって育成された価値観は、これ以外にも、いろいろな場面で散見される。宮中祭祀に熱心にとりくまれる、そのお姿と、どこで整合性を保っておられるのかの詮索はともかく、伝統と戦後民主主義が陛下の体内では同居しているんだろう。

 そういう状況を勘案して、あらためて、無責任に推理してみると、女系容認の言いだしっぺは陛下ではなかったのか?明言されたか、以心伝心かはわからないが、ご意思を戴した吉川弘之氏は、陛下の真意を確信していたからこそ科学者らしからぬ強引な答申を決行した。おそらく、小泉首相も一枚かんでいたのだろう。 陛下と小泉首相と吉川博之氏の三人だけが、意思を統一して、強行した。そのスケジュールは、政局に左右されて、結果的には最悪のタイミングで、悠仁さまがの誕生というハプニングで頓挫した。
 そのあと、吉川氏は誤解をふくんだ全責任を一身に背負って沈黙した。 陛下の真意を知っていたからこその、世論の誤解に一言の抗弁もしないで耐えられた。任命権者の小泉首相も、かばい立てをしないで、世間がはやく忘れる道を選んだ。
 無責任な、わたしの個人的な推理だが、矛盾点があれば、ご教示願いたい。

 いろいろな立場から、この話題をとりあげた識者やジャーナリズムや公職者の発言は、事前にそれぞれの思い込みでつくりあげたイメージがあって、そのイメージから一歩も踏み出さない結論で終わっていた。「 陛下のご意思を確かめてみよう」という発言も、たしかにあったのだが、その論調からして、自前のイメージへの確信が前提にあったように思う。
 それぞれのおもいとはうらはらに、わたしたちが思いもしなかった女系の提案者がいたのではなかろうか。

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罵愚と話そう「日本からの発言」
2008/06/24 06:27

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コメント(11件)

内 容 ニックネーム/日時
http://toranosukekaiken.cocolog-nifty.com/blog/
真の国民主権国家を目指すならば、その象徴が世襲制というのは大きな社会矛盾。皇室典範以前に、そもそも世襲による象徴天皇制が日本に必要なものかどうか、議論されるべきであろう。
マサコの公務さぼり倒しによって、かなりの変化は期待できる。内部崩壊は近い。
大室☆寅之助。
2008/06/08 12:13
 そうなんでしょうか?
 確かに「男子の継承者が現れなかったら、敬宮内親王殿下を立太子する方法はないか」程度の願望はあったかもしれませんが、それ以上のものは無かったのではないでしょうか?
 なぜならば、事は血のスペアの問題であって、今後も安定的に皇位を継承できる仕組みが必要なのであって、男子が一人産まれたからといって問題は解決しないと思うわけです。
 もしも陛下がこの血のスペアの問題に対して女系容認だったのだとしたら、悠仁親王殿下がお生まれになった後も皇位継承問題を訴え続ければよかったわけです。それこそ陛下の代弁役として警鐘を鳴らし続ければよかったと思うわけですが、そうでなかったあたり、陛下とは違うどこかからの横やりでうまく利用された、そして時流が悠仁親王殿下一色になった時点で切り捨てられたのではないか?と勘ぐるわけです。
 まあ真実は闇の中何で詮索しても仕方がありませんが。
とおりすがり
2008/06/09 00:07
大室☆寅之助。さま、
 保守主義の立場から言えば、目標は立憲君主制の民主主義国家なんでしょうね。天皇制のそもそも論は、くりかえし議論するべきだと思います。おおかたの識者の認識はまちがっていて、むしろ、戦後の左翼も右翼も、その深耕を避けてきたのが実情だったと思います。
罵愚
2008/06/09 16:10
とおりすがりさん、
 悠仁さまのご誕生は、一時的な安心ではありますが、問題の解決を一世代先送りしたに
すぎません。しかも、その時間稼ぎは、問題の根本的解決をさらに困難なものしかねない
。にもかかわらず、完成まぢかな新制度は放棄された。それだけではありません。その発
端に火をつけた真犯人を想像させるうわさ話さえも洩れてきません。
 小泉純一郎自身がそれであったり、あるいはかれを動かした人物が…たとえば森元首相
とか、中曽根元総理とかが、それだったと仮想してごらんなさい。おしゃべりな小泉さん
のことだから、すぐにしゃべりますよ。政策スタッフや官邸内部が発火点だっとしたら、
官房長官をはじめ、あのメンバーを思い出してごらんなさい。町内会の井戸端会議より、
密議が不似合いな面々でした。
罵愚
2008/06/09 17:00
 昭和天皇も 今上陛下も、政治的決断には臆病なほど潔癖でした。 昭和天皇は2・2
6と敗戦の二度しかそれをしていないと、ご自身でかたられておられます。それは、国家
存亡の危機でした。この話題は…2・26も敗戦も、皇室の淘汰にはつながらなかったの
ですから…本当は、あのとき以上の危機なのかもしれませんが、国民一般が、その危機感
を共有していない状況のなかでは、秘匿しておくしかなかったのでしょう。
 吉川弘之氏は左翼がかった不忠者の汚名に甘んじています。もしもそれが本当だったと
したら、かれを傷つける忠義者の手柄話が出てくるのではなかろうか。もちろん、すべて
わたしの空想と推理にすぎませんが…
罵愚
2008/06/09 17:01
http://toranosukekaiken.cocolog-nifty.com/blog/

