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zoom RSS 平和憲法は骨抜き憲法なのか?

<<   作成日時 : 2007/04/15 06:17   >>

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 戦後の60年以上の長期にわたり、平和憲法下のこの国は、いちども戦争に巻き込まれることはなかった。近世の徳川幕府統治下の歴史以来、最長期間の平和だといえる。軍隊はもたず、したがって、他国のひとびとを傷つけることもなく、自国の軍民が戦渦に巻き込まれることもなかった。ひとえにこれは、平和憲法の功徳であって、武装放棄こそが平和への近道の実証であった。いまだに時代錯誤の憲法をもつ、大多数の地球上の国々に対して、それを平和憲法に書きかえることを奨め、この平和憲法を人類共有の遺産として永久保存するべき、というのが護憲派日本人たちの主張だと思う。
 きょうは、それに対する疑問。最初の疑問は、占領の延長としての日米同盟を理由に、居座る在日米軍の存在。実質的にこの国は、植民地であって、平和憲法は植民地憲法にすぎない。独立国のそれとは、とても呼べない。武装放棄は、在留米軍の存在を条件にして、はじめて成立するのであって、それを抜きにしては、独立さえ危ういのではないのか。その意味では、平和憲法の60年間は、韓国やフィリピン以下の半植民地状態だった。
 ふたつめは、戦後処理の未解決。といっても、侵略責任ではない。日本の侵略責任は苛酷な取立てと、自発的な上納金をしぼりとられながら、戦勝国の戦争犯罪を野放しにしてきたのは、とても平和とは呼べないのではないのか。アメリカによる広島・長崎の責任とならんで、旧ソ連によるシベリア抑留など、明瞭な人道犯罪を裁けない60年間は、平和憲法の実効性に疑問を投げかけている。
 みっつめは、長引く領土問題の未解決。戦後周辺各国とのあいだに生じた領土問題で、解決できたのはアメリカからの返還領土だけだ。これは、むしろ占領地の統合にすぎないともいえる。小笠原・沖縄・日本のみっつの地域を一括統合して属国化したにすぎない。それに比較して、旧ソ連からロシアへひきつがれた北方領土、李承晩から民主化された韓国にひきつがれた竹島。蒋介石から毛沢東にひきつがれた尖閣諸島など、周辺領土問題は、ひとつも解決のきざしさえない。平和憲法には、問題解決能力が期待できないのではないのか。
 よっつめは、これが最大の話題なんだが、60年の平和は、日本国民にとって、本当に平和だったのかの疑問。だれひとり、戦渦に巻き込まれたことはなかったというのは、護憲派のトリックではないのか?の疑問だ。北方海域でソ連に抑留されたり、李承晩ラインで韓国に抑留された漁民を、平和憲法は見殺しにしただけではなかったのか。何よりも、いま話題の北鮮の拉致事件の最中、事件を見てみないふりをしてきた日本人たち…警察官、政治家、ジャーナリスト、在日朝鮮人の実在は、しかもそれが明るみに出てからも、なんの懲罰も受けることなく、以前のままに活動している現実は、この憲法は憲法として、骨抜き憲法のあかしではないのだろうか。

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タイトル (本文) ブログ名/日時
憲法を何故改正するのか
平和憲法は骨抜き憲法なのか?http://bugswebblog.at.webry.info/200704/article_3.html について。 罵愚さんのこの記事に対して,コメントを書きました。この問題について今後とも議論したいので,そのコメントをここに再録して, TB 記事とします。 ...続きを見る
日本の対外戦争と世界の情勢
2007/04/15 17:47

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コメント(49件)

