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zoom RSS “戦後民主主義”、“戦後保守”、“戦後左翼”

<<   作成日時 : 2014/12/11 14:05   >>

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このアメリカンタイプの、底抜けに明るい民主主義には、わたしはいまでも魅力を感じている。」について

 戦後民主主義の中核にある自由・人権の価値観について、冷戦中、左翼からは、アメリカ帝国主義はウソをついている、共産圏のなかにこそ真実の民主主義があると攻撃されてきた。ベルリンの壁がこわれて、そこから見えてきた真実は、いまさら説明する必要はない。おおくの左翼革命家たちは面目を失い、社会党は崩壊した。失墜した社会主義は民主党に逃げこんだ。民主党の政治的DNAは旧社会党のそれであって、いまでもそれは変わらない。今週末の選挙結果で70議席ほどの微増が予想されているが、そのボリューム感とともに、ますます社会党らしさをとり戻すだろう。すなわち、また、この国のオジャマ虫になる。
 いっぽうで戦後のほとんどの期間、政権をになってきた自民党だが、こちらも日本の保守主義と呼ぶにはほど遠い存在で、東京裁判史観を否定しないアメポチ保守だった。明治維新以来の、欧米の侵略的帝国主義と対峙した日本外交の栄光なんてものに興味をもつ自民党代議士はいなかった。いてもごく少数だった。圧倒的多数の自民党代議士は近隣アジアへの戦後補償やODAのバックマージンにむらがったり、土建業者からの裏金で稼いだいた。金権腐敗の利権政治家が自民党の保守政治家の実態だったといって過言ではない。
 総括すると、戦後体制とは『保守 Vs 革新』の構図で説明されることが多いのだが、その実態は保守とは名ばかりの利権屋集団と社会主義に祖国を売りわたすのが目的の社会主義者だった。そして、両者が共有するのが東京裁判史観だ。欧米がつくった国際平和を破壊した日独の国家主義の歴史認識だ。日本の戦争目的は国際平和の破壊だったという認識だ。日本の近代史は犯罪国家の歴史だったという懺悔の歴史認識だ。戦後保守も戦後左翼も、この歴史認識では一致して、共有していた。
 したがって、アメリカから押し戴いた戦後民主主義の、とりわけ民主主義と呼ぶ理念については、戦前の日本にはなかった、戦後あらたにアメリカからのプレゼントだったという誤解を疑うことはなかった。そんなことはない。むしろ民主主義の理想こそが、日本が欧米の帝国主義と戦わなければならなかった、戦争原因だし、戦争目的だったという、わたしの主張は、まともに取り合ってもらえることはなかった。

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「“戦後民主主義”、“戦後保守”、“戦後左翼”」について  「欧米のつくった国際平和を打ちこわした日本の侵略戦争」というのが、戦争中から現在につづく日本の原罪だ。しかし、その欧米の国際平和とは、戦場となった地域は欧米の植民地だった事実をみてみれば容易にわかるとおり、植民地支配と人種差別のことだった。欧米の植民地支配と人種的偏見に異議をとなえた日本の主張を、連合国は「欧米のつくった国際平和を打ちこわした日本の侵略戦争」と表現しているのだ。  日本史と世界史をつきあわせてみれば、19世紀... ...続きを見る
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