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zoom RSS 三原じゅん子の「八紘一宇」が飛び出したのは偶然だった

<<   作成日時 : 2015/03/21 04:34   >>

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時代は『国学 Ver2』の誕生を待っている、日本も世界も人類も…」について

「いま自分たちが信じている正義…徳・恕・仁は、自分の真意ではない。日本の価値観のルーツはなんだろうか? 」の疑問から乳児期の記憶をたどるようにして古事記、日本書紀、万葉集を研究して古代日本人の真情にたどりついたのが国学だった。近世の日本文化から道教・儒教・仏教の影響など“から心”をとり除いたときに中心部分に残る“やまと心”の発見だった。
 そしていま、かつての“から心”とおなじように、日本人社会をむしばんでいるのが「国連中心主義」とでも呼ぶようなグローバルスタンダードだ。大東亜戦争の敗戦、東京裁判、戦後改革、日米安保体制などの戦後体制のなかで日本人は“やまと心”を忘れ、かつての“から心”とおなじようにグローバルスタンダードに心酔している。
 わたしがこの一連の投稿…スレッド、を書きはじめたのは3月10日のことだった。その後、国会では安保法制の議論がはじまり、16日の参院予算委で自民党の三原じゅん子議員の「八紘一宇」が飛び出したのは偶然だった。でも、どこかで日本は“から心”としてのシビリアンコントロールに対して“やまと心”として『神武の理念』に気づきはじめているんだろうか?

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三原じゅん子の八紘一宇への拒否感、嫌悪感の原因
「三原じゅん子の「八紘一宇」が飛び出したのは偶然だった」について  かつて日本人の価値観をおおっていた道教・儒教・仏教の影響をとりはらったときに、そのなかから“やまと心”がでてきたように、いまの日本をおおっているのは西欧の近代主義だ。グローバルスタンダードと呼んでもいい。それは幕末、明治維新からはじまり、敗戦を経て、現在につながっている。日本はかつて道教・儒教・仏教をうやまったように、近代西欧文明を大切にしてきた。そのくびきのなかでがんじがらめにされて、からめ捕られてしまったのが大東亜... ...続きを見る
罵愚と話そう「日本からの発言」
2015/03/21 05:48

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