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zoom RSS 運動部の部室にかかげられた「文武両道」の額縁の生まれた背景

<<   作成日時 : 2015/03/13 05:25   >>

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この革命思想から生まれた平和だけが平和主義だと教える平和教育の結果、日本人でさえ…」について

 徳を失った皇帝の王朝は命脈がつき、有徳の君子に天命がくだって易姓革命が起きるのが支那の王朝交代の仕組みだ。皇帝の血縁関係は絶たれるから原始宗教の祖先崇拝の論理は消える。天帝と皇帝のあいだに血縁関係はない。天帝と皇帝のあいだを結ぶのは道教や儒教にもとづく徳治主義の思想だ。皇帝は有徳の君子であらねばならない。
 うらがえすと、天帝が「この皇帝は徳が薄い」と思いだせば、皇帝のイスはひっくり返る。いつひっくり返るかと心配になれば、それに備えて武備を厚くする。しかし、その軍隊がまた、あたらしい君子に率いられた神軍で、革命の火元かもしれない。そうならないためにも、軍隊はつねに君子によって制御されていなければならない。文武両道をかねそなえる理想とはいっても、武は文によってコントロールされる関係、文に従属する武であらざるをえない。
 それは集団としての軍隊と政府の位置関係、あるいは軍隊内部の上下関係だけではなく、個人内部の人格形成においても文は武に優先する価値観に支配されていて、このイメージが儒教を通して日本人にも移入されていた。
 運動部の部室にかかげられた「文武両道」の額縁の生まれた背景だ。

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政治がつねに軍隊をコントロールする、シビリアンコントロールの必要性
「運動部の部室にかかげられた「文武両道」の額縁の生まれた背景」について  易姓革命から自身を保護する必要から、支那の皇帝は人格形成につとめ、徳をたくわえて、国家を徳治しなければならなかった。配下の文武百官も文を優先し、武を従属させながら修養につとめた。文武両道は文が優先で、武は従属していた。  まったくおなじように、天帝に代わりに神様や法王が王様を任命する仕組みはヨーロッパにも生まれた。ヨーロッパはもともとローマの植民地として発展し、宗主国のローマがキリスト教に教化されて、神聖ローマ... ...続きを見る
罵愚と話そう「日本からの発言」
2015/03/13 06:02

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