ごあいさつ

アクセスカウンタ

zoom RSS この革命思想から生まれた平和だけが平和主義だと教える平和教育の結果、日本人でさえ…

<<   作成日時 : 2015/03/12 10:55   >>

トラックバック 1 / コメント 0

宗教とその異形としての革命思想、」について

 日本人は祖先を追慕してお寺参りをし、ハレの日には神社に参拝する。祖霊祭祀と神社祭祀のちがいは父母への追慕と、日常生活の安寧を祈願のちがいと考えられるが、その中間としての開祖の宗旨への帰依や、講話を謹聴するなど、個人の行動や内心では混濁している。さらには強固な宗教的信念にいたる人もいる。
 ここでわたしが説明してるのは、そうして、ふたつの宗教的観念や行動が分化した結果、その分化にともなって権力移譲の原理が血筋の論理だけではなく、神意にもとづく政権交代の論理…革命思想が生まれた事実だ。徳を失った先帝を有徳の新帝が倒す…革命の論理は、反逆を革命と呼び変えて正当化するのに使われた。宗教が神意と呼んだものを運動家は思想と呼ぶようになって、市民革命や独立戦争利用された。
 この革命思想から生まれた平和だけが平和主義だと教える平和教育の結果、日本人でさえも神武思想にもとづく平和主義を忘れている。宗教対立、思想対立でしか戦争を説明できない平和主義だな。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
運動部の部室にかかげられた「文武両道」の額縁の生まれた背景
「この革命思想から生まれた平和だけが平和主義だと教える平和教育の結果、日本人でさえ…」について  徳を失った皇帝の王朝は命脈がつき、有徳の君子に天命がくだって易姓革命が起きるのが支那の王朝交代の仕組みだ。皇帝の血縁関係は絶たれるから原始宗教の祖先崇拝の論理は消える。天帝と皇帝のあいだに血縁関係はない。天帝と皇帝のあいだを結ぶのは道教や儒教にもとづく徳治主義の思想だ。皇帝は有徳の君子であらねばならない。  うらがえすと、天帝が「この皇帝は徳が薄い」と思いだせば、皇帝のイスはひっくり返る... ...続きを見る
罵愚と話そう「日本からの発言」
2015/03/13 05:25

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
この革命思想から生まれた平和だけが平和主義だと教える平和教育の結果、日本人でさえ… ごあいさつ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる