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zoom RSS 日本民族は歴史的使命を背負ってるのかもしれない。

<<   作成日時 : 2015/05/05 06:10   >>

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 芸術や文学に虚構がふくまれるのは許容されても、科学は事実に立脚しなければならないとしたら、歴史は科学と呼べるのだろうか? ナチス・ドイツはともかく、日本の大東亜戦争に関するかぎり歴史の総括がまちがいだらけなことは、いまや常識だ。事実とはかけ離れたおとぎ話で世界中の歴史教科書が記述されている。
 その事実認識をまちがえた歴史観のうえに、戦後の国際社会、国際連合、外交関係、国際平和は構築されてきた。それがどんな惨劇かというと、戦後起きた戦争や紛争…冷戦、支那の国共内戦、ベルリンの壁、数次の中東戦争、数えきれないほどの核実験、朝鮮戦争、ヴェトナム戦争、キューバ革命、天安門事件、アパルトヘイトなど書ききれないほどの悲劇の連続だった。これらの紛争と戦争の原因こそが日本の大東亜戦争の戦争目的と開戦理由だった。
 日本が負けたからこそ、これらの悲劇の原因は追究されないで、放置されて、くりかえされてきた。戦争の勝敗と事実の解明は別次元だ。正しい主張は貫き通して、理解されるべきだという主張は、また負けるかもしれない戦争を覚悟しなければならない。

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