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「格差はいけない」「格差が国民を不幸にしている」という意見は、政治や行政やメディアや福祉現場や市民活動から洪水のようにアナウンスされて、刷り込まれてしまって、当然の前提として定着してしまっている。むしろ、あらためて「格差とは何か?」「格差のなにがいけないのか?」の質問には、だれも答えられないし、答えようともしない。 ちょっとふりかえってみると、ほんの数年前までは差別がいけないとか貧困がいけないと言われてきたわけだ。政策の呼び方だって貧困対策だとか同和事業とか男女共同参画と呼ばれていたときのターゲットは差別や貧困だった。わずか3年ほどのあいだにそれが“格差”にかわって、違和感をもたずにそれに慣れてしまった。あらためて「格差となんだ? 」と聞かれて、差別や貧困とのちがいやそれがなぜ格差といい変えられてしまったのかを説明できない。 |
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