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<<   作成日時 : 2015/01/29 04:03   >>

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【平成維新】フランシス・福山の歴史の終わりとハンチントンの文明の衝突、いずれも…」について

 維新と革命はちがう。支那の易姓革命やヨーロッパの市民革命は支配者としての王様の首をちょん切って、あたらしい権力者が誕生する。日本の明治維新も武士の支配権力を倒すところまではおなじだが、いったんそれを天皇に返却する。大政奉還だな。大化の改新もおなじようなシナリオだった。
 神さまは天国から地上をながめていて、人間社会が困窮すると支配者を交代させて、あたらしい政治体制をつくるのが支那やヨーロッパのやりかただ。日本の権力交代は神様の代わりを天皇がつとめる。天皇は神様からこの国の支配をまかされているって、民族神話に書いてあるし、国民はみんな天皇家の分家だから理屈でなく、もって生まれた感覚でそれが信じられる。
 いままでのものとちがう、あたらしい構造ではなく、いったん最初の伝統的なスタイルにたちもどってみるのは伊勢の遷宮とおなじ、民族のDNAに組み込まれた思考回路らしい。ただし、それは進化や進歩や、外来の文物をうけいれない閉鎖的な構造ではない。内外の刺激に敏感に反応する、みずみずしい精神ももちあわせているものである。

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【平成維新】いま日本は近代のなかにいる。
「「【平成維新】維新と革命、日本のスタイル、」について  支那の儒教も、インドの仏教も積極的に受けいれられてきた。そのつど日本人社会は劇的に変化した。劇的に変化しつつも本質的な基層部分は変化しないで残ってきた。天皇が支配する神の国の基盤のうえに儒教や仏教が栄えた。それが誕生した故郷では消滅した儒教や仏教の書物が日本には残っており、さらに研究が進んで、いまでは向こうから研究者がやってくるほどだ。  儒教や仏教の代わりに“民主主義”支那やインドの代わりに欧米を代入して日本の近代がつくられ... ...続きを見る
罵愚と話そう「日本からの発言」
2015/01/29 04:37

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