内 容 ニックネーム/日時
罵愚さん,今日は。
平和憲法改正を願っているのは,米国自身なのでは。イラク派兵は米国の要請でしょう。
サンフランシス平和条約第十九条によって戦争から生じたすべての請求権を日本は放棄しました。
サンフランシス平和条約第二十六条によって,北方四島・竹島・尖閣諸島の帰属次第では沖縄等旧占領諸島が又米国の領土となる可能性が残っています。
北方海域,李承晩ライン,外国による拉致等の問題について武力による解決を目指すのは,戦前居留民保護の名目でシベリア出兵,対中戦争拡大等を繰り返した軍部の行動の再来となる恐れがあります。我々日本人はこれらの問題について国際世論を味方につける努力をしつつ,相手国をこちらのペースに引き込むのが最善と思います。これらの問題解決のために憲法改正するという考え方を多くの国民は受け入れないと思います。
憲法改正は国民の政府にたいする権利を拡大するために行われべきであるというのが私の信念です。国民の権利を抑圧し,義務を拡大するのは政府の希望であって,国民の希望ではありません。
藍愛和
2007/04/15 11:42
 戦争には軍隊と戦争をするという政治判断が必要です。平和憲法は軍隊の不保持と戦争をしないという政治判断の根拠ですからこの為に戦後は戦争が起こらなかったといえば間違ってはいないでしょうがそれを現実化したのはアメリカの軍事力・政治力です。けれども、もし朝鮮戦争時に北朝鮮が朝鮮半島を制圧し日本に侵攻もしくは共産勢力(中国・ソ連など)が侵攻した場合警察予備隊は米軍と共に戦ったであろう(幸いそのようにはならなかったが)。軍隊を持たない憲法下で軍隊と同等の組織をもち、戦争を行ったであろう。つまり、平和憲法を維持できたのはたまたまなのである。この平和憲法が力を発揮するのは外からの軍事力に対してではなく、日本国自身が他国を侵略することを防いでいるだけであり現在の日本の状況は自ら手足を紐で縛り、米国に他国に襲われないように守ってもらっているのだ。軍事的圧力を他国にかけることができないなら日本単独では自国の領土すらましてや領土問題の地域など守れるはずがない。現在の日本は自らの領土を自ら守れる独立国家ではない。現憲法は日本国が大人として自立するのを阻害している。
ウブドちゃん
2007/04/15 21:38
ウブドちゃん,今日は。
>現在の日本は自らの領土を自ら守れる独立国家ではない。現憲法は日本国が大人として自立するのを阻害している

憲法改正で戦争できるようになったとします。日米安保条約がある限り,日本独自で対外戦争は出来ません。米国が承知しません。そして米国が戦争しますと,日本も参戦します。イラクのように。
それは一体何でしょうか。独立国として立派な戦争が出来ることなのでしょうか。

現在の自国を卑しめるような考えでは自国の独立などできないでしょう。戦後日本の復興に骨身を砕いた祖父母・父母そして自分自身に誇りを持ちましょう。
藍愛和
2007/04/16 06:46
はじめまして、藍愛和様。
 大人は自らの判断とそれによる行動に対して責任をとります。分別のある大人なら、武力を使うべき時とそうでない時を判断出来ます。イラクへの派兵が大人の判断なら支持しますし単なる米国への追従なら支持しません。大人としての独立国であるならば、自らの判断で国家の方針を決めるはずです。自立していないから他国の言いなりになって自ら判断できないのです。米国の庇護の下でのみしか存在できないような国家であるからもしくは憲法であるからこのような現状なのではないですか?戦後の日本は第1次大戦後の西欧諸国のようなものです。「平和。平和.」と平和念仏を唱えれば平和になると思っている。平和以外を糾弾する極端な平和主義は危険な侵略者の台頭の芽を摘む機会を失わせます。危険なのは、国家が武力を行使する能力を持つことではなく、必要な時に必要な武力を行使出来ないことだ。侵略戦争などの不必要な時に武力を行使する必要はない。ただ、日本国が大人になれる能力があるかどうかは別の話だが・・・
ウブドちゃん
2007/04/17 00:33
ウブドちゃん様,今日は。
憲法改正問題の一面として,米国も亦改正を望んでいるという事実を忘れないようにしましょう。

そして,米国が改正を望む理由は何か,冷静に判断しましょう。

日本が21世紀で生き残るためには,いろいろな角度から物事を判断することが大切と思います。
藍愛和
2007/04/17 09:59
憲法改正で戦争が出来るようになったからといって戦争がすぐに始まるわけではありません。そもそも、国家には軍事力が必要です。その軍事力を行使することも使わないことも国家が判断することです。自ら手足を縛ったものをほどいたからといって暴れ始めるわけではありません。国家はそれを制御する能力がなければいけないだけです。そもそも、一国の政府は主権者たる国民の財産と権利を守る為にあります。自らの手足を縛ったりするのは間違ったことなのですからその状態が正常に戻ったからといってことさら騒ぐ必要はありません。問題なのはピストルを持ったらそれを正しく使えるかどうかです。第2次世界大戦の敗因から未だに学ぼうとしない日本国には正常な国家になるのは危険かもしれません。けれども、正常な国家になる為にはいつかは必ずクリアしなけばいけないこと。
>米国が改正を望む理由は何か
主権国家が本気でこの戦はしないと決めたものを米国と雖も強制的に引きずり込むことは困難だと思います。
まず、この国のあり様を理解し、偏見に囚われずに客観的に判断することに異論はありません。
ウブドちゃん
2007/04/18 00:10
ウブドちゃん様,今日は。レス遅れてすみません。
2007/04/17 00:33
>大人としての独立国であるならば、・・・。
>米国の庇護の下でのみしか・・・?

