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zoom RSS 媚中派日本人のチベット問題

<<   作成日時 : 2008/05/18 09:28   >>

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陳思「チベット事件についての討論ノート」」について
 日頃、中国大嫌いな日本人が、チベット蜂起のニュースに接して、さらに中国が嫌いになってしまった例はありうる。長野の聖火リレーでチベット国旗を振った日本人のなかに、それがすくなからずいたのも事実だと思う。チベット問題の本質としての人権問題よりも、中国大嫌いの感情のほうが優先されてしまっている事例も、それがすべてだとはけっして思わないが、ありうることだと思う。
 反対に、中国大好き日本人は、このニュースにとまどったと思う。そもそも、この中国大好き日本人とは、その発生源をたずねれば、冷戦期のソ連大好き日本人だった。自民党政権とアメリカが大嫌いで、ソ連が大好きなコミュニストたちは、ベルリンの壁の崩壊以後、その政治的祖国を失った。自堕落な女性が身を持ち崩すきっかけが実家の崩壊だったように、日本のコミュニストたちが放浪しはじめたのは旧ソ連邦の崩壊がきっかけだった。かれらは地球上でただひとつ、冷戦終結後も生き残った社会主義国に政治的国籍を移籍したのだ。コミュニストとして、支那の共産党政権にシンパシーを感じながら、同時に日本国内では護憲運動、人権問題、平和運動、女性問題、自然保護や環境問題に、活動の軸足を変えている。コミュニストからスタートして、親ソ、反自民、嫌米、親中へと交際相手を変えながら、コミュニズムの上に戦後民主主義を乗せたような政治信条だけは変えずに持ち続けていた。ただ冷戦後、共産主義や社会主義ではやってゆけないので、活動の場を政治から市民運動に、ちょっとだけ方向転換しているのが、中国大好き日本人たちの実態だと思う。
 この中国大好き日本人たちにとって、今回のチベット蜂起は、その対応に戸惑ったニュースだった。感情としての中国共産党へのシンパシーと、政治信条としての人権感覚の、ふたつのあいだで身悶えている。部外者として客観的に観察すれば、コミュニズムと呼ぶ全体主義そのものが、最初から人権感覚を持っていなくて、したがって、民族自決権なんてものも踏みにじっている。共産主義は帝国主義のうえに成立していて、旧ソ連邦の崩壊過程をながめれば、それがよくわかった。ソ連邦の崩壊とは、ロシア人を解放したのみならず、旧ソ連領内と近隣衛星諸国のたくさんの民族解放をともなったものだった。支那の共産党政権も、おなじ構造で構成されていることなんか、常識以前だ。この程度の常識を欠いていたのが、中国大好き日本人の悲劇だった。人一倍強いかれらの人権感覚と、チベットで起きている現実のギャップだ。
 報道されはじめてしばらくのあいだ、かれらは沈黙した。発する言葉がなかったのだろう。やがて、むしろ中国嫌いの日本人側から「日ごろ中国と仲良しの日本人たちは、なぜ沈黙するのか?」の非難がわきはじめた。返答に窮した中国大好きたちは、まともにチベット族の人権や自決権をとりあげるわけにもいかないから、論点をねじ曲げて侵略以前のチベットの状況や、侵略後の経済発展やら、チベット族の内部対立に話題を振り向けたのだ。この話法も日本人が発明したのではなく、在日支那人が話しはじめたのを、中国大好き日本人がまねしたものだった。こうなると「中国大好き日本人」と呼ぶよりは「媚中派」の侮蔑のほうが、似つかわしくなってくる。
 紹介された梁文道の文章も、チベット族同士の内部対立や、人民解放軍によるチベット侵略以前のチベット族社会の中世的な状況や、共産党支配による恩恵を強調しながら、あたかもそれが、チベット問題の主要部分であるかのように偽装している。読者の関心をそらして、問題の本質をごまかしている。チベット族の民族運動の内部事情がどうであれ、支那の共産党政権の施策をどう美化しようとも、異民族支配の事実か隠しおうせるものではない。本題は支那人のチベット族迫害という、前世紀的な人道犯罪であって、梁文道は、一見、どっちつかずの中立性を保った文章に見せかけてはいるが、支那大好きの色眼鏡をはずして、中立性を保って、客観的に読んでみれば、本題である、異民族支配がひきおこした人道犯罪の現実から視点をそらして、論外の話題をちりばめただけの、まやかしの羅列にすぎないことは、明瞭だ。
 あくまでも、チベット蜂起事件の本質は、支那の共産党政権による人道犯罪だ。前世紀の人類史のなかでヒットラーのナチスドイツや、スターリンの旧ソ連や、毛沢東の中国共産党や、フセインのイラクが引き起こした自国民の大量虐殺と、まったく同質の国家犯罪を、21世紀になったいまごろ、胡錦濤の中国共産党政権が犯している。話題はこの一点からはじまっていて、この一点に集中している。「問題は複雑であって、善悪二元論や勧善懲悪では割り切れない」などというのは、わけしり顔はまやかしだ。異民族支配や人道犯罪は、ごく単純に善悪二元論であり、勧善懲悪で割り切れる。チベット問題は、単純に1952年の人民解放軍による侵略によって開始されて現在にいたっている中国共産党の犯した国家犯罪であって、周囲の状況がどうであれ、正当化したり、いいわけのできるものではない。

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コメント(7件)

内 容 ニックネーム/日時
 お久しぶりですTBありがとうございます。
 私は「アジア諸民族は平等」というあたりまえの観点に立っています。
 主義主張は違ってもこれだけは当然です。
 今回の事件で、パンダはチベットの動物であったとはじめて認識しました。
 日本チベット友好のシンボルになるものだと思います。
 あのパンダの愛らしいおだやかな姿はチベットのものであったのですね。
 何か・・・妙に納得してしまいました。
 
 
 
金港丸
2008/05/21 06:24
 一億円のリース料は、チベットに届くのでしょうか?
罵愚
2008/05/22 04:23
全くおっしゃる通りだと思います。
地震が起きてチベットや東トルキスタンの情報を出さないのはなぜか。まず、チベット人やウイグル人の虐殺が起きていると考えて間違いない。チベット人は抹殺されているというのに、世界各国は支那中共に支援金・支援物資を送るだけだ。
また、支那中共の人は日本の救援活動に感謝の意を表しているが、一ヶ月前の長野事件を忘れたとでも思っているのだろうか。支那中共の指導にによって支那留学生・支那中共関係者はどうとでも行動するのだ。油断できるわけがない。
モモ
2008/05/31 14:03
 チベットに関心も知識もない街宣右翼が、支那嫌いの感情だけで騒いだと、在日日本人が批判するんだが、すくなくとも右翼の座標軸の中心には日本が置かれているわけだ。それに対して在日日本人の日本嫌い、自虐志向の思考回路では、チベット蜂起はコメントできなかった。しばらくの沈黙のあとで梁文道氏や劉公嗣氏はチベット族の内部対立や、侵略以前の農奴制や、侵略後の経済発展をあげて、侵略の正当化を主張しているわけだ。
 しかし、それは異民族迫害の理由にはならない。チベット族の自決権を真正面から見据えた議論ではないと、わたしは話してあげたんだが、かれらには通じない。
 問題はね、チベットや中国ではない。日本の国内に巣食う自虐的な在日日本人の話題だと思う。
罵愚
2008/06/01 14:34
 そろそろ「自虐」という表現は控えたい季節何じゃないかと思う。なぜならば彼らの行為は本当に「自虐」なのかという疑問が払拭できないからだ。
 実は自虐なんかではなく、巧妙に自虐に見せかけた、実のところ他者を貶め、自身はそれにより浄化しようとする試みなのではないかと思える。
 だからこそこれまで自身が支持した共産主義や北朝鮮/中国にマズいところが発覚しても、或いは戦前日本に有利な事実が判明しても、それらには目を向けないという態度にでるのではないか?
 もしそうなのであるならば「自虐」という表現は適切ではないのではないかと思うのです。
とおりすがり
2008/06/01 23:44
 つまり、かれらにとっては日本と呼ぶ国家は「自」ではなく「他」ですか。
罵愚
2008/06/02 05:04
 結局、自分自身でない「なにか」を攻撃しているか、自称"善意"に酔っていたりしているだけだと思いません?
とおりすがり
2008/06/02 20:51

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