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zoom RSS 憲法は日本人同士を結びつける“絆”ではない。むしろ“呪い”の文章…呪文では?

<<   作成日時 : 2015/07/17 10:16   >>

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日航ハイジャック事件と安保法制」について

 人間社会の根源には神様との約束があって、人間と神様が交わした約束が宗教のはじまりだ。キリスト教も、ユダヤ教も、イスラムも、儒教も、仏教も、そこのところはおなじだ。その聖書や経典の周辺に憲法があって、これは国民と政治が交わした約束で、憲法から派生した約束としての法律が立法と行政と司法を拘束する。この立憲デモクラシーの概念が、敗戦国の日本に強制されて戦後の平和国家として日本がつくられてきた。
 キリスト教徒だった占領軍は、これで完成したと思った。自分たちが神様と人間の約束を前提にしているように、日本人も神様との約束があるだろうと誤解してたのだな。ところが日本人は、神様と、なんの約束もしてはいない。人間同士は、薄束を交わすが、神様とは約束はしない。それが日本の民族宗教だ。あるいは神道は宗教ではないといわれる理由だろう。
 平和憲法は神様との約束の付属文章ではない。むしろ異教徒としての占領軍に強制された約束なんだな。ここのところがアメリカの憲法と日本の憲法のちがいだ。憲法は日本人同士を結びつける“絆”ではない。というより、むしろ日本と呼ぶ民族国家にかけられた“呪い”の文章…呪文ではないだろうか?

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憲法より大切なところに国民の安全がある。この原理原則を立憲民主主義は忘れている。
「憲法は日本人同士を結びつける“絆”ではない。むしろ“呪い”の文章…呪文では? 」について  立憲デモクラシーの会の憲法学者たちは、安倍さんの安保法制を憲法違反だという。わたしも、これは憲法違反だと思う。おそらく、安倍さん自身も憲法違反だと思ってるだろう。  憲法違反だから廃案にすべきだと学者は言うが、そこからがちょっとちがう。安全保障政策の目的は国家や国民の安全だろう。憲法違反でも国民の生命財産は守らねばならない。憲法を守って平和が守れなければ憲法は平和憲法ではない。侵略憲法だ。 ... ...続きを見る
罵愚と話そう「日本からの発言」
2015/07/17 17:11

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