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zoom RSS 長いあいだ、神武の理念は歴史から消滅していた。

<<   作成日時 : 2015/03/19 16:20   >>

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ハンチントンは文明の衝突を予想したが、回避策や解決策を示せなかった。」について

 ここらでひとつ中間的結論めいたものを書いておきたいのだが、太古のむかし戦争に正邪の区別はなかった。アフリカで誕生した人類のなかから百人ほどの人々が飛び出したときは大自然が相手だったから侵略の意識は、もちろんなかった。国史のなかでは日本武尊の熊襲退治や神武天皇の東征も善悪の観念の外側のできごととして語られている。ところが大化の改新になると、ここでははっきりと反逆者の粛清として語られている。
 十字軍遠征は宗教戦争だが、彼我双方から自分を正当化した侵略戦争と防衛戦争だと認識されているのに、それが終わろうとした時期のアジアや新大陸の植民地化や奴隷狩りにはヨーロッパのキリスト教徒は侵略の意識がなかった。メイフラワーの乗客たちにも侵略の意識はない。そうしてつくった国だからこそ、インデアンの討伐戦になると、むしろ防衛戦争の意識で戦っている。
 あまりに長いあいだ戦争を反逆や侵略と、それに対抗する防衛戦争の二項対立の概念で説明してきたので、それがなかった時代を人類は忘れてしまっていた。おそらく、唯一それに気がついて、それに支那の儒教の神武の名称を借りてきて、つけたのが日本人だったと思う。

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時代は『国学 Ver2』の誕生を待っている、日本も世界も人類も…
「長いあいだ、神武の理念は歴史から消滅していた。」について  どうして日本人が、正邪を超越した戦争が原始的な戦争形態だったと気づいたのかといえば、それは、それが国学の勃興の起源だったからだ。支那大陸からの文化的影響がなかった時代の、ありのままの日本文化があったのではないか? の仮説が日本人自身のなかから生まれ、古事記、日本書紀、万葉集の研究をとおして、道教、儒教、仏教の影響がなかった時代の日本文明を発見した。それが国学だな。  国学をとおして、日本人は皇室の権威を再認識し、支那や朝鮮... ...続きを見る
罵愚と話そう「日本からの発言」
2015/03/19 16:50

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