「歴史修正主義の完敗」について

歴史修正主義の完敗」について
 地裁判決は下級審の結果にすぎない。おそらく、この裁判は最高裁にまでもつれこむ。判決文を読み込めば、出版当時の状況では、著述が不当とは言えないと書いている。判決は読み方によっては、大江健三郎が沖縄ノートを書いた昭和20年代に流通していた資料からは…それは不実だが、軍命令や指揮官の責任が書かれたのはやむおえなかったとも読みとれる。
 科学的な事件解明は、その後すすんで、無実を裏づける実証研究が主流になっている。文科省の教科書検定にも採用されている。事実としては不実だが、当時の状況としては、そう書いたことがかならずしも不当とはいえない、とも読める。したがって、おそらく控訴審でひっくり返るのだろうが、むしろこの判決の問題点は、判事の歴史認識が判決に与える影響だろう。裏がえせば、正反対の歴史認識をもった裁判官が正反対の判決を書くケースも、当然、予見できるわけで、この種の判断が影響する訴訟を提訴すること自体の危険性が話題になると思う。

この記事へのコメント

  • とおりすがり

    別にどっちだっていいんですが、しかし、判決骨子を読む限り歯切れが悪いですな。
    「推認」とか「信じる相当の理由」とか事実は不明ですと言っているようなものだし、あまつさえ
    「自決命令自体まで認定することは躊躇を禁じ得ない」ですし。
    一私人の意見ならともかく、司法の番人の結論がこれですか?という気分なのは私だけでしょうか。

    > 各書籍はもっぱら公益を図る目的で出版された
    > 集団自決には軍が深くかかわり、元隊長らの関与も十分推認できる
    > 書籍に記載された通りの自決命令自体まで認定することはちゅうちょを禁じ得ない
    > 自決命令があったと信じる相当の理由があり、元隊長らへの名誉棄損は成立しない
    2008年03月29日 23:00
  • じんけん

    この裁判おかしいでしょ?

    大江健三郎は直接、座間味、渡嘉敷、両島に入ってもいなければ、生存者や軍関係社、村民に対する援護法を行政化した役人、直接取材一切なし。

    その点を裁判社は認めていながら「強制があったと十分な状況証拠がある」?

    一体どこに?
    2008年03月31日 10:51

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