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安全だ、安全だというけれど原子力に絶対の安全なんて、あるはずがないと、おおくの人々は感じていた。起きてみれば、なんともお粗末な…学問も技術も行政も政治も、安全とはかけ離れた、お粗末な実態だった。いまさら言ってもはじまらない愚痴ではあるが、むしろ、専門家と呼ばれる人たちが、その実態を直視することを恐れて安全神話のスカートのなかにもぐっていたのではないか。 そしてまったくおなじような構造がもうひとつ想像できる。自衛隊が強いからとか、アメリカが守ってくれるかとか、支那や朝鮮に害意がないからとか、いろいろな理由がつけられているこの国の安全保障だ。もともとの出発点は平和憲法の「諸国民の公正と信義に信頼」している文章だ。そんなことは、ありっこない。日本海は危険が充満していると、ウスウス感じながらその実態を直視しないで民主党に政権をまかせている。 |
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