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zoom RSS 神武の論理は戦後忘れ去られている。

<<   作成日時 : 2015/03/15 17:26   >>

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70年間のアメリカによる占領、属国化のなかで、いまでもこの国は神国と呼べるのか?」について

 この支那の徳治主義に対して、日本にはそれとはまったくちがう神武の国家倫理があるとする考え方は、近世の国学の勃興期に生まれた。この国学に関して、儒学や道教や仏教を知るまえの日本の価値観にもどろうとしたところから、易姓革命を経験しない日本の皇室中心の価値観だと説明されて、それの武力や軍隊に対す考え方が支那やヨーロッパのそれとは基本的に異質だという事実は、戦後の日教組教育のなかでは教えられることはなかった。
 その理由が戦前の教育への反感なのか、日教組かぶれの教師の知識がなかったのか、その理由は判然としないが、サヨクにかぎらず、保守のなかでも忘れられた事実だと思う。

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日本人だけが、かつて大海を見た経験があるのだが、その記憶を失っているのだ。
「神武の論理は戦後忘れ去られている。」について  思えば王朝交代がなかったことが、日本を日本たらしめている唯一無二の特徴だという考え方は、なかば常識化していて、人びとはそこからさきを考えてみなかった。それが日本の特徴だとは知っていても、その特徴がどういう影響や結果を生みだしたものかを議論してこなかった。どういう倫理構造をもっていて、国際社会の常識とどこがちがっているのかは考えなかった。その議論が近世の国学者のなかにあった歴的事実さえも記憶から消えていた。  たとえば国防・安全保障・世... ...続きを見る
罵愚と話そう「日本からの発言」
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