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自虐的な歴史教育しかうけてこなかった現代人は、国際連盟が失敗に学んで、進展したのが国際連合だと誤解している人が多いが、帝国主義的支配からの解放を視点にすえれば、国際連合は、むしろ国際連盟の理念や実績から、はるかに退却しているといっていい。ウィルソンの14か条提案といい、その精神をアジアやアフリカの植民地住民にも適用しようという、日本の提案にしても、国際連盟の理念や実績を国際連合が継承していれば、コソボ紛争なんてものは、おきるはずもなかったのだ。歴史的事実としては、国際連合は、あきらかに国際連盟の果たした歴史的役割を食いつぶして、現代史を破壊している。 人類史としての植民地とは…日本人はアジアやアフリカしか思い浮かばない歴史認識しかもっていないが…欧米の植民地列強の歴史認識としては、つまり、ローマの伝統としての東欧なんだよな。ローマの辺境にあった植民地としてのヨーロッパ、宗主国としてのローマがキリスト教に変わって、辺境が北上して植民地化された東欧や北欧の少数民族までが、かれらの歴史認識を形成する重要なファクターになっていて、アジアやアフリカが占めるパーセンテージは、その分だけ狭隘になっているのだ。欧米の視野では、いまだに、辺境といえば東欧で、インドや中東は、その外側の異郷だ。関心は、どちらに重点がおかれるのかは、いうまでもない。あなたの網膜に映っている映像とのちがいを、認識するのが、最初の一歩だ。 そのうえで、ちょっとふりかえればわかるように、第一次大戦も、二次大戦も両方とも、発火点は東欧だ。戦因は植民地の再配分だなんて教科書には書いてあるのだが、そこでいう植民地は、アジアやアフリカの植民地ではなく、東欧なんだよな。教科書のおなじ記述が、日本と欧米では別の意義をもっている。むしろ、日本人の心象としては、白人社会内部の陣取り合戦と呼ぶほうが正確だ。日本語としての植民地再配分は…つまりアジアやアフリカの植民地事情は、そのあとにくっついてきた、グリコのおまけのような事象にすぎない。アジアやアフリカや中東の諸民族の独立なんて、ヨーロッパから見れば、遠くの他人事にすぎない。日本から見えにくい東欧や北欧と比較して考えれば、その事情がわかってもらえると思う。 第三次世界大戦の発火点が懸念された旧ユーゴスラビアの紛争に対する関心が、日本と欧米で格段とちがっていた理由は、あながち距離的なものばかりではない。歴史的な距離感が、そこにはあったわけだ。この欧米人の近現代史に対する歴史認識を理解したうえで、話をもとに戻して、国際連盟は東欧の少数民族の独立と民族自決権を認めようとするものだった。現代人の感覚にも合致するその理想に比較して、国際連合は第二次大戦の枢軸国殲滅を目的に結成された軍事同盟にすぎない。日米安保と国際連合とのあいだに、条約締結国の規模のちがいはともかく、軍事同盟としての本質的なちがいはないのだ。むしろ、旧敵国条項などの時代錯誤を考えれば、日本としては、どちらが信頼できるかなんて、議論の余地はないのだ。洋上給油を放棄して、地上戦に参加するなんて、ましてや、非軍事協力だなんて、国会議事堂はボケ病院と化している。 くりかえすが、自虐的な歴史教育の弊害としての国連中心主義が、いままた復活しているが、日本の近代史や近代外交史を勉強してみれば、国際連合中心の外交なんて選択はありえない。むしろ、国際連盟の復活を主張するべきだと思う。 |
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「ボケ病院」。相変わらずの基本的人権無視の記事ですね。そういえば、かつて、私のコメントに「メクラ」とか言っていましたね。記事の趣旨もこれまた不明ですので質問を呈しましょう。このような質問をせざるを得ない私の理解力欠如にはご寛容を願います。国連中心主義が自虐的な歴史教育の弊害であると言っていますが、自虐的な歴史教育とはどのような教育を指して言うのでしょうか。いつからその教育が始まったのでしょうか。「自虐的な歴史教育」「しか」受けてこなかった「現代人」とは何年生まれからの「人」なのでしょうか。教育と言えば、かつて日本書紀を疑う教育が云々という発言もありましたが、その返答もまだですね。これも、ついでにご返答ください。 |
民主主義者 2007/10/21 13:16 |
支離滅裂で返答のしようがない。もうちょっと、ポイントを絞ったコメントをください。 |
罵愚 2007/10/28 16:55 |
これは大変失礼しました。確かに質問項目が多く、あなたを混乱させてしまったようですね。浅学な私は、上記記事中の、国連中心主義が自虐的な歴史教育の弊害であるとの主張がわからないのです。 |
民主主義者 2007/10/28 21:39 |
そんなことは書いていない。 |
罵愚 2007/10/30 03:37 |
「自虐的な歴史教育の弊害としての国連中心主義」と書いたのはあなたですよ。「としての」という意味は「国連中心主義が自虐的な歴史教育の弊害」ということあり、且つ「自虐的な歴史教育の弊害が国連中心主義」ということですよ。あなたが、日本人なら日本語をさぞかし理解していることでしょう。あなたが日本語を理解していないのなら、話は少々別ですが。私の質問に対して逃げ回らないで答えて欲しいのです。あなたの返答をお待ちしています。 |
民主主義者 2007/11/07 21:29 |
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