罵愚と話そう「日本からの発言」

アクセスカウンタ

help リーダーに追加 RSS 真日本主義・政治文化の伝統

<<   作成日時 : 2008/02/01 04:58   >>

トラックバック 0 / コメント 8

 この国の政治文化の伝統の特徴は、政治のなかから権威と権力を分離抽出して分立させたことだと思う。代表例が武士のつくった幕府の制度で、権威を朝廷に残したまま軍事貴族としての幕府が権力を掌握した。明治憲法下の近代も、かなり、この擬制に近い。藩閥から大正デモクラシー、さらには昭和軍閥への権力の継承は、朝廷から皇室へ、名称だけを変更した天皇制のもとで、ごくスムーズにおこなわれたように見える。
 似たような関係は、カトリックの国々の国権とバチカンのあいだやクレムリンの教条と旧共産圏の国々とのあいだにもあったのだが、それらはひとつの権威の周りに複数の権力が同心円を描く構造になっていて、それがあらたな緊張関係をもたらして、権力闘争に権威が介入して、権威と権力の境界線がくずれていった歴史がある。
 それはともかく、日本では、権威と権力の並存関係は、大変うまくいっていたわけだ。戦後の改革のなかでも、民主主義と皇室の関係は、最初に解決しておかなければいけない国家の大原則だったはずなんだが、民主主義を押しつけた占領軍も、押しつけられた国民も、そこの部分をあいまいにしたまま、お互いに自分の解釈を内心にしまって隠したままで、なぁなぁの関係でやり過ごしてきた。平和憲法の最大の矛盾点は、9条ではなくて、第一章なのは、素直に読んでみればよくわかる。
 いったいこの国は民主主義国家なのか、君主国なのか?たいがいの国民は立憲君主制を信じているんだが、平和憲法の規定する 陛下の地位は、はたして君主と呼べる条件を満たしてはいないだろう。元首の不在のまま、半世紀以上の被占領国家が現実なんだろう。主権者たる国民の代表としての国会議員たちの、なんともお粗末な現実。公僕たる公務員の、なんともお粗末な現実。その原因は、かれらの内心の不安なんだろうと思う。なにも代議士と公務員にかぎらない、主権者としての、国民の不安を代言している。
 徴兵制を拒否して、国を守る義務を放棄するあなたに、主権者の資格があるのだろうか。主権者の地位を、 陛下に返納したほうがいいのではなかろうか?現代版、版籍奉還のレベルから議論してもいい。戦後民主主義は、崩壊したと思う。戦後民主主義は、その耐用年数を終えた。賞味期限をすぎた。アメリカと支那の植民地争奪戦の戦場となるのか、超近代の国家理念をもって独立できるのかの別れ道にさしかかっているのかなぁ?

設定テーマ

関連テーマ 一覧

月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
はじめまして、どうもTBが通らないようなので、
こちらに貼りますね。
http://blogs.dion.ne.jp/ivanat/archives/6743558.html
http://blogs.dion.ne.jp/ivanat/archives/6712749.html
日本史は明治以前と以後で大きな断層があるが
あるような気が最近しているんですけど、
罵愚 さんの仰る「超近代の国家理念を」ってどういうものなのか、今一、わからないので、
該当するログ等教えていただければ、助かります。中々全部に目を通す時間も取れませんので。
三介『いわいわブレーク』
2008/02/02 10:25
 ごめんなさい、説明が不足していました。わたしは、現代の国際社会の理念とは、近代がつくったそれの延長にすぎないと思っています。つまり、自由な民主主義ですね。
 冷戦が終わって、それが唯一の国際規範の時代の到来かと思っていたところが、イスラム原理主義の反乱が起こり、支那の独裁政権が延命し、ロシアマフィアが復活しているわけです。実態が、そのとおりか、誤解なのかの議論は別として、あたらしい混迷は現実です。
 それに対応できる超近代の国家理念と呼んでいるのですが、それがどういうものなのか、あるいは実在するのか、空想で終わってしまうのかは、確信はありません。
 むしろ、あなたにご提案があるのなら、聞かせていただきたいともいます。
罵愚
2008/02/02 16:40
こんにちは。基本的な、世界情勢の感覚は共有していると思います。例えば、去年の今頃、うちのブログで、こんなこと書いてますから。
http://blogs.dion.ne.jp/ivanat/archives/5036038.html
どこの大国もある種の「帝国」≒「帝王政」といえるような、強いリーダーシップを求める傾向が強いですし、その「合理」性も、有る。「混沌」は「危険」ですから。だからといって、「情報を官僚機構」が「独占」してしまったら、これまた危険で(僕は建築で飯喰っていますので、国交省の施策が一番よく分かるんですけど、「建築確認」の混迷なんていうのは建築官僚の「金融業界におもねった」愚策の典型ですよ)。
じゃあ、どんな「仕組み」がベストか?各地で「模索が始まっている」というのが実情ではないのでしょうか?

三介『いわいわブレーク』
2008/02/03 11:35
(長いので、分けてになりました。)
制度全体、しかも世界的な「一国主義的」ケインズ政策からの脱皮という「世界史的」事件と「脱植民地主義」≒かつての「未」主権国家軍の経済的・政治的独立とが同時平行している中でのそれですから、政治・経済・文化、あらゆる面で「ごたまぜ」状態なのでしょう。此処をすっきり(論理的に)整理するの誰にも「不可能」。ついつい「軍事力や宗教」に頼りたくなるので、いきおい科学的(論理的)認識の軽視になってしまうのかな?っていう気もしています。まあ文化(宗教や価値観)を科学するっていうには、そもそも無理がありますし、ここらの議論の「腑分け」も必要ではないかとも感じていますね。
長々と成ってその割に核心に近づけなくて、済みませんけど、そんなことを考えいます。
三介『いわいわブレーク』
2008/02/03 11:37
あ、↑国家「軍」は間違いです。国家「群」に訂正してくださいませ。
三介『いわいわブレーク』
2008/02/03 11:44
 いわゆる国際秩序の構築については、近代がいくつかの帝国主義的支配を試みて失敗している。支那の共産党政権もイスラム原理主義も、その残滓にすぎません。
 唯一、アングロサクソンだけが、その帝国主義的野望を法治主義におきかえる実験をしている最中なんだろうと思います。
罵愚
2008/02/04 04:33
>帝国主義的(アングロサクソン)
>帝国
>律令制(天武天皇以降)
>封建制
>法治主義
>法家(韓非子)
此処らへんの使い分けがよく分かりません。
もし天武天皇や後醍醐天皇が現代に生きていたら、どれを採用されると、「英断」されると、
罵愚さんはお考えですか?
三介『いわいわブレーク』
2008/02/04 19:01
 わかりません。考えたこともありませんし、知識もありません。ただ、自分の文化や宗教や価値観を異民族に押しつけて支配するのが帝国主義だとすれば、帝国主義と文明は同義だといえます。あるいは、ダブル部分が多いといってもいい。
 日本の場合、律令制や封建制は中国のその制度を模倣してつくられているから、中国文明圏のメンバーに数えられることがあるのでしょうが、同時に支那の中央政権の柵封はうけない、対等に独立した王朝の姿勢は堅持し続けています。その経験が、近代に入っても、西欧の近代文明と対峙しつつ、それを受け入れて列強の植民地化外交に抵抗できた素地になっていると思います。
罵愚
2008/02/05 04:33

コメントする help

ニックネーム
本 文