チベット蜂起支援・インスタント平和運動

 道路利権の温存のためには手段を選ばない、あるいはこの時期に日銀総裁人事を政局に利用する…与党も野党もない、こういう日本の政治家が、遠いチベットを親身に考えてくれるなんて期待は微塵ももてない。北鮮に拉致された自国民さえも放置して、仏壇に金の延べ棒を隠していたり、ハニートラップに引っかかった拉致議連会長たちが、遠いチベットの人権問題に力を貸してくれるなんて期待は、もちようがないのだ。
 既存の政治運動だって、大同小異だ。いまだに、赤い旗を手ばなせない、既成の平和運動や市民運動が、チベット問題にどう取りくむだろうかなんて予想は…テレビや新聞などのメディアの反応も、以下同文で、文章化する気力もわかない。まことに残念なことだが、これがこの国の現実だと思う。
 わたしは焼津と呼ぶ、静岡県の漁師町でうまれて育ったから、あの第五福竜丸事件を目の前にしながら生活してきた。学校や地域社会や職場や、いろんなところで直接、間接に、あの事件の片鱗に触れる機会がおおい環境ですごしてきた。政治と運動とメディアが、事件の周辺でなにをして、なにをしてこなかったのかは、結局、書かれず、話されず、公開されないままに、われわれの記憶から消えてしまうのだろうと思う。
 いまのままに事態が推移すれば、第五福竜丸事件とおなじように、チベット民族も、政治と運動とメディアにもてあそばれて、悲惨を放置されたまま病根を次世代に残して忘れ去られるのだろう。あるいは、北鮮の拉致事件も、外見はちがうが、本質的にはおなじだ。もうひとつ指摘しておきたいのだが、あの時…まだ敗戦や朝鮮戦争の記憶が生々しいいあのときに、こらえきれずに「反核」の声をあげたのは、政治でもなければ運動でもなければメディアでもなかった。米帝の威圧のまえで沈黙した政治や運動やメディアに代わって、東京で数人の主婦が、こらえきれずにあげた「核実験反対」の声は、しかし、運動家たちによって利用され、吸収されて、変質した。どう利用されて、どう取り込まれて、どうねじまがってしまったのかは…これも愚痴になるから、やめよう。「安らかにお眠りください。過ちはくりかえしません」なんて、主語が誰だかわかりもしない無責任な墓標のしたに沈黙させられた結果、またもやおなじ過ちがくりかえされたのだから。

 ただ、あの時とすこしだけちがうのは、わたしたちにはインターネットがある。杉並の主婦たちは、政治や運動やメディアの関心のなかでなければ、その主張を伝達できなかった。政治も、運動も、メディアも、自分の都合のいい部分だけを、あるいは都合のいいように変形して、主婦たちを利用した。そうしなければ、主婦たちの存在さえも知られることはなかったと思う。
 それに比べれば、いまのわたしたちには、ネットがある。もちろんこれはごく微力な、かぎられた言語空間ではあるが、直接、あなたに語りかけることができる。政治や運動やメディアを経由しないでも、不特定多数に発信できる手段だ。これを利用して、何かできることがないだろうかと考えた。
 今回のチベット蜂起の報道は、いろいろなところで、いろいろに報道されて、いろいろな人が解説したり、意見を表明している。ただ、いままでの戦争や紛争の報道とはちがって、この事件に関しては蜂起したチベットを批判する意見は皆無だ。ほぼ100%の日本人は、チベットに同情している。もちろん、その結果、嫌中感情がたかまる事態を懸念する人はいるんだろうが、だからといって、それが同情心を冷却させる効果にはなっていない。これほど日本人の意見が一致する外交問題や政治問題もすくないと思う。
 ほとんどの日本人が、チベットを支持している。ほとんどの日本人が、アメリカの核実験に反対していたのと似ている。なんとか、この意思表示を、ネットの外側に波及できないか。そう考えて、つぎのような提案をしたい。

① 胡錦濤の来日やオリンピック選手の選考会や壮行会など、メディアの被写体になる機会が増える。日の丸や五星旗に混じって、チベット国旗を振って、国民感情をアピールする。
② チベット国旗やダライラマの肖像をプリントしたTシャツを着る。
③ 車のリアウィンドウやバンパーにチベット国旗のシールを張る。

 なんてことはない、チベット国旗に感情を込めようというだけのことなんだが、これなら政治や既成の政治運動やメディアの助けを借りなくても…つまり、セミプロの手馴れた運動ではなくて、素人の素朴な意思表示として、きょうからできるのではないかと…賛同者はさっそくプリンターの電源を入れてもらいたい。そして、隣の友人に紹介してもらいたい。

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