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「真日本主義・征韓論」について あまり知られていない事件である。事実関係については、書店でも図書館でも探せば出てくるし、ネットで検索も可能なので、そちらにまかせるとして、記述はふたつの方向から書かれていることに気づいてほしい。ひとつはこの事件がきっかけとなって、日本国内の売春にかかわる人身売買の問題としてあつかうもので、戦後左翼の暗黒史観が「おまえだってやったじゃぁないか」の論理で説明する典型的な自虐的な記述だ。つまり、支那人奴隷の救出をくわだてた日本外交は、吉原の売春婦の人身売買を「おまえだってやったじゃぁないか」と指摘されて、反論できなかったとあざ笑う論調だ。ふたつめは反対に日本外交が国際法にのっとって勝利した最初の人権外交としての評価だ。当時の国際社会の評価は、圧倒的に後者なので、戦後の自虐的な記述を得意とする戦後左翼からは、あえて無視された結果、いまの日本人の記憶からは消えてしまった歴史認識だ。 植民地経営や奴隷貿易、人身売買はそれにともなうマイナス面も多く、トータルで勘案すればけっして有利なビジネスにはならない。英国はその事実には、わりと早くから気づいていて、それらを規制する動きもあった。イギリスが植民地に独立を勧める政策や、奴隷貿易を違法化したのは、思いのほか早かった。したがって、タイトルのマリア・ルーズ号事件も、国際法に準拠した日本の主張が通った解決が得られた。かれらの作った国際法と呼ぶグローバルスタンダードを逆用して、かれらの違法をとがめる形で日本の立場を主張する、理非をただした外交が可能なのだ。そして、そういう知的な作業は、日本人の得意な分野でもあった。 この事件が特異なところは、それが起きた時期だ。東アジアから、国際法に準拠した問題提起がなされた最初のケースとして…そしてそれがこの国の外交の基本姿勢として定着するきっかけとなった、その意味では忘れることができない、重要な出来事だった。時代は欧米列強が帝国主義的野心をもってこの地域をながめている時代であって、獲物としてのウサギがその分割に関して獅子と虎に不服をもらしたようなこの事件は、事件そのものが小さな出来事でもあったが、後日、回顧して再評価される性質のものであって、当時の大事件ではなかった。そして日本人は、回顧さえしなくなって、忘れ去ってしまった事件だ。 くりかえすが、時代は帝国主義の時代だった。事件が起きていた時期、陸奥宗光は神奈川県令だったはずなんだが、陸奥はこの事件に無関心で無関係だった。後年、帝国主義戦争としての日清戦争で、外交面の主役を演じる陸奥にとって、人種差別撤廃なんていう20世紀的な話題は、関心の外だった。ともあれ、かれは西欧列強の帝国主義的野心から日本を防衛する戦争に没頭するために生涯を費やして没した。坂之上の雲を目指した時代の、一人一業のたて割り区分のテリトリーを越えることはなかった。 |
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真日本主義・人種差別問題
「真日本主義・マリア・ルーズ号事件」について マリア・ルーズ号事件は人身売買・奴隷貿易の問題だった。植民地支配や人種差別の話題ではなかった。人身売買と植民地支配と人種差別のみっつの問題は、それぞれが独立した別個の話題なんだが、国際社会でも欧米でもAA諸国でも日本でも、どこでもこのみっつの話題は混濁させて議論されることが多い。実際、起きている事象が、同時にふたつ、あるいはみっつの問題をふくんでいて、相互に強い影響と関連をもっていたから、切り離せないケースが多いのも事実だ。 みっつの問題... ...続きを見る |
罵愚と話そう「日本からの発言」 2008/05/28 05:28 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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その節は征韓論政変についてコメントを頂き有難うございました。そのとき書かせていただいた『(新)西郷南洲伝』が鹿児島の高城書房より発刊されましたので、お知らせします。 |
哲舟 2008/06/20 14:01 |
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