日本は立派な大人の国であり,独立国であります。戦後一面の焼け野原から,世界第二位の経済大国にまでなったことを誇りとしましよう。

2007/04/18 00:10
>国家には軍事力が必要です。

戦後日本は武装解除されて以後,未だに交戦権を認めていませんね。現在米国は日本の交戦権承認を望んでいます。何故なのかを明確にすることこそ,大人の態度です。
米国が日本の交戦権に拘るのは,米国の世界戦略上,アジアで日本が先兵として戦うことを期待しているからではないのでしょうか。必要とあれば,米国はあらゆる手段を使って日本を戦争へと強制的に引きずり込むでしょう。各国の国際的戦略は甘い筈がありません。
藍愛和
2007/04/19 07:41
別に米国が望んでいるかどうかは問題ではないと思うんですけど。
米国に利益が出る政策はだめだ。という主張が出る時点で発想が自由でないなと思うのです。それは米国と協調することが日本の国益だという意見を聞いても同様に思うわけですが。
米国に利益が出ようとなんだろうと、日本がよりよくなればそれでよろしいかと思うわけです。
その結果、憲法を改正しないという選択肢ならそれはそれでよろしいのではないかと。
ただ、私としては改定できない法律が存在することのほうが脅威に思うわけですが。
とおりすがり
2007/04/21 00:04
とおりすがりさん:
>別に米国が望んでいるかどうかは問題ではないと思うんですけど

米国の対日戦略がどんなものであるかについて,日本人は無関心でよいとは私は思いません。

>ただ、私としては改定できない法律が存在することのほうが脅威に思うわけですが。

それは日本国憲法のことを言っているのですか。憲法は国民の権利を守るためにあります。それが簡単に変えられては迷惑するのは国民です。
藍愛和
2007/04/21 10:06
 憲法は、国家の基本理念を文章化するものであって、国民の権利を保障するものとはかぎらないと思う。民主主義国家は、民主的な憲法を制定するだろうから、国民の権利を保障するのだろうが、非民主的な国家には、反対の規定がありうる。
 国際化されて狭くなった地球で、交易に頼って生きていかなければならない経済構造を考えれば、国際社会が要求するグローバルスタンダードとアメリカが要求する対日政策と、日本自身の国益の整合が重要なことは、いうまでもない。理性的な政策構築が重要で、そのためにもフリーハンドの確保が必要なんだろう。はじめから無条件に武装放棄なんて、独立国の憲法とは呼べないと思う。
罵愚
2007/04/21 17:56
罵愚さん,今日は。
>憲法は、国家の基本理念を文章化するものであって、国民の権利を保障するものとはかぎらないと思う。民主主義国家は、民主的な憲法を制定するだろうから、国民の権利を保障するのだろうが、非民主的な国家には、反対の規定がありうる。

日本国憲法前文に,「ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。」とあります。
憲法は国家のためとか,政府のためとかにあるのではなく,国民のためにあるのです。国家や政府のための法律は別に幾らでも作ればよいでしょう。国民投票などなくても国会だけで作れます。

また,非民主的国家の憲法の真似をすることはありません。民主主義国家の優秀性は歴史が証明しています。
藍愛和
2007/04/21 18:47
米国の戦略に無関心であることと、日本の政策が米国の戦略に合致することと、憲法改正の是非は、関連性は当然あるものの、すべて別の問題であると思うんですけどね。

とおりすがり
2007/04/21 20:19
 平和でいれる時代に敢えて軍事力が必要だというのは時代錯誤とうつるかもしれませんが、またいつか戦争は起こると考えるのは歴史をみれば自然なことです。軍事力を持つべきでないと考え「平和平和」と唱えるのは第2次世界大戦から何も学ばなかった人です。第2次世界大戦は平和主義が起こした戦争です。ドイツの初期の軍事行動に対して英仏が軍事力を行使すれば欧州での戦争は起こらなかったし日本も対米戦争など起こさなかったでしょう。軍事力を保持し必要な時に軍事力を行使するのは「平和」である為に必要なことです。米英は戦争でこれを学び日本は未だに学ばない。なぜでしょう?プロイセンの宰相ビスマルクが「愚者は経験に学ぶ。賢人は歴史に学ぶ」いうように世界大戦の歴史から学べる重要なことがあるはずです。偏見に囚われずに学びさえすれば・・・
ウブドちゃん
2007/04/21 21:12
 私は現憲法が基本的に好きです。基本的人権について解り易く書いているからです。西洋人が作ると立派なものになります。欧米の人権闘争の果実が凝縮されています。憲法は本質的に慣習法といわれます。現憲法より優れた憲法をつくるには国民の民度(民主主義の理解度)を上げねばなりません。現憲法には問題点があります。憲法は不磨の大典などではない改めるべきところは国民の合意のもとに改正できる。これを示すことだけでも意義があるでしょう。つづく
ウブドちゃん
2007/04/21 23:31
つづき
問題点とはその@:前文「日本国民は、恒久の平和を念願し、・・・・平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」のなかで特に「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」は「米国が希望した」の誤りだろう。勿論、世界は相互依存しているのだが、自らの安全と生存を他国に依存したくない。そのA第2章の戦争の放棄(第9条)は既に現実に乖離しているし国民は侵略戦争には反対でも自国防衛戦争に反対だろうか?自衛戦争を行うのに軍事力を準備せずにどうやって戦うのか?占領軍の作った憲法だから日本の復讐防止に注力されているのは当然だが憲法改正時にはこの辺りを払拭したい。憲法は万能ではないが現実や理想に近づけるのは国民一人一人の不断の努力ではないでしょうか。

