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「真日本主義・近代との遭遇」について 近現代の日本外交を一貫してつらぬいてきたのは、国際法遵守の基本方針だった。とりわけ、その基本理念への忠誠は、この国の外交の基本だったと思う。もちろん時代は現代ではなく、近代だったから、国際社会を規制していたグローバルスタンダードは、帝国主義だった。地球を動かしていたのは西欧の列強であって、植民地支配されていた有色人種は主権国家さえまれだった。 そういうなかで、まがりなりにも…不平等条約ながらも、アメリカと平和条約を交わして、日本は国際社会にデビューした。独立した主権国家としては承認されたものの、安全な生存を保証されたわけではなかった。まさしく弱肉強食の帝国主義の国際社会に放り込まれた。この時期、植民地化の危険は、けっして被害者意識の誇大妄想ではなかった。現実に起きた危機の事例を思いつくままに列挙しても、ロシアの対馬占領、イギリスの横浜駐兵、アメリカの東京横浜間の鉄道敷設権、ドイツの北海道七飯町買収、などがあった。どれも、その対応を誤れば、それを口実に植民地化の危険を内包した事案だった。 紛争になれば勝ち目はない。武力紛争にもちこまれれば、日本に勝ち目はないのだ。国際法を遵守して、そのル−ルのなかでひとつひとつ解決していくしかない。まったくおなじように、西欧の列強の関心を集めていたのが李朝朝鮮だった。ここが列強の植民地になれば、日本の単独防衛は成立しない。朝鮮半島に列強の軍事基地や軍港が築かれては、日本の防衛は成立しないのだ。なんとか、日本とおなじように自立して、旧来の外交関係を保ちたいというのが、日本の希望だった。その第一歩として、日本の維新政府とのあいだに、西欧のルールにのっとった相互承認をしようという要求に対して、李朝朝鮮は旧来からの外交にこだわった。つまり、中華文明と西欧の近代文明の、ふたつの文明のはざまで、どちらを選択するのかの、選択の問題だった。中華文明圏のなかにどっぷりと漬かっていた朝鮮には、ふたつの文明を第三者的な視線で比較したり、自国を客観的にながめる視点がもてなかった。前回はなしたように、そして、このシリーズをとおしてわたしが主張しているように、おなじ中華文明の価値観を共有しながらも、支那に天帝がいるのなら、日本に日本神話があってもいいだろうと、中華文明を受容して価値観を共有しながらも、客観的な…手前味噌と表現してもいいのだが、発想ができる日本と、几帳面な朝鮮人のふたつの民族の民族性のちがいだと思う。 交渉自体は日本側が断念して、霧散してしまうのだが、それから70年ほどして、第二次大戦の敗戦国となった日本は東京裁判で、昭和の戦争責任を追及される。裁判で示された歴史認識を教育と報道を利用して日本人の骨の髄にまで染みこませる占領政策が成功して、民族史を全否定する歴史観が、この国を支配して現在にいたっている。裁判は昭和3年から20年までの期間だけを対象にしたのだが、占領政策のうえに、おりからはじまった冷戦の影響で、社会主義陣営からの思想的謀略の影響をまともにうけて、民族史を全否定する歴史観が対象とする時間を無限に伸ばしていった。そこでは『日本の大陸侵略は征韓論に端を発っし』というような説明がされている。侵略国を前提にした暗黒史観で、歴史は語られていた。 しかし、洗脳されない日本人だっている。ちょっと冷静になって、科学的な目で歴史をながめれば、この事件を侵略史観で片付けてしまうのには、無理がある。資料をつきあわせてみると、侵略とは矛盾する事実が、つぎからつぎへと出てきてしまうのだ。さすがに、いまでは侵略の嚆矢とする見かたは主流をはずれたが、それでも、征韓論は、わかりにくい。したがって、維新政府の内部分裂や西郷隆盛の人物像でごまかしてしまう説明が横行している。70年後に、アメリカに挑戦した軍事大国としての大日本帝国を知っている脳みそでは、征韓論を理解できないのだ。暗黒史観だろうと、それを修正する感覚だろうと、征韓論は説明できない。 大東亜戦争や経済大国を経験した脳みそでは、征韓論は説明できない。体験としての征韓論は…たとえば、ポツダム宣言にはなかった北方領土の簒奪や沖縄の占領や竹島や李承晩ラインの現実の体験のほうが、体感温度としてはわかりやすい。弱小国日本としては、列強の横暴に軍事的対抗はできないのだ。わずかに、国際法を盾にとった正論だけが…それだって、列強を納得させる方便にはなっても、李朝朝鮮に強制はできなかったわけだが、歴史的事実として残った。以来、日本の外交は、背景となる武力がおおきくなったり、重荷になったりしながらも、西欧の近代文明が強制するグローバルスタンダードとしても国際法のわくを遵守してきた。もちろん事件は、帝国主義の時代の出来事であり、適用されたグローバルスタンダードは帝国主義の時代のそれであって、現代人の国際感覚で批判すれば、侵略の烙印が可能であることは、いうまでもない。そういう批判に対しては「その侵略ってなにさ?」の議論が、待っていることになる。 |
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「真日本主義・征韓論」について
「真日本主義・征韓論」について ご尤も。歴史認識としてはそのとおりだと思います。 しかし日本の理性の伝統に照らして、その当時のグローバルスタンダードのさらに上を行こうとしたのが、西郷隆盛の使節派遣論乃至いわゆる征韓論だったのです。それは後世の批判に耐えうる強固且つ高尚な思想でした。詳しくは近日発売予定の「新 西郷南洲伝」の下巻で。 ...続きを見る |
西郷隆盛 2008/05/20 09:40 |
西郷隆盛を知らない我々は自分の真の姿も見えないという証拠
西郷隆盛は偉大な政治家であり、征韓論など唱えておらず、西郷追放はひも付きのクーデター ...続きを見る |
晴耕雨読 2008/05/20 22:37 |
真日本主義・マリア・ルーズ号事件
「真日本主義・征韓論」について あまり知られていない事件である。事実関係については、書店でも図書館でも探せば出てくるし、ネットで検索も可能なので、そちらにまかせるとして、記述はふたつの方向から書かれていることに気づいてほしい。ひとつはこの事件がきっかけとなって、日本国内の売春にかかわる人身売買の問題としてあつかうもので、戦後左翼の暗黒史観が「おまえだってやったじゃぁないか」の論理で説明する典型的な自虐的な記述だ。つまり、支那人奴隷の救出をくわだてた日本外交は、吉原の売春婦の人身売買を「お... ...続きを見る |
罵愚と話そう「日本からの発言」 2008/05/24 06:28 |
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