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zoom RSS 【平成維新】ひとりの男が自分の才覚で就職して、家族を養わなければならない時代

<<   作成日時 : 2015/02/02 04:22   >>

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【平成維新】フランシス・福山の歴史の終わりとハンチントンの文明の衝突、いずれも…」について

 ひとりの男が自分の才覚で就職して、家族を養わなければならない時代はいつからはじまったのだろうか? 徳川時代の侍は、黙っていても家禄がもらえたから自分の才覚は副次的な要素だった。隠居しても息子の扶養をうけるのは、守ってきた家禄を譲ったのだから当然の権利だった。百姓は黙っていても田畑がもらえて、耕していれば生活ができた。隠居して老後が安心なのは、守ってきた田畑を息子のゆずったのだから当然だった。商人や職人も、大同小異で、親の身上を受け継いで、息子にゆずって隠居した。
 個人、個人が各自別個に就職先を自分の才覚で探さなければならなくなったのは、おそらく明治新政府のお役人が最初だろう。しかもそれは一代限りで、息子は、また最初からやりなおしで、自分の職業は自分で探さなければならない。その過酷な状況が、民営企業のサラリーマンにも伝播して、いまでは、それが普通になっている。
 それでも農家や商人は、2,30年前までは、息子にあとを継がせていた。農家にあととりがいなくなって、商店街がシャッター街になって、ほとんどの人が孤立無援の生涯を送らねばならない社会になった。いまではそれが当然で、不幸だとも思わなくなった。

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