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zoom RSS 東京大空襲から60年目の国際協力について

<<   作成日時 : 2005/03/11 11:23   >>

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朝日は沈む・東京大空襲から60年目の報道姿勢」について
 朝日の記事だけではなく、NHKの特集番組も見た。前後二編に分かれていて、前編ではヨーロッパ戦線が描かれて、後編では東京大空襲に参戦したパイロットたちの証言が紹介されていた。60年の時間の経過とともに、パイロットたちはさすがに気まずい自己弁護に終始していたが、その論理は古臭いもので,本土で地上戦が展開されれば日本人市民100万人の被害が想定されていた。空襲による10万人の犠牲はそれの対価としてやむおえなかったと言うものである。広島でも長崎でも、おなじ論理が使われている。かれらの罪は、地上戦か、爆撃かの選択の間違いではなく、市民生活に対する無差別殺戮と呼ぶ人道犯罪なんだが、日本人レポータは、事前の約束でもあったのか、そういうレベルの質問はしていなかった。事前にその質問を伝えていれば、協力は得られなかったのかもしれない。
 それと同時に、いつも感じるのは、太平洋戦争を真珠湾攻撃にはじまる懲罰戦争と位置づけた議論の前提である。今回のNHKの番組でも、悪い日本を征伐するアメリカの構図が前提にあって、それを飲み込んだうえでのパイロットのいいわけだった。なにを好きこのんで、日本が真珠湾にまで出かけなければならなかったのか、また、たかが旧式の軍艦数隻の代償に太平洋をおしわたってきたアメリカの戦争目的は話題にされていない。過剰防衛だろう。100万人の日本人市民の犠牲が懸念されるのなら、かれらは帰ればよかったのだ。なぜ帰れなかったのかの疑問には、答えられないのだろう。
 日本が主張した東南アジアの植民地解放に、石油やくず鉄の禁輸や日本人移民への迫害でこたえたアメリカの不法は話題にはならない。しかし、この話題のスタートラインは、それに続く朝鮮戦争、ヴェトナム戦争、そしていまおきているイラク戦争にまで継続する、一連の紛争の原因として地下茎で結ばれている。そのあいだずっと、日本は対米屈従の姿勢で追随してきたのだが…それはそれで、合理的な理由があったことを、いちがいにわたしは否定するものではないが、対米追随の日本外交の限界点も、ここに存在することを、アメリカに思い知らせておく必要はあると思う。もちろん、それは日本人自身が、その理由と限界を再確認していなければ、できる話ではないのだが。
 そういう考え方を根底にして、いまの状況をながめるときに、イラク派兵に異を唱える日本人はいても、ゴラン高原への干渉に反対する政治勢力がいないのは、おかしいと思う。まがりなりにもイラクには石油利権がある。日本の国益がかかっているのは間違いないが、パレスチナには、日本の利害はまったくといっていいほどない。赤い羽根募金で街頭にたつ女学生のような活動を、自衛隊がやる必要はないのだ。

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