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zoom RSS 70年間のアメリカによる占領、属国化のなかで、いまでもこの国は神国と呼べるのか?

<<   作成日時 : 2015/03/15 06:21   >>

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日本の武は神格化された天皇と一体だから、武力は天皇の分身である。」について

 この、王朝交代がなかった歴史空間について、それが日本の特徴だという指摘はありふれた歴史認識だ。戦後売国サヨクでさえも、ときにふれては「日本は革命を経験してないから」とか「皇室に支配されて」とかいう。問題は、その特徴が日本民族にどんな影響をあたえているのか、あるいはいまでも…いまでもというのは敗戦の経験、実質的には70年間のアメリカによる占領、属国化のなかで、いまでもこの国は神国と呼べるのか? の問いかけである。
 皇室支配の歴史のなかでも、政権の交代はあった。権力の争奪戦は常時行われていて、ときには武士が、ときには貴族が、そしていまは政党が権力をふるっている。もっと露骨にいえば国会議事堂はアメポチと支那犬の闘犬場だ。選挙は競馬の場外券売り場だ。勅意をまたない自衛隊なんて、山賊、海賊、ISILと変わらない。ほんらい日本の武力は皇室の御楯であるべきだからだ。
 変わったのは権力は交代しても、それを勅許されることが当然と考えるかどうかだな。勅許をえて、権力が移譲されるのか、選挙結果を天皇が追認するのか、されないときには皇室を守る覚悟があるのかどうかだな。

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神武の論理は戦後忘れ去られている。
「70年間のアメリカによる占領、属国化のなかで、いまでもこの国は神国と呼べるのか?」について  この支那の徳治主義に対して、日本にはそれとはまったくちがう神武の国家倫理があるとする考え方は、近世の国学の勃興期に生まれた。この国学に関して、儒学や道教や仏教を知るまえの日本の価値観にもどろうとしたところから、易姓革命を経験しない日本の皇室中心の価値観だと説明されて、それの武力や軍隊に対す考え方が支那やヨーロッパのそれとは基本的に異質だという事実は、戦後の日教組教育のなかでは教えられることは... ...続きを見る
罵愚と話そう「日本からの発言」
2015/03/15 17:26

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