ごあいさつ

アクセスカウンタ

zoom RSS ひとりひとりが自分の心を天皇の心とおなじにして、同体の意識のなかで暮らすのが幸福なのだ。

<<   作成日時 : 2015/03/26 06:05   >>

トラックバック 1 / コメント 0

もとの、むかしの、ほんらいの日本に帰ろう」について

 戦後70年日教組教育のなかで皇室の伝統は日本文化の担い手であって、皇室は武道とは無縁であると教えられてきた。政治的権力も覇者に移譲されて、皇室は権威だけを守っておられる。文と武をならべれば、皇室は文をになわれて武は遠ざける。権威と権力をならべれば、皇室は権威の象徴であり、権力に興味をしめさない。平和の象徴とされてきた。
 権力や武力を超越したところに皇室が存在するとのイメージは、しかし誤解である。国民の頂点に皇室があるとのヒエラルキーの概念はまちがっている。それは古くは支那から儒教にまぎれて、あたらしくはアメリカから民主主義にまぎれて入り込んだ“から心”だ。権力や武力は皇室の外側にあって、皇室を威嚇する存在であってはならない。とりわけ、武力は、むしろ玉座の直近にあって、つねに皇室をお守りする。まさしく「大君おおきみの 辺へにこそ死しなめ」の君臣同体が“やまと心”だ。
 日本人は、ひとりひとりが自分の心を天皇の心とおなじにして、同体の意識のなかで暮らすのが幸福なのだ。そのためには文武両道を身につけて励むのだが、とりわけ武は玉座の守りをほんらいとするものだ。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
日本の武は皇室そのものなのだ。いちどとして皇室を裏切ったことはない。
「ひとりひとりが自分の心を天皇の心とおなじにして、同体の意識のなかで暮らすのが幸福なのだ。」について  覇権は暴虐に変わり、徳政は酷政に変わる。革命の起きた理由だ。革命によって覇権を手に入れたものは、革命によって奪われるのを恐れて、文治政策をとる。文と武の分割統治だな。おなじような理由で、三権を分立し、地方に分権し、政教を分離し、学問や報道を独立させる。権力を頂点にして、分割統治して、不満分子が革命勢力に育つのを阻止する。その努力もむなしく、一度、革命を経験した社会は、これをくりかえす... ...続きを見る
罵愚と話そう「日本からの発言」
2015/03/26 11:51

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
ひとりひとりが自分の心を天皇の心とおなじにして、同体の意識のなかで暮らすのが幸福なのだ。 ごあいさつ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる