愛国心・アイデンティティー・忠誠心
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作成日時 : 2006/04/14 04:31
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“愛国心”の話題は、帰属意識の話題かと思う。自分が、どのグループに帰属しているのかの、アイデンティティーの問題といいかえてもいい。アイデンティティーに起因する帰属意識が、そのグループに対する忠誠心を生み出して、自己犠牲の精神や行動を引き出す、という製造工程をイメージすると理解しやすい。
『アイデンティティー → 帰属意識 → 忠誠心 → 自己犠牲』をモデルにして、危ういケースは、それが一世紀前の軍国主義の再来になってしまう恐れだ。国家への帰属意識が統治政権や統治するイデオロギーへの忠誠心に置きかえられてしまったときの危険性を回避するために、戦後の教育基本法では愛国心を追放した。愛国心に代わって、平和憲法に記述されている国際平和主義が採用された。日本国民というアイデンティティーを廃棄して人類の一員、地球市民というアイデンティティーにおきかえて、国際社会の平和に貢献する個人を理想にした教育を実施してきた。人類はみな兄弟という、宗教じみた考え方だな。現行の平和憲法も教育基本法も、この精神のうえになりたっていると思う。『人類の一員 → 地球市民 → 世界平和 → 平和貢献』という仕組みだな。
困ったことに、現実がこの理想と一致しないのだ。一国平和主義の外側では、その理想とはほど遠い、紛争や戦争が日常的におきている。それが、外側のできごとで、アメリカの核の傘のなかで安寧が保たれていたときには、よかったのだが、その核の傘の信頼性がゆらぎ、さらに悪いことに、中国と朝鮮からの直接侵略の事実が明らかになるにつれて、忠誠を誓う相手としての国際社会に対する認識が変化してきた。平和憲法のいう「諸国民の公正と信義」を信頼できなくなってきた。決定的な出来事が、北朝鮮による拉致事件だった。拉致事件によって、日本人は、自分が人類に属しているのではなくて、日本人に所属しているのだという認識を強くしたと思う。
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