小泉首相の靖国参拝、偏狭な歴史認識があるかぎり、

 小泉首相の靖国参拝は人気取り、選挙対策であって、宗教的信念や英霊の慰霊ではない。代議士の盆踊りや秋祭りへの参加とおなじだ。もしも、真剣に国の尊厳を守るのなら、正々堂々と閣僚を引きつれて、政府と国民を代表して、正殿に昇殿し、その後、境内で記者会見をして、その信念を世界に向かって開陳するべきだと思う。『アヘン戦争以来の日本の近代史は、西欧の侵略主義との戦い、すなわち聖戦の歴史だった。自国の独立保全の戦いからはじまり、最後には植民地支配に苦しむ近隣友好民族の解放戦争だった。いくさに敗れて、理不尽な戦争裁判の結果、刑場のつゆとなったA級戦犯の人たちをふくめて、そのこころざしは人類史のうえに燦然と輝いており、1960年に独立したアフリカの多くの国々、東南アジアの諸国の独立、さらには、現在の我が国の繁栄のいしずえを築いた。』というような、挨拶が適当だと思う。
 「心ならずも戦場におもむき…」なんていう発言は、自分の意思で志願した英霊を侮辱している。批判を気にした臆病は、選挙後に郵政賛成に変節した代議士と同質で、軽くて離党勧告だ。
 行かないよりはよかったなんて評価も、三歳児の“はじめてのお使い”のレベルの評価だ。

 それにしても、政治的にみれば、日本にしても東北アジア三国にしても、これは外交問題とはほど遠い、それぞれの国の純粋な国内問題だと思う。19世紀以降の人類史に残した、日本の近代の影響については、これを正当に評価できないのは、日本をふくむ東北アジアの人たちだけだと思う。この偏狭な歴史認識があるかぎり、この問題は解決することはない。
 日本以外の国では、さしあたって、対応を間違えれば不満分子の隠れみのに利用されそうだが、それはかならずしも、日本にとっては困った事態ではない。この地域の民主主義の発展の一助になるのなら、利用してもらってもいいと思う。尊皇攘夷ではじまった明治維新が、終わってみれば文明開化の時代をつくったように、反日ではじまった反政府運動が、終わってみれば、友好的な民主主義政府をつくる可能性は、あると思う。くさいものにふたをするようなことはせずに、おおいに議論するのが、解決への近道だと思う。その過程での反日デモや、一時的な外交関係の悪化は、この地域の住民がはしかにかかったようなものだと、泰然とかまえるしかない

この記事へのコメント


この記事へのトラックバック

小泉首相、靖国神社を参拝:靖国解散したら?
Excerpt:
Weblog: おとうさん魂の叫び!
Tracked: 2005-10-18 06:07

小泉首相、靖国神社を参拝:靖国解散したら?
Excerpt:
Weblog: おとうさん魂の叫び!
Tracked: 2005-10-18 06:12

ひと味違っている靖国参拝
Excerpt:  今日の靖国参拝はひと味違っているように思う。  本日午前、小泉総理が靖国神社を
Weblog: ちょっと一言
Tracked: 2005-10-18 10:06

靖国参拝
Excerpt: 小泉首相が参拝した。 一般国民の立場で、参拝
Weblog: 空を飛べないdanbo
Tracked: 2005-10-18 22:12

小泉さんなにやってんの。
Excerpt: 今日(2005年10月17日)のトップ・ニュースは、やはり 小泉首相の靖国神社参拝でしょうか。
Weblog: みはいる・BのB
Tracked: 2005-10-19 00:54