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zoom RSS 日本の武は神格化された天皇と一体だから、武力は天皇の分身である。

<<   作成日時 : 2015/03/13 11:23   >>

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政治がつねに軍隊をコントロールする、シビリアンコントロールの必要性」について

 ところが日本の場合、事情がまったくちがう。最初の王朝建設のところまで、リーダーがみずから刀を振るって戦って、正義の戦いを勝ち抜いたのはおなじで、だからこそ武力の正当性を主張し、その功績を子孫がたたえ、その血筋を子孫の統治権の理由とした。そして、その後の王朝交代がなかったので、革命思想が生まれることがなかった。徳治主義は理念として受けいれられたが、武が文にコントロールされる必要はなかった。武は天皇のそなえた神性の主要部分としてあがめられてきた。神のもつ神聖領域としての武力を日本人は尊重してきた。神は武をもって文民を統治してきた。これが日本の統治思想で、だからこそ第一代の天皇は神武天皇なのだ。
 ひとつ、あらかじめ説明しておくが、この日本の神武の論理は儒教が説くところのそれとはちがう。儒教の神武は「神さまの統率する軍隊は人を殺さない」という説明だから、日本のそれとは正反対になる。
 日本の武は神格化された天皇と一体だから、武力は天皇の分身である。外国では革命で達成される政変を、日本では天皇がみずから断行する。三韓征伐であり、大化の改新であり、明治維新であり、終戦の詔勅である。神武にもとづく御聖断には臣民はつきしたがう。それが、もののふの道、武道だ。

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70年間のアメリカによる占領、属国化のなかで、いまでもこの国は神国と呼べるのか?
「日本の武は神格化された天皇と一体だから、武力は天皇の分身である。」について  この、王朝交代がなかった歴史空間について、それが日本の特徴だという指摘はありふれた歴史認識だ。戦後売国サヨクでさえも、ときにふれては「日本は革命を経験してないから」とか「皇室に支配されて」とかいう。問題は、その特徴が日本民族にどんな影響をあたえているのか、あるいはいまでも…いまでもというのは敗戦の経験、実質的には70年間のアメリカによる占領、属国化のなかで、いまでもこの国は神国と呼べるのか? の問いかけであ... ...続きを見る
罵愚と話そう「日本からの発言」
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