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この国の政治文化の伝統の特徴は、政治のなかから権威と権力を分離抽出して分立させたことだと思う。代表例が武士のつくった幕府の制度で、権威を朝廷に残したまま軍事貴族としての幕府が権力を掌握した。明治憲法下の近代も、かなり、この擬制に近い。藩閥から大正デモクラシー、さらには昭和軍閥への権力の継承は、朝廷から皇室へ、名称だけを変更した天皇制のもとで、ごくスムーズにおこなわれたように見える。 似たような関係は、カトリックの国々の国権とバチカンのあいだやクレムリンの教条と旧共産圏の国々とのあいだにもあったのだが、それらはひとつの権威の周りに複数の権力が同心円を描く構造になっていて、それがあらたな緊張関係をもたらして、権力闘争に権威が介入して、権威と権力の境界線がくずれていった歴史がある。 それはともかく、日本では、権威と権力の並存関係は、大変うまくいっていたわけだ。戦後の改革のなかでも、民主主義と皇室の関係は、最初に解決しておかなければいけない国家の大原則だったはずなんだが、民主主義を押しつけた占領軍も、押しつけられた国民も、そこの部分をあいまいにしたまま、お互いに自分の解釈を内心にしまって隠したままで、なぁなぁの関係でやり過ごしてきた。平和憲法の最大の矛盾点は、9条ではなくて、第一章なのは、素直に読んでみればよくわかる。 いったいこの国は民主主義国家なのか、君主国なのか?たいがいの国民は立憲君主制を信じているんだが、平和憲法の規定する 陛下の地位は、はたして君主と呼べる条件を満たしてはいないだろう。元首の不在のまま、半世紀以上の被占領国家が現実なんだろう。主権者たる国民の代表としての国会議員たちの、なんともお粗末な現実。公僕たる公務員の、なんともお粗末な現実。その原因は、かれらの内心の不安なんだろうと思う。なにも代議士と公務員にかぎらない、主権者としての、国民の不安を代言している。 徴兵制を拒否して、国を守る義務を放棄するあなたに、主権者の資格があるのだろうか。主権者の地位を、 陛下に返納したほうがいいのではなかろうか?現代版、版籍奉還のレベルから議論してもいい。戦後民主主義は、崩壊したと思う。戦後民主主義は、その耐用年数を終えた。賞味期限をすぎた。アメリカと支那の植民地争奪戦の戦場となるのか、超近代の国家理念をもって独立できるのかの別れ道にさしかかっているのかなぁ? |
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| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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はじめまして、どうもTBが通らないようなので、 |
三介『いわいわブレーク』 2008/02/02 10:25 |
ごめんなさい、説明が不足していました。わたしは、現代の国際社会の理念とは、近代がつくったそれの延長にすぎないと思っています。つまり、自由な民主主義ですね。 |
罵愚 2008/02/02 16:40 |
こんにちは。基本的な、世界情勢の感覚は共有していると思います。例えば、去年の今頃、うちのブログで、こんなこと書いてますから。 |
三介『いわいわブレーク』 2008/02/03 11:35 |
(長いので、分けてになりました。) |
三介『いわいわブレーク』 2008/02/03 11:37 |
あ、↑国家「軍」は間違いです。国家「群」に訂正してくださいませ。 |
三介『いわいわブレーク』 2008/02/03 11:44 |
いわゆる国際秩序の構築については、近代がいくつかの帝国主義的支配を試みて失敗している。支那の共産党政権もイスラム原理主義も、その残滓にすぎません。 |
罵愚 2008/02/04 04:33 |
>帝国主義的(アングロサクソン) |
三介『いわいわブレーク』 2008/02/04 19:01 |
わかりません。考えたこともありませんし、知識もありません。ただ、自分の文化や宗教や価値観を異民族に押しつけて支配するのが帝国主義だとすれば、帝国主義と文明は同義だといえます。あるいは、ダブル部分が多いといってもいい。 |
罵愚 2008/02/05 04:33 |
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