真日本主義・天孫降臨と難民漂着

真日本主義・文明と文化」について
 日本と呼ぶ国家…そんなものが本当に存在するのか、どうかをふくめて議論しなければいけなくなる予感がするのだが、いまはそれはともかく日本と呼ぶ国家が成立する以前から、となりには中華文明が存在して、いろいろな影響をうけてきたことはまちがいない。同時に、影響をうけなかった部分もある。日本が、なにを受け入れて、なにを受け入れなかったのか。そしてまた、それが偶然、入ってきたり、入ってこなかったのか、それとも日本が意識的に受け入れたり、拒絶した結果なのかは、議論はされているが、結論はついていないようにみえる。
 その議論は、当然、中華文明と接触する以前の日本について、そういう民族の存在の虚実についても考えさせられる。日本民族の原型が、大陸からの渡来人だったとすれば、あらためて中華文明の吸収にはげむ必要はなかったと思う。風俗・習慣・宗教・神話・言語など、いろいろなものを手がかりに研究はすすんでいるのだが、最近なくなられた国語学者の大野晋先生の南インドのタミル語と日本語との関連などは、おおきな足跡だと思う。記紀に散見される大陸からの漂流民と思われる異国の神と通話できなかった記述は、当時すでに日本語は中国や朝鮮とは別の言語だったことをあらわしている。大陸に派遣された外交団には通訳がふくまれていたし、卑弥呼が送った使者も同様に直接会話は不能だったことからも、弥生人が中国語や朝鮮語を話していなかったのは確実だと思う。
 おなじレベルの推測だが、天照大神の孫の瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が高天原(たかまのはら)から日向(ひゅうが)高千穂峰に天降ったときには、会話に不自由していない。天孫族は渡来人よりも、言語的には近しい関係だったと思われる。そこからは、当然、弥生人がどこからやってきたのかの話題と、天孫民族がどこからやってきたのかの話題は、ひとつの話題なのか、それともふたつの別個の話題なのか議論につながる。

 〝やくもたつかむよ〟の話題はしかし、その根底に論者の政治思想や理念をはらんだ、超現代的な話題でもある。わたしは、日本民族を大陸民族ではない、海洋民族で、日本文化は海洋文化だと考えている。

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