ウブドちゃん
2007/04/21 23:33
今平和ですかな?
北朝鮮は相変わらず脅威のままですし、拉致被害者は返還されていません。韓国やロシアから国境近辺で漁船が拿捕されていますし、最近でも北方領土では死者まで出ています。北方領土は返還されませんし竹島も占拠されたままです。尖閣やガス田の問題も解決していませんし。
また、南京事件や慰安婦問題など、真偽定まらぬ情報が飛び交っておりますね。実質情報戦争のような様相であると思います。
今は本当に平和なのでしょうか?
とおりすがり
2007/04/22 10:11
>今は本当に平和なのでしょうか?
確かに平和ではないのかもしれません。平和ボケになっていて既に起こっている危機に鈍感になっている。紛争の火種は日本にもありますね。ただ戦争状態と呼んでいないだけかもしれません。竹島もこのまま占領されつづければ韓国領となってしまうでしょう。尖閣諸島では日本の自国領としての権利を行使しなければいずれ中国に実効支配されて地図の上だけの日本領となってしまうかもしれません。北方領土はロシアから返還されることはないでしょう。ロシアからのイスラム勢力の分離独立が激しくなった場合に交渉の糸口をみいだせるかもしれませんが。このような火種を解決した状態を平和と呼ぶなら今は平和とはいえませんね。
ウブドちゃん
2007/04/22 12:13
とおりすがりさん,ウブドちゃんさん,今日は。

長文の御意見を有り難う御座います。また,レスが遅くなり御免なさい。

日本の今が平和な民主主義の時代でないのなら,日本に平和な民主主義の時代がありましたか。

尖閣諸島・竹島・北方四島は米国という不和の女神が日本の周辺にソッとおいた不和のリンゴではないか,と私は考えます。

日本は国連憲章の敵国条項とサンフランシス平和条約の第二十六条という手かせ・足かせを嵌められています。今は堪え忍ばなければならないでしょう。その上,日米安保条約によって米軍が日本に駐留しています。日本に軍事的自由はありません。ただし,憲法改正・再軍備は米国の希望です。何故希望しているのでしょうか,熟考する必要があります。
藍愛和
2007/04/22 15:40
>日本に平和な民主主義の時代がありましたか。
確かに今日は明らかな軍事的脅威を感じる時代ではありません。日露戦争後の民本主義時代の方が日本人としては能動的な民主主義の時代だったと思われます。借り物の今の民主主義と比較すれば。それは、等身大の民主主義でした。現在の民主主義は精神なき民主主義です。この根無し草の民主主義は本物の民主主義として根付くでしょうか?
>不和のリンゴではないか
米国が謀ったというよりは米国にとっては気にもとめなかったこと、どうでもよいことだったのではないでしょうか?北方領土に対してはサンフランシスコ講和条約の性格からすると南樺太と千島列島の放棄を日本はすべきではなかった。この放棄は同25条に反している。南樺太と千島列島は日本の領土なのですから。
>憲法改正・再軍備は米国の希望です
日本の再軍備を米国は望みそして最も懸念している。日米安保条約は永遠でしょうか?日本が中国寄りになった場合、米国は日本の再軍備を望みますか?日本の再軍備は米国にとって両刃の剣ですね。私なら刀よりもお金を出させますが。
ウブドちゃん
2007/04/22 21:33
求めたいのは平和な時代であって、平和な民主主義の時代ではないとおもいますけど。
戦乱の民主主義よりも、平和な専制政治のほうが100万倍マシな気がするのは私だけでしょうか。
目的の優先順位は、平和な一時代を作ることが、民主主義を維持することの上位にあると思うわけです。

しかし日本の領土紛争の原因は米国のせいなんですか?確かにその一翼を担っているかもしれませんが、単独の主語になるほどではないと思うのですが…
とおりすがり
2007/04/23 00:39
ウブドちゃんさん,今日は。
>日露戦争後の・・・

戦前の日本は天皇親政の立憲君主制国家であり,民主主義的政治活動は明治維新勝利派に利用されただけでは。

>根無し草の・・・

歴史が変わることがあっても,最終的には日本が民主主義を捨てることはないでしょう。

>米国が謀った・・・

米国の世界戦略を甘く見るのは禁物です。

>南樺太と・・・

そこまで言うと,戦前の植民地主義的軍事国家の復活ですね。

>私なら刀・・・

そうかも知れません。日本駐留米軍のグアム移転問題もありますね。
藍愛和
2007/04/23 13:02
とおりすがりさん,今日は。
>求めたいのは・・・
>戦乱の・・・

鎖国した徳川幕府の時代を考えておられるのでしょうか。私は民主主義を選びますが,各人の思想・行動は各人の自由であると私は思います。

>日本の領土紛争の原因は米国のせいなんですか?

北方四島・竹島・尖閣諸島問題は日露韓中の間の問題ですが,すべてについて米国が関係しています。領土問題のキーマンは米国です。
例えば,北方四島で日本がソ連に譲歩しようとした時,異議を申し立てたのは他ならぬ米国であったのでは。
そして,最近の竹島問題で日韓衝突を阻止したのは米国ではなかったですか。
尖閣諸島を日本が実効支配しているのは,沖縄を米軍が占領統治して後日本に返還したからでは。
藍愛和
2007/04/23 13:32
徳川時代がどうという話ではなくて、目的と手段の順番はあってますか?という話です。
なに、平和よりも民主主義が大切という話がきけただけでも価値があったと思います。

ところで戦後の日本、つまり現在ですが、立憲君主国家であって共和制国家ではないと思います。
とおりすがり
2007/04/23 22:41
とおりすがりさん,今日は。
>平和よりも民主主義が大切という話がきけただけでも価値があったと思います。

私が平和を望むはだけで,私は一生平和でいられますか。そうではないと思いましたし,民主主義は平和を守る自衛戦争を除外したりはしないと思いますので民主主義を選びました。

>ところで戦後の日本、・・・

大辞泉によりますと,
立憲君主国家:憲法を制定して,君主が統治する国家。
共和制国家:主権が国民にあり,直接または間接に選出された国家元首や複数の代表者によって統治される国家。

日本の天皇陛下は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であり,「君臨すれど統治せず」に近いと思います。

平和か民主主義か,という二分法同様,日本を君主制か,共和制かという二分法では分類できないように思います。
ありのままに,現在の日本は象徴天皇制民主主義国家である,と言ってよいのでは。
藍愛和
2007/04/24 09:35
そろそろ堂々巡りなってきたので短く。

平和を望むだけでは得られないので民主主義を、と言われますが、民主主義を選べば平和がくるわけではないですよ?
そういう目的無視、手段(イデオロギー)重視の姿勢が戦争を呼んだりするのではないでしょうか。
こう書くと専制の他の欠点をもって反論されそうですが、一応前提は「戦乱の民主政治」と「平和な専制政治」という、ある種極端な比較であることをお忘れなく。

ところで現在の日本を民主主義というのなら、戦前の大日本帝国憲法下でも民主主義なのではないでしょうか。すくなくとも選挙はありましたし天皇の権限など実質今とあまり変わりません。大日本帝国憲法を読むと1,3条は景気よく書かれていますが、それ以外は今となんら変わらない気がします。戦前も現代の言葉で言えば象徴天皇であることにかわりはなかろうかと。
とおりすがり
2007/04/25 21:48
>民主主義的政治活動は明治維新勝利
>派に利用されただけでは
維新政府が西欧諸国に対して示さねばならなかったものは、日本が(近代)国家であるということ。その為には近代国家の体を一刻も早く作らねばならなかった。日本は西欧諸国からみれば国家ではなかった。(民主的)国家体制(強力な軍隊(体制の一部)法律(体制の一部)行政組織)等等。民法などは伝統的倫理観を汚すと批判されたが兎に角、形だけでも近代国家として必要なものを身にまとっているとみせたかったのである。幕末時代でも庶民は日本国民という意識は乏しかった。国家としての民族意識の高揚が日本を近代国家として成立させる為に必要だった。つづく
ウブドちゃん
2007/04/26 02:14
つつき
天皇についても庶民にとっては現代人が天皇を思うほどにすら天皇の存在についても意識がなかった(武士の天皇観とは雲泥の差があった)。国家としての機軸が必要だった。西欧の民主的国家体制の機軸がキリスト教から成立しているように、日本が国家として成立する為の機軸が必要だった。それが尊王思想から導き出した天皇を機軸とする国家である。西欧諸国が「神の前の平等」から身分からの平等を抽出し、日本は現人神なる天皇の前の平等として四民平等を導いた。民主主義的政治活動を明治維新勝利派が利用したなどという底の浅い話ではない。
ウブドちゃん
2007/04/26 02:17
とおりすがりさん,今日は。レス遅れてすみません。
>そういう目的無視、手段(イデオロギー)重視の姿勢が戦争を呼んだりするのではないでしょうか。

意味が良く分からないのですが。御教示下されば幸いです。

>戦前も現代の言葉で言えば象徴天皇であることにかわりはなかろうかと。

今だから,そう言えるのでは。
藍愛和
2007/04/28 20:31
>そういう目的無視、手段(イデオロギー)重視の姿勢が戦争を呼んだりするのではないでしょうか。

これですが。以下のやりとりからそう判断しました。(抜粋)
これを読む限り、藍愛和さんは民主主義そのものを至上と捕らえているように感じます。

問い:
戦乱の民主主義よりも、平和な専制政治のほうが100万倍マシな気がするのは私だけでしょうか。
目的の優先順位は、平和な一時代を作ることが、民主主義を維持することの上位にあると思うわけです。
回答:
私は民主主義を選びますが,各人の思想・行動は各人の自由であると私は思います。
私が平和を望むはだけで,私は一生平和でいられますか。そうではないと思いましたし,民主主義は平和を守る自衛戦争を除外したりはしないと思いますので民主主義を選びました。
とおりすがり
2007/04/29 10:13
続き。

別に相対化するばかりがよいこととは思いませんが「民主主義でなければならない」的発想は全体主義的な感じがするのです。
今と同じ政体ではないが、過去平和であった一時代は何度もあったと思います。であれば、平和な一時代を築くというのが目的なのであれば、別に政体は民主主義にこだわる必要はないのではないか?ということを言っているつもりです。
にもかかわらず手段としての民主主義や現行憲法に拘泥する様は、目的はともかく手段(イデオロギー)こそが重要、と私の目には映るのです。
また手段重視の人は、その手段が破綻してもその手段に拘泥するために被害をさらに大きくする可能性が大きいです。そのひとつの現象が戦争だったりするのではと思うわけです。
とおりすがり
2007/04/29 10:14
> >戦前も現代の言葉で言えば象徴天皇であることにかわりはなかろうかと。
>今だから,そう言えるのでは。

では、戦前も実質民主主義であった、というのは同意が取れたというこでOKでしょうか。
とおりすがり
2007/04/29 10:15
とおりすがりさん,今日は。
>にもかかわらず手段としての民主主義や現行憲法に拘泥する様は、目的はともかく手段(イデオロギー)こそが重要、と私の目には映るのです。
また手段重視の人は、その手段が破綻してもその手段に拘泥するために被害をさらに大きくする可能性が大きいです。そのひとつの現象が戦争だったりするのではと思うわけです。

>では、戦前も実質民主主義であった、というのは同意が取れたというこでOKでしょうか。

いいえ。民主主義は手段という表現に,私は抵抗を感じます。民主主義では国民主権であり,政治は国民の信託によるものです。だれにも支配されず,国民一人一人が皆己自身の主人であることは,人類社会における差別解消という最終目的にとって,欠くことのできない条件であると考えます。
藍愛和
2007/04/29 22:07
とおりすがりさん,今日は。
>> >戦前も現代の言葉で言えば象徴天皇であることにかわりはなかろうかと。
>>今だから,そう言えるのでは。

戦前そんなことを言えば,不敬罪とか大逆罪とかの罪で拷問死する恐れがあったのではないか,というようなことを言外に含めて,私は言いたかったのです。
藍愛和
2007/04/29 22:24
民主主義は、藍愛和さんは唯一無二の真理であると信じ、私は一手段だと信じている。ここがお互いの分界線ですね。諒解しました。

しかし、ひとつ申し添えれば、かつて共産主義が唯一無二の真理だと信じた者たちは何をなしたでしょうか。私の言葉でいう「手段」(この例では「共産主義」というイデオロギー)を絶対とする主張は危険であると考えています。そしてそれはそのまま民主主義にも当てはまると考えています。
とおりすがり
2007/04/29 23:16
とおりすがりさん,今日は。
>民主主義は、藍愛和さんは唯一無二の真理であると信じ、私は一手段だと信じている。

別に唯一無二の真理であるとは信じていませんが,民主主義を一手段と表現することには抵抗を感じます。

>私の言葉でいう「手段」(この例では「共産主義」というイデオロギー)を絶対とする主張は危険であると考えています。

成る程! とおりすがりさんのおっしゃることは正しいかもしれません。しかし,そのお考えを「断定」にかえることは危険かもしれません。民主主義と共産主義とを同一視するようなことはしないよう,お互いに注意したいものであると考えます。
藍愛和
2007/04/30 21:58
藍愛和さん。
ご理解ありがとうございます。
多少なりと意見が交われたような気がします。

私にしても共産主義と民主主義を比較するつもりも同一視するつもりもないわけですが、例として分かりやすそうだったので挙げさせてもらいました。
とおりすがり
2007/05/01 22:27
憲法記念日がありましたので少し憲法について考えてみました。罵愚さんの4つの疑問に私の感想を書きます。
>第@在日米軍の存在について
東アジアの軍事的均衡を考えた時、在日米軍ナシの日本国として独立は存在しない。日本以外に全駐留米軍を移転するのは不可能だろう。米軍なしでは日本の独立が存在せず、占領軍としての米軍があっては独立国として日本が認められないという矛盾をはらむ。
>第Aの戦後処理の未解決。平和憲法の実効性への疑問
これが平和憲法の範疇なのかどうか?どのようにこの憲法がこの問題に関わることが出来たか私には解らない。戦後60年を経て敗戦国日本が戦勝国の戦争犯罪やソ連のシベリア抑留について世界に向けて間違いを正すのは必要なことだと思う。米国での慰安婦問題への状況をみても世界が戦後60年経っても東京裁判や第2次世界大戦を大きな偏見を通して観ているのが解る。先の代が起こした戦争の正しい姿を世界に発信するのは後に続く日本人の責務と考える。
つづく
ウブドちゃん
2007/05/05 22:08
つづき
>第Bの領土問題の未解決。
現憲法は軍事力での問題解決を禁じているが、領土問題が解決しないのは政治の問題だと思う。主権在民のその憲法は国に国民の利益と権利を保障するものであるから、領土問題は解決されねばならない。現憲法では解決しろといっているのだ。日本の政治の限界もしくは怠慢だと思う。
>第Cの日本国民にとって本当に平和な60年だったのかという疑問。
北朝鮮の拉致問題は日本国民の基本的人権を踏みにじる違憲極まる事件だ。この状況を寸分でも放置することはこの憲法の意図ではない。
前にも言っているが憲法の条文の問題ではなく日本国民の民主主義の程度の問題なのである。憲法が本質的に慣習法といわれる所以もそこにある。民主主義政治の能力のない国民が運用するには現憲法は高尚過ぎるのである。罵愚さんの疑問4点は現憲法の問題なのではなく、日本国民の民主主義精神の不在がこの憲法を無意味にしているのだと思う。

ウブドちゃん
2007/05/05 22:09
ウブドちゃん、
@については、駐留なき安保に9条改正を上乗せして、集団的自衛権を明確にした改正で、いいのではありませんか。
Aについては、むしろ歴史認識の問題です。平和憲法の背景には東京裁判史観があるのですが、それをとりはらって、日本の近代を正当かつ肯定的に評価する歴史認識が必要です。それは近隣アジアはもちろん旧連合国や国連憲章とも衝突する危険性をはらんだ歴史認識ですが、冷戦終結後の国際社会は、そこまでさかのぼった検証を要求していると思う。
BCについては、わたしはあなたのご意見とはちがって、武力を背景にしない外交なんて、コンセントを抜いた電化製品のようなもので、動かないのがあたりまえ、動くほうが奇跡だと思う。
罵愚
2007/05/10 16:18
これよいな、と思う記事があったのでご紹介。

こういう意見が多数になったとき、はじめて建設的な改憲への議論ができるようになるのでは?と思います。

ところで悲しいことに、このコラムを書かれているのは日本人ではないわけです。悔しい限りです。

元記事:
http://business.nikkeibp.co.jp/article/manage/20070507/124233/?P=2

引用:
>実質のある議論をする際に「9条は変えてはならないもの」というタブー視と、「戦後憲法は米国から押しつけられたもの」という考え方から離れることが必要でしょう。どちらも憲法制定時の情勢から頭を切り替えていないからです。

>申し上げたいのは憲法が人間を守るのではなく、人間は自分を守るために憲法を道具として使っているということです。道具である以上、必要に応じて使いやすいものに変えるべきです。

とおりすがり
2007/05/10 22:34
 プレゼントだろうが、押しつけだろうが、いいものは使えばいいじゃぁないか、の議論は成立すると思う。だいたい、日本列島に充満するあらゆる文物のほとんどすべては外来で、日本人の創造物なんて、かぞえるほどしかない。だから、現行のまったくのコピーでも、それが民主主義的な多数決の評決の結果再確認されたのなら、平和憲法でもいいと思う。
 押しつけ憲法の疑問点は、押しつけだから国民に意思が反映されていないのではないか。国民の真意はべつのところにあるのではないのかの懸念と、占領下の憲法改正は国際法違反。違法な憲法ではないのかの、ふたつの疑問だと思う。
 さらにわたしは平和憲法の根底には、日本の近代を否定する、日本敵視の感情があると思う。それが、護憲派の政治的感情と微妙に一致している。つまりはこれが、占領政策の根幹部分なんだろう。結局、議論は歴史認識に、帰るのだろうと思う。
罵愚
2007/05/11 04:33
罵愚さん、お説実に同感です。
しかし、"2つの疑問"よりも"日本的視の感情と歴史認識"のほうがより核心に近くタブー化されている話題のような気がします。
歴史認識が見直される、いや、"戦前を再評価=軍国主義者"というレッテルが貼られなくなるまでに、あとどのくらいかかるでしょうか…
とおりすがり
2007/05/14 01:41
 その恐怖感の根底には、大東亜戦争肯定論は世界で孤立するという先入観がある。国連をはじめとする国際社会は、連合国の論理でなりたっている。いまさら、開戦の詔勅に立ち戻れば、世界のつまはじきになるという恐怖感だ。
 しかし、わたしは、それはちがうと思う。日本の近代は、国連の理念に同調する部分が多い。連合国の近代こそが、その精神に反していて、ふたつの大戦の原因になっている。圧倒的な国力の差のまえで、ひざを屈さざるをえない小国や後進国やマイノリティーは、日本の倫理を支持すると思う。かつて日本の外交が、国際連盟規約に人種差別撤廃条項を挿入する努力の実例をあげて、日本近代の理念の再評価を求める演説を、首相が国連でおこなえばいい。すくなくとも、常任理事国を代表する政府は、その国民の国民選挙の洗礼をうけて、国連に出てくるべきだとの原則論を主張すればいいのだ。
罵愚
2007/05/14 05:14
 麻生外相が自由と繁栄の弧を提唱しているが、あそこにふくまれる地域はすべて…正面きって賛成できない立場があるとしても、すくなくとも本心の部分では、この歴史認識を支持すると思う。ブッシュ大統領のリガ演説は、その潮流を予言している。自由と繁栄の弧の地域住民だけでなく、アフリカや中南米の人々ともこの歴史認識は共有できるし、なによりも、アメリカや中国やロシアのなかのマイノリティーこそが、その生活実感の中で理解してくれるものと思う。
罵愚
2007/05/14 05:18
確かに海外では理解してもらえるのかもしれない。
しかしとりあえずの問題は国内だよなあ、と暗澹たる気持ちになります。
つまり"孤立するのでは?"という一般人の感覚ではなく、それを煽り立てて生計を立てている人たちの存在が問題なのではないかと思います。
とおりすがり
2007/05/16 00:08
 それはねえ、正攻法で攻め立てて、撃滅する以外にはない。まず、教育や行政からかれらを駆逐する…いいかえると日教組や公労協をつぶすことだな。外務省のチャイナスクールや文科省の赤色官僚を重要ポストからはずすことでしょう。
 政治家やメディアや学者の偏向発言を、ひとつひとつ丹念に批判して社会的に孤立させる。ゴキブリやシロアリの駆除と、おなじでしょう。そのときに、ブログやネットは有効かなぁ?
罵愚
2007/05/16 04:20
>ブログやネットは有効かなぁ?

相当に有効でしょう。ネットウヨクなる新語がそれを象徴している気がします。
ネットウヨクなる一枚板な思想は存在しないが、しかしそういう思想団体がいるのではないかと思わせるほどに配信される情報がチェックされ、ネットにフィードバックされている。ネットウヨクなる新語は、その恐怖がよく表れた語だと思うのです。
とおりすがり
2007/05/16 22:20
 ネット右翼という言葉には、街宣右翼とおなじような否定的な語感がありますが、それが正当な評価を得るような努力は、しないといけないのでしょうね。
罵愚
2007/05/17 04:09
気にしなくても、ネットウヨクという語は早晩死語になるのではないかと思います。タカ派ハト派が死語になったのと同様に。
そうなった頃には、罵愚さんが言われるように、政治的な発言者はその発言に対する反論を許容するようなルールとかマナーが形成されていたらいいな、とは思います。
とおりすがり
2007/05/17 21:05

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平和憲法は骨抜き憲法なのか? ごあいさつ/BIGLOBEウェブリブログ
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