罵愚と話そう「日本からの発言」

アクセスカウンタ

help リーダーに追加 RSS 続々・コメントを拒否するブロガーたち

<<   作成日時 : 2006/08/03 17:02   >>

トラックバック 4 / コメント 24

続・コメントを拒否するブロガーたち」について
 おもしろい記事を見つけたので、紹介を兼ねて批判しておく。
http://d.hatena.ne.jp/dslender/20051205#p2
オーナーは自称政治系のブロガー。かれ自身は、おそらく無意識のうちに迷惑レスを@営利目的に無差別に大量配信される、いわゆるスパムA罵倒レスB異論者からの政策反論の3種類に分類している。そのうえで、それぞれの判別には疑問を感じていないらしい。それもそのはずで、Bをふくめて、殺生与奪の絶対権力を主張しているから、分類や判別に悩むことはないのだろう。
 かなうことなら、わたしがかれに差しあげたい反論は「それって、隣国の独裁者と、どこがちがうの?」の疑問だ。飢餓の民衆のうえに言論統制で耳や目を閉じさせている為政者と同質のご意見の所有者が、この民主主義の国のなかで、政治発言を楽しめる環境を主張している。このレベルの意識しか育てられなかった戦後の民主主義教育って、なんなんだろうと、真剣に悩む。

設定テーマ

関連テーマ 一覧

月別リンク

トラックバック(4件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
季節柄の「蝉のしょんべん」
 昨日気付いてはいたんだが「「こいつらに誇りはないのか?>共同電とそれを垂れ流す各紙」について」ってTBを頂いた。 ...続きを見る
佐藤 健の溶解する日本
2006/08/16 00:30
加藤紘一宅放火事件とコメントを拒否するブロガーたち
「続々・コメントを拒否するブロガーたち」について  犯行声明もなければ政治的背景も報道されていないのだから、想像するしかないわけだが、加藤紘一宅の放火事件は政治テロの見方が強い。放火で代議士の口を封じようとする魂胆と、TBやコメント拒否で批判や反論を封じる行為は、同質だと思う。コメントを拒否するブロガーは、犯人を批判する資格がないのだろうと思う。 ...続きを見る
罵愚と話そう「日本からの発言」
2006/08/27 12:12
『加藤紘一宅放火事件とコメントを拒否するブロガーたち』 について
私は、罵愚氏の「続・・コメントを拒否するブロガーたち」に付いた48個のコメントを昨夜初めて読みました。いやぁ〜凄かったです!そして私としてはコメントではなく投稿文として書こうと思います。ダラダラと長文です・・・。 ...続きを見る
まだ、とっぷりと暮れていない・・・
2006/08/28 12:49
またまた・コメントを拒否するブロガーたち
「続々・コメントを拒否するブロガーたち」について またまた、すごい記事を見つけた。 http://ts.way-nifty.com/makura/2006/09/post_bdd7.html へのTBである。何回も話しているように、このブログはわたしのコメントやTBを拒否しているから、こちらからは投稿できない。  わたしの投稿を拒否しておきながら「言葉を封じ込めることは思想を封じ込めることで、それはやがて人間の尊厳を奪いさる事です」と言い切っている。  みなさん、ぜひご観賞ください。 ...続きを見る
罵愚と話そう「日本からの発言」
2006/09/27 18:32

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(24件)

内 容 ニックネーム/日時
罵愚さん、またお邪魔させてもらうで。先生あんたは戦後日本に根付いた民主主義ちゅうものをどねぇ考えちょるかの。あんたは『今回このレベルの意識しか育てられなかった戦後の民主主義教育ってなんなんだろうと、真剣に悩む。』と結んじょってじゃが、先生の今までの理論じゅあ、アメリカから持ち込まれた民主主義を何かちゅやぁ誉めちょってじゃったが、日本の民主主義とアメリカの民主主義は異質なもんかの。わしゃあ民主主義ちゅうものは、義務を果たして権利を主張する考え方じゃと思うちょる。じゃが、今の日本は権利だけ主張して義務が何処かへいってしもうたで。
鳩摩羅什
2006/08/03 18:54
コメントかかせていただきます。
わたしも彼の記事を読みました。あなたの意見もわかるし、彼の意見もわかります。でも、ブログの機能として、削除できるorできないという選択欄があるならば、そういうことをしてもいいのではないでしょうか。
人には自由があります。言論の自由もあれば、思想の自由、選択の自由、消去の自由もあるはずです。
言論統制ということについて言えば、その自由を守ることこそわたしは重要と考えます。また、某国と一ブログの管理における責任感はけっして比例するものではないと思います。公的なものと私的なものを同一視することはできないのではないでしょうか。
また、そのレベルを「このレベル」と判断する基準も「戦後の民主主義教育」という一局面でしか判断されていないように感じられます。もっと多角的な判断材料はないものでしょうか?
ハカナ
2006/08/03 23:20
>消去の自由もあるはずです。
この答えは以前のエントリに既に出ているのではと思います。
つまり政治でないブログや、もっと言えば独裁賛美なblogならいいのではないでしょうか?ということではと思います。
自由ということで何でも可なら独裁政治を行う自由も許容されますよね。
いや、それは許容しない。のであれば、そこにはどんな原則が適用されるのでしょうか。そしてその原則は、民主主義や政治信条の自由を標榜するblogには適用されないものなのでしょうか。
とおりすがり
2006/08/04 01:19
 ハカナさんに対する返事は、とおりすがりさんの言うとおりだと思います。すこし追加すれば、社会派DSさんにかぎらず、前回までの4人にも共通しているのは、マナー違反と異論・反論の境界線を自分の判断が絶対だとする自信に満ちているところです。反論のなかには、感情をたかぶらせて、人格攻撃に踏み込んだ記述が混ざる事実は否定しませんが、その境界線はきわめて微妙で、読み手によって個人差がおおきいのも、また厳然とした事実です。そこのところを無造作に、オーナーの判断を押しつける態度には、わたしは疑問を感じますね。むしろ、わたしは、自分の判断を最小限に抑えて、読者をふくむ第三者に判断をゆだねるべきだと考えます。(つづく)
罵愚
2006/08/04 05:02
 ほんらい対話を基調とするべき民主主義に、独善を持ち込んだり、それを許容する政治的価値観は、平和運動や市民運動を主導した戦後民主主義のもたらした悪弊だとわたしは考えていた。今回あなたたちは、それを否定する発言をしている。否定するだけで、異論を提出しているわけではなのですが、この部分が発展すれば、わたしの認識は変化するかもしれない。その変化こそが、民主主義の醍醐味でしょう。あなたのご意見で、わたしが変わる。武力によらずに、対話で変わるのが、民主主義の基本原則です。そのためには、異論封殺は避けるべきだと思う。それが主題です。
罵愚
2006/08/04 05:03
鳩摩羅什さん、
 権利に義務がくっついているという、あなたのご主張には異論はありません。自分の主張だけ発言して、異論は封殺するのが、ブログのオーナーの権利だなんてナンセンスにはつきあえないというのが、今回のわたしの主張です。
 この身勝手な民主主義が、メイドインUSAなのか、日本人の民族性なのかの議論は、わたしの勇み足なのかなぁ。
罵愚
2006/08/04 05:10
 ちょっと追記させていただきます。社会派DSさんの主張は、異論封殺を主題としながら、スパムと罵倒と異論・反論の3種類のコメントを混雑させた、おそろしく粗雑な議論をしている。世間では、スパムの排除に異論はないし、罵倒レスの排除にも、おそらく異論はない。マナーとコメント拒否は、無関係とはいえないまでも、話題は別途に議論できる。ところが、かれの主張は自説にとじこもった井戸のなかの議論だから、それをごちゃ混ぜにした整理のつかない主張をさらしている。
 もうひとつ、多忙を理由に対応の時間がないからコメント拒否だと言う。ここでも、返事を書くのとコメント拒否が、混雑さたまま、はなされている。時間がないから対応しないのと、コメント拒否とは別の問題だという、ごく単純な事実に気づかない。「返事はしないが、異論反論は書いてください」という対応だってあるはずだ。対応できないのは、コメント拒否とは別次元の話題です。
 どうしてこんな単純な事実をみのがした、雑駁な主張を表明するのかといえば、それはつまり、異論や反論を封殺して、自分の脳みそを井戸のなかで泳がせているからだろう。
罵愚
2006/08/04 06:05
補足になるのか反論になるか分かりませんがひとつ。
blogでTBやコメントを受け付けないというならそれでもよいと思う。なぜならばそういう発信の仕方もありだと思うからです。
しかし、一度はコメントを受け付けるようにしておいて、一度は議論した後に、旗色が悪くなったのでコメント封鎖。というのはいただけないと思う。
封鎖だけなら可愛らしいが、自分の都合の悪い発言を(自分の発言も含めて)削除し、都合のよいものだけを礼賛する行為は卑劣であると思う。
とおりすがり
2006/08/05 00:34
 なるほど、途中封鎖と、最初から排除という二分法ですね。たしかにわたしとの議論で、論破されて、オーナーとしての面子を失って、あわててわたしのコメントを排除したブログは複数あります。
 でもね、わたしは最初から異論排除も許容できないなぁ。対話拒否では議論は深まらない。問答無用は、ファシストのせりふだと思う。民主主義の崩壊ですよ。
罵愚
2006/08/05 04:37
私のブログへトラックバックをして下さり、有り難うございます。といいたい所なのですが、トラックバック元のここと私の投稿との間には関連が無いように思います。という訳で、意図する所をお聞かせ願えれば幸いに存じます。
nkcountdown(http://ameblo.jp/nkcountdown/)
nkcountdown
2006/08/05 19:14
>対話拒否では議論は深まらない
何の事はない。最初から議論する気はないのでしょう。

発言の内容の是非は、議論に受けて立つかどうかによって是非が決まるわけではない。しかしその意見に対して質問や反論を受け付けないのなら、その意見の信頼性は低いと判断せざるを得ない。

つまり、コメント拒否を行う御仁は、自らが反論には耐えられないと告白しているに過ぎず、読み手はそれを意識して読めばよい。ということであろうかと思う。

そしてそういう人たちがいるからといって、民主主義が崩壊したとはいえない。そんな御仁達を多数が支持するようになったとき、はじめて崩壊したといえるのではなかろうかと思う。

とおりすがり
2006/08/06 01:06
nkcountdownさん、
 ご迷惑をおかけいたしました。はじめに、お詫び申し上げます。本当は、わたしのコメントを拒否するブログか、あるいは、コメント拒否を宣言しているブログにだけTBすればいいのですが、文字通り拒否されていて、掲載できないわけです。そこで、コメント拒否を話題にしている記事を検索したのですが、これが意外とすくなくて、見つかりませんでした。
 そこで、この話題をTBして興味をもってくれそうなところを片っ端からという非礼を犯したしだいでして、まことに申し訳なく思っております。けっして、アラシが目的ではなく、政治ブログのオーナーのみんなにこの問題を考えてもらいたい、というのが真意です。あらためてお詫び申し上げます。
罵愚
2006/08/06 03:46
とおりすがりさん、
 ふたつの反論があります。コメント拒否をしているブログが、コメント拒否を宣言しているとはかぎりません。むしろ、ほとんどのケースでは、その事実は隠されていたり、何ヶ月もむかしの記事に書かれていたりして、一般の訪問者はそれを知らずに新着記事を読んでいるのです。
 ふたつめは、読者のすべてが、コメント拒否は説得力の欠落した記事だと認識してくれればいいのですが、自分の読んでいるブログに、コメント拒否で泣いている投稿者が存在する事実を知らない読者が大多数ですから、そこで偏った政治発言がくりかえされて、賛成コメントだけを読まされていれば、それは洗脳になってしまいます。いちどのウソは見破られても、くりかえされるウソは真実になってしまう。
 ナチスの再来です。
罵愚
2006/08/06 03:59
そうでしたか。ちょっと意図を図りかねたので疑問に思い、聞いてみました。委細了解しました。(^-^)/エロブログへのリンクと挑発を目的としたコメントについては、どうしようかなとは思いますが、基本的に私はコメント拒否は致しませんので、自由に書き込んで下さって結構ですよ。むしろ、しっかりしたコメントなら大歓迎です。いい加減なコメントならやり込めます。(笑)
nkcountdown
2006/08/06 07:54
二つの反論のうち、一つ目の再反論はありません。前述もしていますが、卑怯ですね、の一言しかありません。しかし卑怯者に卑怯と言ったところで卑怯が治るわけでもないので仕方がないかなと思ったりします。
二つ目は難しい問題ですが、結局、その偏狭なブログのみしか読み込んでいない時点で、終っているとも言えます。むしろ似たようなサイトをいくつか見ているはずで、それらのブログがすべてコメント拒否でもありますまい。その当たりから少しずつコメント削除や発言改竄がいかにルール違反であるかというマナーが定着していってくれればとは思います。
とおりすがり
2006/08/06 22:08
>その当たりから
その辺りから、です。当たっちゃいかんよ…
とおりすがり
2006/08/06 22:09
nkcountdownさん、
 ご好意感謝します。
罵愚
2006/08/07 08:44
とおりすがりさん、
 ところが、その当該ブログでは、指摘発言が封殺されているのですから、多数の読者に問題意識をもってもらうしかありませんね。
罵愚
2006/08/07 08:49
>多数の読者に問題意識をもってもらうしかありませんね
そうですね。同感です。難しいこととは思いますが…

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/488958.html
たとえば、こんなことをマスコミ大手がするわけですが、内容はともかく、これは報道のあり方がおかしいよね?、と思える感覚が普通になる必要があるのではないかと思います。
マナーが守れない発言者は信用できません、という感覚ですね。
まあそれが普通になるにはまだまだ気の遠くなるような時間がかかるのでしょう(汗)
とおりすがり。
2006/08/07 22:21
とおりすがりさんは自分のブログのURLを教えないんですか? ある意味卑怯だと思えるんだけど。
偉そうな事を言ってるなら公開すれば?
炎上させるか、閉鎖まで追い込んでやろうかな。
いくじなしやな、あんたは。
通行人
2006/08/07 22:26
通行人さん。

ある意味卑怯という意見は理解できるし私も感じています。意気地がないのは図星でしょう。ご推察痛み入ります。
しかし、私はblogを持っていないので、公開したくてもできませんが。

ただ、自身のブログを公開しないなら発言するな、という意見はいかがなものかと思います。もしも、ブログを運営していないと意見を許さないというなら、ほかならぬブログ主(ここでは罵愚さん)が、コメントを禁止しTBのみにすればよいだけです。それをしていない以上、いかなる立場の者であっても、発言をはばかる必要はないと思いますがいかがでしょうか?

もしも、対称な立場でないと批判が許されないなら、例えば首相に批判的な意見をしようと思えば、相応の立場(元首または首相以上?)が必要となりかねませんが、その点についてどのようにお考えでしょうか?
とおりすがり
2006/08/08 23:55
通行人さん。
先のコメントとは別にお願いがあります。

初対面に際して、いきなり罵詈雑言(例:いくじなしやな、あんたは)を叩きつけるのはやめて頂きたい。反論があるなら冷静にその内容について述べて頂きたい。でなければ、感情の応酬になり、なんら得るところがなくなってしまう。

また恐喝、威力妨害ととれるような発言(例:炎上させるか、閉鎖まで追い込んでやろう)は厳に慎んでください。この手の発言はマナーの領域を超え、犯罪の領域に片足を突っ込んでいると思います。

もう私に対してはどう言ってくれて結構ですが(その手の発言に対してはスルーしますので)、ぜひとも他所では、また此処でも他の人に対しては礼節をわきまえて発言していただければと思います。
とおりすがり
2006/08/08 23:56
「ブロガーたちにも言論封殺の波が〜 」の記事にTB有り難うございました。
《続々・コメントを拒否するブロガーたち 》のなかでの戦後の民主主義教育って、なんなんだろうと言う問いかけに多くのコメントが付いていた。興味を持って全部読んだ。こんな強面のブロガーから集中打を浴びたら普通の弱気なブログ管理者はいられないなぁ〜と私はビビッた。通りすがりや通行人の人も私ら善良なB層にはそら恐ろしい限り。途中封鎖と異論排除は政治論争に加われない・・・。何だか考えさせられてしまいました。言論封殺はこうして行われていくんだ。と思った。で、「続・・コメントを拒否するブロガーたち」を非難することは出来ないと思いましたね。どんなものでしょう〜。
ラベンダー
2006/08/25 09:34
 ラベンダーさんがあげた三人のブログを、わたしは読む機会がなかったので、一般論になってしまいますが、心臓に毛の生えていない人物は政治ブログを運営できないのか?の話題です。
 わたしは、いろいろな対応があると考えています。簡単なのは、放置する方法。面倒なのは、ひとつひとつ、相手がくたばるまで反論する方法。罵倒に、どう耐えるのかも、考えれば対応法はあります。
 わたしが、容認できないのは、批判や反論を封殺する政治ブログが、民主主義や基本的人権や国際平和主義をとなえているときです。最低限度、政治ブログのコメント欄は、解放しておくべきだと思う。
罵愚
2006/08/25 15:41

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
続々・コメントを拒否するブロガーたち 罵愚と話そう「日本からの発言」/BIGLOBEウェブリブログ