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<<   作成日時 : 2008/08/17 17:33   >>

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朝日は沈む・東条英機の直筆メモ」について
 昭和軍閥の所業や軍国主義の横暴や政治家たちのあやまった政策判断や国際法違反を弁護しようとは、けっして思わない。それらの多くは、日本国内の問題であって、たとえ占領中であるとはいえ、戦勝国による内政干渉の国際法違反は、きびしく批判されていい。東条英機に代表されるいわゆるA級戦犯について、かれらの犯した国際法違反だけが国際軍事法廷が所管するべきであって、事後法による内政干渉に拒否反応を示すのは、日本人として、むしろ正当な態度だと思う。
 東京裁判の判決のなかの、国際軍事法廷として正当な判決の部分と、違法な内政干渉の部分を分離して、たとえおなじ判決文になるとしても、日本の国内で結論を出すべき問題はあったと思う。日本国民としての怠慢を棚上げにして、戦勝国の判決文を根拠にしたA級戦犯批判を素直には聞けない。
 そのうえで、東条英機の個人的資質についてすこしだけ弁護すれば、几帳面で生真面目で官僚的だったという。部下や周囲に対して、細かい配慮が行届く性格だったともいう。それが昭和天皇の信頼をえた理由でもあったし、今回のメモを残した原因でもあった。そして裁判での検事側のあげる訴因に対して、生真面目で論理的で、しっかりとした証拠でかためた抗弁が可能になったものだと思う。かれの自殺の失敗も、この記録を残すための神の配慮のような気がしてくる。
 裁判記録を読めば、開戦理由や戦争目的について、日本の正当性を、思う存分に開陳している。判決は無法にもそれをことごとく無視しているが、それでも記録は残された。検察と弁護人の論争と、判決文とのあいだには、とてつもなくおおきな不合理がある。それは記録を読めば、一目瞭然として目に入ってくる。したがって、戦後平和主義は東京裁判の判決文をその主張の根拠として採用するが、裁判で争われた争点や論争にはかかわらない。8月15日の天声人語が、その典型例だ。ここでは、『この期に及んで戦争を正当化するメモは、戦後の感覚からは読むに堪えない』として、判決がつくった戦後の感覚≠判断基準にしていて、その裁判の正当性にまでさかのぼろうとはしていない。戦後平和主義とは、つまり横着者の平和主義と呼んでいい。「安らかにお眠りください。あやまちは繰り返しませんから」の横着にも通じている。
 きょう、17日のサンプロではじめてA級分祀論をおおやけにした古賀誠元遺族会会長がその根拠にしていたのも、おなじ戦後の感覚≠セった。遺族の特権にあぐらをかいて、まちがった歴史認識で英霊を冒涜する遺族会幹部の存在にも困ったものだと思う。「靖国で会おう」と誓って散華した英霊たちの信じていた歴史認識ぐらいは、遺族として理解する…理解できないにしても、読んでみるぐらいのことはするべきだと思う。親父の遺言を読まずに遺産争いに興ずるバカ息子にみえた。

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*自由の翼*ITUKYUU
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内 容 ニックネーム/日時
では、当時の感覚の、しかも東条英機本人の感覚で主張してもいいですか?

実は東条英機は靖国神社にはいりたくないいと思っていた。

理由1、岩手県民だから
 英機の人生は、父英教の屈辱を晴らすことが原動力になっていた。東京出身の英機だが、当時は父かたの出身地で出身を分類していたので英機は父から旧南部藩士としての意識を徹底させられていた。毎年の岩手県人会の会合にも必ず出席していた。原敬や新渡戸稲造とも面識があった。彼らの思いは一つ、戊辰戦争の屈辱を晴らすことだった。靖国神社は戊辰戦争の招魂社であり、当時から岩手県人にとって靖国神社は複雑な思いを抱かせる場所だった。英機は父英教にならって靖国神社にはアンビバレンツな感情をもっていた。

理由2、戦士では無いから
 1の理由から、英機は靖国神社が戊辰戦争の招魂社であり、明治天皇以後の天皇のために戦死した兵士を祭る場所であることに拘っていた。将官となり首相となった英機は最早兵士ではなく、仮に戦争に敗れて戦犯の汚名をきたとしても戦死者ではない自分が靖国神社にまつられるのは筋が通らないと考えていた。堅物の英機らしい理屈。

首相就任後、当時の岩手日報に寄せた紀行文や岩手県人会での発言、本人の手記などから、英機の靖国神社観が伺い知れます

同様の態度は板垣征四郎にもみられます。

小沢一郎のA級戦犯分祀にはこのような背景があります。
東条英機は靖国神社に背を向けていた
2009/09/28 22:18
 戦犯の合祀は、遺族の困窮をみるにみかねた国民的同情による軍人恩給の支給の結果の、グリコのおまけみたいなものだった。本題のキャラメルは食べ終わってしまって、おまけのA級合祀に高値がついたテレビのおたから番組にもにた話題だ。
 したがって処刑の瞬間まで、東条自身は自分が靖国にまつられる想像も予感もなかったとおもう。ましてや、維新の戦乱の恩讐を理由に「靖国神社にはアンビバレンツな感情をもっていた」将軍なんて…
罵愚
2009/09/29 07:34

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