>戦後の左翼も右翼も、その深耕を避けてきたのが実情だったと思います。

非常にバランスの取れた思考と高く評価したい。

国民主権国家というならば、その国家元首あるいは象徴は、民主的な選挙によって選ばれるというのが自然である。

やたらと皇室典範の議論がなされているが、これはむしろ各論であり、GHQ憲法からの脱却こそが、21世紀の我々日本人の使命である。同時に、主権者自らが、この国の体制を議論して何が問題なのか?菊タブーなど今の日本には不要だ。
大室☆寅之助。
2008/06/09 19:15
 煽ったり油を注いだりしたのは誰か、というのはさておいて、最初の種火を起こしたのは誰か?という点では、確かにその推理は、発火源へのたどり着くためのルートの隠蔽具合から見ても、あり得るのかもしれませんね。
とおりすがり
2008/06/09 23:35
 院政、摂関政治、武士による幕府の政治でさえも、天皇制のもとで生存した。天皇制のなかでの民主主義ってのも、この国では、ありではないのだろうか。立憲君主制と民主主義の共生する政治体制のなかで、戦後民主主義に洗脳された皇室が実態のように思える。
罵愚
2008/06/11 04:30
トラックバックありがとうございました。
「陛下のご内意を受けている」と誰かに耳打ちされて、小泉氏が皇室典範改定に突っ走ったわけですが、当時、その根拠とされたのが、吉川氏ではなく緒方直子氏と皇后陛下との関係でした。
陛下が女系推進ということはないですね。
秋篠宮家は実質10年間子作りを「ご遠慮」していたわけで、典範改定の動きによってそのセーブが解けたのです。
これこそが両陛下のご内意では?

ちなみに小泉氏の靖国神社参拝は、報道されなかっただけで、それ以前から参拝を続けていますよ。厚労相の時には写真も残っていますね。
父親の小泉純也氏に連れられて、当初は義務的に参拝していたようですが、特攻隊の青年達の遺書を読んでから使命感で参拝していたようです。
みずき
2008/06/12 15:27
悠仁の秋篠宮家第一・第二子との年齢差、悠仁妊娠数ヶ月前の皇太子の発言とそれに対する天皇・秋篠宮の反応から見て、悠仁を作ったことが、愛子に皇位を継がせたくない一心でやられたことなのは明らか。とてもじゃないが、皇室の人間のすることじゃない。
ああ
2008/08/27 16:30
政略結婚ならぬ、政略出産。
ああ
2008/08/27 16:43

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